Kunioの世界の切手紹介と海外写真集

Kunioの世界の切手紹介と海外写真集
海外写真集|ヨーロッパ・バチカン市国|バチカン博物館(美術館、Musei Vaticani)。 歴代法王による世界最大級の美術館。 いずれもバチカンの宝庫です。 バチカン絵画館(ピナコテーカ)とラファエロの間、システィーナ礼拝堂は圧巻です。

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バチカン市国|バチカン博物館(バチカン美術館、Musei Vaticani)・・歴代法王による世界最大級の美術館

 バチカン市国(Governor of Vatican City)のバチカン博物館。 バチカン博物館 (Musei Vaticani) は、ローマ市内に位置するバチカンにあり、歴代ローマ教皇の収集品を収蔵展示する世界最大級の美術館。日本語では「ヴァチカン美術館」、「ヴァティカン美術館」と呼ばれている。 バチカン宮殿(ばちかん きゅうでん、Palazzi Apostolici, Palazzi Vaticaniとも)は、バチカン市国内のサン・ピエトロ大聖堂に隣接するローマ教皇の住居。図書館、システィーナ礼拝堂、博物館施設などが建てられた。博物館を一般に公開するようになるのは18世紀中期以降で、展示内容・施設は徐々に充実されていった。 バチカン博物館(Musei Vaticani、バチカン美術館とも)として、ラファエロが天井画・壁画を描いた「署名の間」(ラファエロの間)や、ルネサンス・バロック期の作品を集めた絵画館、古代ギリシャ・ローマの美術コレクションを集めたピオ・クレメンテ美術館などが公開されています。 当日は日本で予約しておいて、数百人くらいが並ぶ列を横目に数分で入場が可能に。 説明資料作成では、Wikipediaやバチカン博物館の書籍を参考に利用させて戴きました。 宗教上の理由で、当然ながらシスティーナ礼拝堂は全面撮影禁止で、以外はフラッシュをしなければ撮影可能でした。 ピオ・クレメンティーノ美術館とバチカン絵画館(ピナコテーカ) は判別が出来ましたが、以外のものは一部、撮影地域が誤っているものもあると思います。 いずれもバチカン美術館で撮影したものです、ご容赦下さい。  バチカン美術館公式サイト(英語)  世界遺産の切手:イタリア
 


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■ [ オーストリア(Austoria (2005年(Wien)|2006年(Zaltburug))|チェコ(Cezh)|フランス(France (パリ(Paris)
  |ルーヴル美術館(Louvre))|オランダ(Holland、(スキポール空港アムステルダム))|ハンガリー(Hungary)
  |ドイツ(Germany (ベルリン、ポツダム(Berlin、Potsdam))|ロマンチック街道)|スイス(Switzerland)

■イタリア特別編 [ イタリアのトップミラノヴェローナヴェネツィア
フィレンツェドゥオーモヴェッキオ橋ウフィツィ美術館とアカデミア美術館 )|ローマコロッセウムフォロ・ロマーノ )|
バチカン市国
バチカン博物館ラファエロの間システィーナ礼拝堂 ) ]

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 バチカン宮殿(Palazzi Apostolici, Palazzi Vaticaniとも)バチカン博物館(Musei Vaticani、バチカン美術館とも)

■バチカン宮殿(Palazzi Apostolici, Palazzi Vaticaniとも)は、バチカン市国内のサン・ピエトロ大聖堂に隣接するローマ教皇の住居。アヴィニョン捕囚の後、バチカン宮殿が教皇の住居になった(当時の教皇ニコラウス5世(1455年 - 1458年)による建物が現存しているという)。
宮殿はそれ以降も度々増築され、図書館、システィーナ礼拝堂、博物館施設などが建てられた。博物館を一般に公開するようになるのは18世紀中期以降で、展示内容・施設は徐々に充実されていった。 バチカン博物館はバチカン宮殿の大部分を占めています。 展示コースは、なんと全長で7kmにもおよぶため、全部じっくり見たい!となると、1週間通いつめるか、バチカンの職員になるしかありません。
アクセス:テルミニ駅からバス40・64番、もしくは地下鉄A線オッタビアーノOttaviano駅より徒歩3分  右はピウス11世の紋章の上に正門があります。バチカン美術館の入口のミケランジェロとラファエロの像

バチカン美術館の入口のミケランジェロとラファエロの像

バチカン美術館の入口のミケランジェロとラファエロの像

■バチカン美術館は、バチカン宮殿の北側にある美術館で、図書館など20を越える施設の総称。バチカン宮殿、システィーナ礼拝堂を含めてバチカン美術館と呼ぶ場合も多い。所蔵品の中心となっているのは、ユリウス2世の彫刻コレクションである。また、キリスト教美術以外にも、古代ギリシャ、古代エジプトの膨大なコレクションを誇っている。 ここでは、ラファエロの間とシスティーナ礼拝堂を分けました。
■バチカン宮殿内若しくは隣接のの美術館・ギャラリー :ピオ・クレメンティーノ美術館 、グレゴリアーノ・エジプト美術館 、グレゴリアーノ・エトルリア美術館 、キアラモンティ美術館 、ブラッチョ・ヌオーヴォ 、バチカン図書館 、地図のギャラリー 、バチカン絵画館(ピナコテーカ) 、グレゴリアーノ世俗美術館 、ピオ・キリスト教美術館 、布教・民族学美術館 、馬車博物館。

 ピオ・クレメンティーノ美術館

バチカン宮殿内の美術館・ギャラリー

ピオ・クレメンティーノ美術館は、18世紀後半に設置。古代彫刻の名品が並ぶベルヴェデーレの中庭を含む。館名はピウス6世(在位1775年−1799年)とクレメンス14世(在位1769年−1774年)を記念して付けられた。 動物の間も面白いが、結構リアルな弱肉強食のテーマが多く、写真に撮りにくかった。

ピオ・クレメンティーノ美術館と八角形の中庭(ベルヴェデーレの中庭)

八角形の中庭の珍しい笑う彫像
Fig leaf

『チグリス川の神様』 ラオコーン像の左にある

ピオ・クレメンティーノ美術館と八角形の中庭(ベルヴェデーレの中庭) 珍しい笑う彫像 ピオ・クレメンティーノ美術館 チグリス川の神様 ピオ・クレメンティーノ美術館

『動物の間』 彫像

『円形の間』の彫像

『ラオコーン像』(伊: Gruppo del Laocoonte)

動物の間 彫像 『円形の間』の彫像 『ラオコーン像』(ラオコーンぞう、伊: Gruppo del Laocoonte)

■『ラオコーン像』(伊: Gruppo del Laocoonte)は、バチカン美術館のピオ・クレメンティーノ美術館に所蔵されている大理石製の古代ギリシア彫像。ギリシア神話のトロイアの神官ラオコーンとその二人の息子が海蛇に巻き付かれている情景を彫刻にした作品である。古代ローマの博物家プリニウスによると、この彫像の作者はロードス島出身のアゲサンドロス、アテノドロス、ポリュドロスの三人の彫刻家であるとしている。ギリシア神話でのラオコーンは、槍を投げつけることによってトロイの木馬がギリシア軍の計略であることを暴露しようとした後に殺される。女神アテナによって遣わされた海蛇がラオコーンを襲ったことにより、トロイア人たちがこの木馬が聖なるものであると信じ込んだためである。 八角形の中庭(ベルヴェデーレの中庭)

『動物の間』 彫像

トロイのApollo神殿の祭司・
ラオコーン

動物の間 彫像 バチカン市国のローマ時代の彫刻(1977年) トロイのApollo神殿の祭司・ラオコーン

■fig leaf:(彫刻・絵画で陰部をおおう)イチジクの葉形

ピオ・クレメンティーノ美術館
八角形の中庭で

ピオ・クレメンティーノ美術館 「ベルヴェデーレのアポロン」と呼ばれる彫像は、紀元前4世紀に古代ギリシャで制作されたブロンズ像を、西暦2世紀にコピーしたもの。
均整のとれた美しさに加えて気品の高さも備えており、数世紀にわたって美の基準と考えられていたらしい。 ついでながら、ギリシャ神話におけるアポロンは占いが得意で、しかもスポーツにも秀でていたらしい。古代ギリシャのオリンピックで最初の金メダルを取ったなんて話もある。

ピオ・クレメンティーノ美術館 ベルヴェデーレのアポロン

ピオ・クレメンティーノ美術館 ピオ・クレメンティーノ美術館 ベルヴェデーレのアポロン

『ミューズの間(ムーサたちの間)』 ベルヴェデーレのトルソ

ピオ・クレメンティーノ美術館の『ムーサたちの間』の天井画

ミューズの間 ベルヴェデーレのトルソ


「ムーサ」というギリシア読みよりもむしろ「ミューズ」という英語読みでよく知られている、9人姉妹の詩歌・芸術の女神たちです。

■ベルヴェデーレのトルソ(torso del Belvedere) は、石膏デッサンのモデルとしてよく使われているので、どこかで見たような気がするかもしれない。好きな人にとっては、ミケランジェロ( Michelangelo Buonarroti 1475-1564 )がデッサンを繰り返し描いた彫刻として知られている。頭も腕もなくなっているので難しいが、ヘラクレスか何かの神話を主題にしているのではと考えられている。

ビーニャの中庭から
ダ・ヴィンチ館(絵画館)を

円形の間Sala Rotoandaの入口

バチカン博物館(美術館)の出口付近の螺旋階段
Spiral (double helix) stairs of the Vatican Museums

ビーニャの中庭からダ・ヴィンチ館を 円形の間Sala Rotoandaの入口 バチカン博物館(美術館)の出口付近の螺旋階段  Spiral (double helix) stairs of the Vatican Museums バチカン博物館(美術館)の出口付近の螺旋階段
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 グレゴリアーノ・エジプト美術館

バチカン宮殿内の美術館・ギャラリー

1839年、グレゴリウス16世(在位1831年−1846年)によって開館。
Room I. Hieroglyphic inscriptions on stelae and statues (2600 BC-600 AD) 、 Room II. Funerary customs in ancient Egypt (2600 BC-200 AD) 、 Room III. Reconstruction of the Serapeum of Villa Adriana (approx. 131 AD) 、 Room IV. Egypt and Rome (1st-2nd century AD) 、 Room V. Masterpieces of pharaonic statuary (2000 BC-100 AD) 、 Room VI. Votive bronzes of the 1st millennium BC 、 Room VII. Bronze and clay figurines from Hellenistic and Roman Egypt 、 Room VIII. Cuneiform tablets and seals from Mesopotamia; vases and bronzes from Syria-Palestine (3rd-1st mill. BC) Reliefs from Palmira (1st-3rd cent. AD) 、 Room IX. Reliefs and inscriptions from Assyrian palaces (883-612 BC)

エジプト美術

ハトシェプスト女王の石碑

グレゴリアーノ・エジプト美術館

ハトシェプスト女王の石碑
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 キアラモンティ美術館

バチカン宮殿内の美術館・ギャラリー

19世紀初めにピウス7世(在位1800年−1823年)が設置。古代彫刻1,000点あまりを展示。

回廊からピーニャの中庭が

回廊からピーニャの中庭が見えました。

正面のテラスには
松ぼっくりの彫刻
中心は球と球

羊を引き連れて道を行く男性はキリストだろうか。

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 地図のギャラリー、タペストリーのギャラリー

バチカン宮殿内の美術館・ギャラリー

幅6m、長さ120mの大ギャラリーの壁面にイタリアや教皇領の地図がフレスコで描かれる。1580年−1583年に描かれたものである。
タペストリーのギャラリーは、薄暗い中に廊下の両側にタペストリーが並ぶ。かなり巨大なタペストリーがかかっているが、実は、織り機は、タペストリーの横幅と同じだけの幅が必要になるので、これだけ巨大なタペストリーを作ると為ると、設備(織り機)・技術がともに揃っている工房は数えるほどしかなかったそうだ。フレミッシュ(フランドル地方。今のベルギー)の工房のものが多い。
地図のギャラーでは、昔の日本が如何描かれているかが興味あり注視した。いずれも北海道の位置が変だが、沖縄方面は結構正確で、それなりにまともな感じ。 ですが天井画は圧巻です。それこそ一面に多数の絵が描かれ、首が痛くなるほどの迫力。 確かにシスティーナ礼拝堂も良いが、こちらも引けをとらない。

エトルリアの地図の一部

エトルリアの地図の一部



■エトルリア(Etruria)は、紀元前8世紀から紀元前1世紀ごろにイタリア半島中部にあった都市国家群。各都市国家は宗教・言語などの面で共通点があり、統一国家を形成することはなかったものの、12都市連盟と呼ばれゆるやかな連合を形成し、祭司・軍事で協力することもあった。 古代ギリシアとは異なる独自の文化を持っていた。当時としては高い建築技術を持ち、その技術は都市国家ローマの建設にも活かされた。王政ローマの7人の王の最後の3人はエトルリア系である。

エトルリアの地図の一部

昔の地図の中の日本 北海道が変形

昔の地図の中の日本 北海道が変形

タペストリー 『最後の晩餐』 フランドル製 16世紀

地図のギャラリーの天井画

昔の地図の中の日本

『最後の晩餐』 地図のギャラリーの天井画

地図のギャラリーの天井画と古地図と柱にも彫刻や絵画が

地図のギャラリーの天井画 見るものを圧倒する凄さです 何処かで見たことがある絵画ばかり

地図のギャラリーの天井画 地図のギャラリーの天井画
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 バチカン絵画館(ピナコテーカ)

バチカン宮殿西側にある美術館・博物館

1790年バチカン宮殿内(現在、タペストリーのギャラリーがある場所)に開設。その後再度移転し、1932年に現在の建物が完成。
Pinacoteca, Musei Vaticani 絵画館(かいがかん、ピナコテーク)とは、美術館、博物館のなかでも絵画の展示を中心とする、もしくは絵画に特化しており、絵画館を正式名称としている美術館。 ここも、歴史的なものや綺麗さ大きさ以上に描いた人の精魂が込められている強力なパワースポット!ラファエロの絵画は、「ラファエロの間」で掲載。

■サンピエトロ大聖堂聖具室蔵のメロッツォ・ダ・フォルリ作 サンティ・アポストリ教会の天使像の1つ。『奏楽天使』。このフレスコ画は1711年の改築工事に際し剥がされ、現在は断片の状態で保存されている。

フォルリの「奏楽天使」

 (拡大○)

フォルリの「奏楽天使」

フォルリの「奏楽天使」

フォルリ フォルリ フォルリ

 (拡大○)

フォルリの「奏楽天使」

フォルリの「奏楽天使」の一部(バチカン美術館所蔵)

フォルリ フォルリ

■メロッツォ・ダ・フォルリ(Melozzo da Forli)はルネサンス期イタリアの画家。ウンブリア画派に近い。短縮遠近法の実践に成功した最初の人物で、15世紀の傑出したフレスコ画家の一人。また、フォルリ画派の最も重要な人物でもある。

リュートを弾く天使

■メロッツォはフォルリのアンブロージ家という名前の裕福な家系の出身と言われている。1480年頃、メロッツォはピエトロ・リアリオから、ローマのサンティ・アポストリ教会後陣の丸天井に絵を描く仕事を依頼された。メロッツォは『キリスト昇天』を主題とした絵を描いたが、キリストは太い線で、「天井を通り越して飛び出しそう」に見えるほどの効果的な短縮遠近法で描かれた。このフレスコ画は1711年に天井から降ろされ、キリストの部分は現在はクイリナーレ宮に移されて、それ以外の部分、つまり、天使と使徒たちの絵はバチカン美術館サンピエトロ大聖堂聖具室に(ラファエロ級の扱いで)おさめられている。

フォルリの「奏楽天使」の一部(バチカン美術館所蔵)

フォルリ 『ヴァチカン図書館長を指名するシクストゥス四世(シクストゥス4世の謁見を受ける司書長プラティナ)』 1477 (拡大○)

フォルリ ルネサンス フレスコ画 『奏楽天使』 サンピエトロ大聖堂聖具室蔵 フォルリ ルネサンス フレスコ画 『奏楽天使』 サンピエトロ大聖堂聖具室蔵 フォルリ ルネサンス フレスコ画 『奏楽天使』 サンピエトロ大聖堂聖具室蔵
フォルリ ルネサンス フレスコ画 『奏楽天使』 サンピエトロ大聖堂聖具室蔵フォルリ ルネサンス フレスコ画 『奏楽天使』 サンピエトロ大聖堂聖具室蔵 フォルリ ルネサンス フレスコ画 『奏楽天使』 サンピエトロ大聖堂聖具室蔵
メロッツォ・ダ・フォルリ作『ヴァチカン図書館長を指名するシクストゥス四世(シクストゥス4世の謁見を受ける司書長プラティナ)』

ルーカス・クラナッハ(父)の『ピエタ(Pieta)』
 ヴァチカン 実物写真

ルーカス・クラナッハ(父)の『ピエタ(Pieta)』 バチカン絵画館
切手ですが拡大します。

クラナッハの『ピエタ』 ヴァチカン

ヴェンツェル・ピーター(peter, wenzel 1745-1829)『地上の楽園におけるアダムとイヴ』(Adam and Eve in the Garden of Eden 、
実物、バチカン絵画館) アダムとイヴと多数の動物

ヴェンツェル・ピーター『地上の楽園におけるアダムとイヴ』

”Adam and Eve in the Garden of Eden ”  The large canvas represents the climax of Wenzel Peter's career. He was an animalist painter, that is to say specialized in a very unique type of painting, and this led him to reproducing with extraordinary naturalism animals of the most varied species, as it were "photographed" in both standing and fighting positions. The Garden of Eden is the proof of the highest virtuosity, since the artist gathers around the figures of Adam and Eve those of over two hundred animals from all over the world, reproduced not only with pictorial ability, but also with a detailed knowledge and scientific precision. In 1831 Gregory XVI (pontiff from 1831 to 1846) purchased twenty works of the Austrian painter Wenzel Peter to furnish the Room of the Consistory in the Papal State Apartment.  200種以上の動物が描かれています。 オーストリアの画家。

偽 ヤコピーノ・ディ・フランチェスコ『アッシジの聖フランチェスコの葬式』1330頃

ヴィターレ・ダ・ボローニャ、本名ヴィターレ・デル・エクイ
『笞打行者の聖母』1340頃

『聖母子』

『聖母子』

※笞(ムチ)打ち:鞭で打つ事 ィターレ・ダ・ボローニャ、本名ヴィターレ・デル・エクイ・『笞打行者の聖母』では、聖母の形容詞である「あけの明星」を示した多数の星を刺繍したマントを羽織っている。

マルコ・パルメッザーノ(フォルリの弟子)Marco Palmezzano (Forli, 1460 - 1539)  『聖家族、聖エリザベツと少年聖ヨハネ』

『聖女マグダラのマリア』 ベッリーニ?

マルコ・パルメッザーノ(フォルリの弟子) 『聖家族、聖エリザベツと少年聖ヨハネ』 聖女マグダラのマリア ベッリーニ

中央の≪玉座の聖母子と奏楽の1天使≫
を中心に諸聖人を左右に配した≪聖会話≫ ベッリーニ

『受胎告知』

中央の≪玉座の聖母子と奏楽の1天使≫を中心に諸聖人を左右に配した≪聖会話≫ ベッリーニ バチカン

ダニエル・セーヘルス (Daniel Seghers、アントウェルペン, 1590年 - アントウェルペン, 1661年、フランドルの画家)
友人ルーベンスのから直接花の絵のスタイルを学んだ

ティツィアーノ 『 Madonna of the Frari
(サンニッコロ・デイ・フラーリの聖母) 』 聖母子と諸聖人 1533-5

ダニエル・セーヘルス [アントウェルペン, 1590年 - アントウェルペン, 1661年] ティツィアーノ 『 Madonna of the Frari(サンニッコロ・デイ・フラーリの聖母) 』

ジュリオ・ピッピ(ジュリオ・ロマーノ、Giulio Romano (c. 1499− 1 November 1546)) 『聖母戴冠』 ラファエロの協力者・ファットーレ

レオナルド・ダ・ヴィンチ 
『荒野の聖ヒエロニムス』 1482年頃

ジュリオ・ピッピ(Giulio Romano (c. 1499− 1 November 1546)) 『聖母戴冠』 <p>レオナルド・ダ・ヴィンチ 『荒野の聖ヒエロニムス』</p>

■『聖ヒエロニムス (St. Jerome in the Wilderness)』 は、もともとヴァティカン所有であるが、どういうわけか18世紀に行方不明となり、19世紀に発見されたとき絵は四つに切り離されていた。発見者はフェッシュ枢機卿で、古物商にあったタンスの扉に使用されていた上半分(三つに切断されていたと言われている)と靴屋でテーブルに使用されていた下半分の絵を見つけ、修復させた。「聖ヒエロニムス」はレオナルドがミラノに行く頃の作であるというのが定説である。

パリ・バルドン(ポルドーネ) 『竜を退治する聖ゲオルギルス』1525頃

ヴェロネーゼ 『聖エレナ』 1580頃 バチカン美術館資料より

パリ・バルドン 『竜を倒す聖ジョルジョ』 ヴェロネーゼ 『聖エレナ』 バチカン美術館・絵画館

ヴェロネーゼ 『聖エレナ』 作品のモデルになっている聖へレナは、313年のミラノ勅令でキリスト教を公認したコンスタンティヌス帝の母親です。 また、326年コンスタンティヌス大帝の母ヘレナの頼みにより、聖母マリアの家の跡とされる場所に築かれた教会が中東最大のキリスト教会である受胎告知教会です。受胎告知教会には世界各国のイエスキリストを抱いたマリヤの肖像画が置かれています。

バロックの画家 ピエトロ・ダ・コルトーナ(Pietro da Cortona)
『巨人ゴリアテを倒すダヴィデ』

サッソフェラート、本名ジョヴァンニ・バッティスタ・サルヴィ
(Giovanni Battista Salvi da Sassoferrato
(August 25, 1609 - August 8, 1685), )  『聖母子』

ピエトロ・ダ・コルトーナ 『巨人ゴリアテを倒すダヴィデ』 ジョヴァンニ・バッティスタ・サルヴィ(Giovanni Battista Salvi da Sassoferrato (August 25, 1609 - August 8, 1685), ) 『聖母子』

■ゴリアテ(Golyat)は、旧約聖書のサムエル記に登場するペリシテ人の巨人兵士。身長は6キュビト半(約2.9メートル)、身にまとっていた銅の小札かたびら(鎧)は5000シェケル(約57キログラム)、槍の鉄の刃は600シェケル(約6.8キログラム)あったという。サウル王治下のイスラエル王国の兵士と対峙し、彼らの神を嘲ったが、羊飼いの少年であったダビデが投石器から放った石を額に受けて昏倒し、自らの剣で首を刎ねられた。この故事にちなんで、弱小な者が強大な者を打ち負かす喩えとしてよく使われる。

ペルジーノ 『聖母子』

『受胎告知』

カラヴァッジョ 『キリスト降架』

カラヴァッジョ 『キリスト降架』 バチカン発行

カラヴァッジョ 『キリスト降架』 「キリスト降架」(1600-04、バチカン美術館)。 カラヴァッジョ

バロックのドメニキーノ(il Domenichino)ことドメニコ・ザンピエーリ(Domenico Zampieri) 『聖ヒエロニムスの聖体拝領』 
サン・ピエトロ寺院にも同じ絵画が そちらが本物

『聖セバスティアヌス (Sebastianus)』

ドメニキーノ(il Domenichino)ことドメニコ・ザンピエーリ(Domenico Zampieri) 『聖セバスティアヌス (Sebastianus)』

■聖セバスティアヌス (Sebastianus, 伝承による没月日287年1月20日)は、キリスト教(正教会・非カルケドン派・カトリック教会)の聖人・殉教者(致命者)。聖セバスチャンとも表記される。3世紀のディオクレティアヌス帝のキリスト教迫害で殺害されたといわれてきた。彼は美術や文学で、柱に身を縛り付けられ、矢を射られた姿で描かれることが多い。セバスティアヌスはガリア・ナルボネンシス(現在のフランス・ラングドックとプロヴァンスにまたがるローマ植民地)の生まれで、ミラノで教育を受け、その後ディオクレティアヌスとマクシミアヌス配下の親衛隊の長に任命された。皇帝は彼がキリスト教徒であることに気がついていなかった。セバスティアヌスは、囚われの身であった2人のキリスト教徒マルクスとマルセリアヌスをその信仰で励ましたことからすぐに知られてしまった。マルクスとマルセリアヌスは、キリストを否定して、ローマの神に捧げ物をするよう、家族から嘆願され嘆き悲しんでいた。セバスティアヌスのオーラは口のきけない女性を癒し、奇跡はすぐに78人の人々をキリスト教に改宗させた。
ディオクレティアヌス帝はセバスティアヌスが裏切りを支援したことを責めた。そして、皇帝はセバスティアヌスを草原へ引き立てるよう命じた。彼を縛り付ける杭が打たれてあった。そして射手たちが、まるで針でいっぱいのハリネズミのように、彼に多くの矢が突き刺さるまで射続けた。奇跡的に、矢で射られても彼は死ななかった。セバスティアヌスは黒死病から信者を守るといわれてきた。『黄金伝説』によれば、グンブルト王時代にロンバルドを黒死病の大流行が襲った際、パヴィア地方にある聖ペテロ教会で聖セバスティアヌスの祭壇を建立したことで、流行が止んだという。

ピントリッキオ派『聖母子(窓敷居の聖母)』

サセッタ、本名ステーファノ・ディ・ジョヴァンニ(シエナ)
『謙譲の聖母(ウルミタの聖母)』1435

ピントリッキオ派『聖母子(窓敷居の聖母)』

ジョヴァンニ・ベッリーニ 『キリストの死の哀悼』 描かれている4人は死せるキリスト、マグダラのマリア、聖ニコデモ、アリマタヤの聖ヨセフ

『虎(トラ)』

ジョヴァンニ・ベリーニ 『キリストの死の哀悼』 描かれている4人は死せるキリスト、マグダラのマリア、聖ニコデモ、アリマタヤの聖ヨセフ

ヴェンツェル・ピーター(peter, wenzel 1745-1829)『地上の楽園におけるアダムとイヴ』(Adam and Eve in the Garden of Eden 、
実物、バチカン絵画館)の近くにありました。

『キリストの埋葬』1603c カラヴァッジオ 、
ジョヴァンニ・ベッリーニ 『キリストの死の哀悼』バチカン絵画館

フラ・アンジェリコ 『聖母子と天使たち、跪拝する聖ドメニコとアレキサンドリアの聖カタリナ(カテリーナ)』

キリストの埋葬』1603c カラヴァッジオ バチカン絵画館 ジョヴァンニ・ベッリーニ 『キリストの死の哀悼』バチカン絵画館 フラ・アンジェリコ 『聖母子と天使たち、跪拝する聖ドメニコとアレキサンドリアの聖カタリナ』

バチカン絵画館(ピナコテーカ)の祭壇画 アレグレット・ヌーツィ(ファブリアーノ 1315-73)『玉座の聖母子、大天使聖ミカエル、聖ウスミラ』1365、、ベノッツォ・ゴッツォリ、本名ベネッツォ・ディ・レーゼ『聖トマスに腰帯を手渡す聖母(腰帯の聖母、チントラの聖母)』1450-2

バチカン絵画館(ピナコテーカ) アレグレット・ヌーツィ(ファブリアーノ 1315-73)『玉座の聖母子、大天使聖ミカエル、聖ウスミラ』1365 バチカン絵画館(ピナコテーカ) 宗教画   バチカン絵画館(ピナコテーカ) ベノッツォ・ゴッツォリ、本名ベネッツォ・ディ・レーゼ『聖トマスに腰帯を手渡す聖母(腰帯の聖母、チントラの聖母)』1450-2 

バチカン絵画館(ピナコテーカ)の祭壇画 大きくて綺麗な事 右は祭壇画の下段の絵画

バチカン絵画館(ピナコテーカ) 宗教画   バチカン絵画館(ピナコテーカ) 宗教画   バチカン絵画館(ピナコテーカ) 宗教画 

 バチカン絵画館(ピナコテーカ)関連切手と参考画像

『聖母子』 francesco chissi

ヤコピーノ・ディ・フランチェスコ『アッシジの聖フランチェスコの葬式』

『聖家族』
Ghisberto Ceracchini

ペルジーノ 『キリストの復活』1499-1510頃 バチカン絵画館

『聖母子』 francesco chissi

1330年頃

『聖家族』Ghisberto Ceracchini ピエトロ・ペルジーノ 

■アッシジのフランチェスコ(伊:Francesco d'Assisi、ラテン語:Franciscus Assisiensis、本名 ジョヴァンニ・ディ・ベルナルドーネ Giovanni di Bernardone、1182年 7月5日 - 1226年10月3日)は、フランシスコ会の創設者として知られるカトリック修道士。悔悛と神の国を説き、中世イタリアにおける最も著名な聖人のひとりであり、カトリック教会と聖公会で崇敬される。シエナのカタリナと共にイタリアの守護聖人。一般には「フランシスコ」と表記されることが多い。

『聖母子と四聖人(グロッターマーレ祭壇画)』 1481 
カルロ・クリヴェッリ( Carlo Crivelli)

『聖母子』 1482
カルロ・クリヴェッリ( Carlo Crivelli)

『聖母子』カルロ・マラッティ
(Carlo Maratta) 1693-5

『聖母子と四聖人(グロッターマーレ祭壇画)』 1481   カルロ・クリヴェッリ( Carlo Crivelli) 『聖母子』カルロ・クリヴェッリ( Carlo Crivelli) 『聖母子』カルロ・マラッタ (Carlo Maratta)

『聖母子と四聖人(グロッターマーレ祭壇画)』 1481 
カルロ・クリヴェッリ( Carlo Crivelli) 聖母の拡大

『聖母子』 1482
カルロ・クリヴェッリ( Carlo Crivelli)

マルコ・パルメッザーノ 
『玉座の聖母子、洗礼者聖ヨハネと聖ヒエロニムス』 1510

『聖母子と四聖人(グロッターマーレ祭壇画)』 1481   カルロ・クリヴェッリ( Carlo Crivelli) マルコ・パルメッザーノ 『玉座の聖母子、洗礼者聖ヨハネと聖ヒエロニムス』 1510

ペルジーノ 
『玉座の聖母子と聖ラウレンティウス、トゥールーズの聖ルイ、聖エルコラーノ、聖コンスタンツォ』

アルンノ、本名ニッコロ・ディ・リベラトーレ 『聖母戴冠と十字架から降ろされたキリスト、聖人たち』

ジョヴァンニ・ベッリーニ 
『キリストの死の哀悼(ピエタ)』 

マルコ・パルメッザーノ 
『聖家族、聖エリザベツと少年聖ヨハネ』(フォルリの弟子)

ペルジーノ 『玉座の聖母子と聖ラウレンティウス、トゥールーズの聖ルイ、聖エルコラーノ、聖コンスタンツォ』 アルンノ、本名ニッコロ・デ・リベラトーレ『聖母戴冠と十字架から降ろされたキリスト、聖人たち』 モンテルパロ祭壇画

フィリッポ・リッピと助手たち 
『聖母戴冠と天使、聖人、寄進者』1444頃

ジョット・デ・ボンドーネと助手たち 
『ステファネスキ祭壇画』1320頃

フィリッポ・リッピと助手たち 『聖母戴冠と天使、聖人、寄進者』1444頃 ジョット・デ・ボンドーネと助手たち 『ステファネスキ祭壇画』1320頃

フランチェスクッチオ・ギッシ 『謙譲の聖母』 1350-5
ファブリアーノ 1359-95年の記録あり
家庭礼拝用祭壇画 授乳する聖母

アントニオス・パパドプーロス
15世紀 『授乳の聖母』

ロ・スパーニャ 
『授乳の聖母、マグダラのマリア、パドヴァの聖アントニオ』

フランチェスクッチオ・ギッシ 『謙譲の聖母』 1350-5 フランチェスクッチオ・ギッシ 『謙譲の聖母』 1350-5 授乳する聖母 アントニオス・パパドプーロス『授乳の聖母』 ロ・スパーニャ 『授乳の聖母、マグダラのマリア、パドヴァの聖アントニオ』

■ギッシの絵画 : 『謙譲の聖母』は、地面に敷いたクッションかカーペット、あるいは草原の上に座し、幼児キリストを前にして謙譲の身振りを取った聖母がテーマです。 ギッシの絵では、人類救済の為に神への仲介者を務めるキリストの母という役割を暗示する『授乳の聖母』と融合している。画家ギッシは聖母の衣服の装飾モチーフを鮮やかに際立たせ、形体や構図を極度に単純化することで、この主題に絵文字をなすがごときイメージを生み出している。

サセッタ、本名ステーファノ・ディ・ジョヴァンニ
 『謙譲の聖母(ウルミタの聖母)』

ベノッツォ・ゴッツォリ、本名ベネッツォ・ディ・レーゼ
『聖トマスに腰帯を手渡す聖母(腰帯の聖母、チントラの聖母)』

『聖母子』ステーファノ・ディ・ジョヴァンニ(Stefano di Giovanni) ベノッツォ・ゴッツォリ、本名ベネッツォ・ディ・レーゼ『聖トマスに腰帯を手渡す聖母(腰帯の聖母、チントラの聖母)

ベルナルド・グッディ 
『聖母子』1335-40

パリ・バルドン(ポルドーネ)1525
 『竜を退治する聖ゲオルギルス』

バロッチ、本名フェデリコ・フィオーリ 『受胎告知』 1582-4

ヤコポ・ズッキ 
『雪の奇蹟』

ベルナルド・グッディ 『聖母子』1335-40 バロッチ、本名フェデリコ・フィオーリ 『受胎告知』 1582-4 ヤコポ・ズッキ 『雪の奇蹟』

グイド・レーニ 
『アモルに引き留められる運命(フォルトゥーナ・ガヴォッティ)』 1623

グイド・レーニ 
『聖マタイ天使』

オラツィオ・ジェンティレスキ 
『ホロフェルネスの首を持つユディットと侍女』 1611-2

フランチェスコ・マンチーニ 『聖家族のエジプト逃避途上の休息』

グイド・レーニ 『アモルに引き留められる運命(フォルトゥーナ・ガヴォッティ)』 1623 グイド・レーニ 『聖マタイ天使』 ジェンティレスキ 『ホロフェルネスの首を持つユディットと侍女』 1611-2 フランチェスコ・マンチーニ 『聖家族のエジプト逃避途上の休息』
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 布教・民族学美術館

バチカン宮殿西側にある美術館・博物館

ピウス11世(在位1922年−1932年)により1926年ラテラノ宮に開館。1973年、バチカンに移転。アジア、アフリカ、オセアニアなど、世界各地の民族美術を展示する。

アボリジニのものが沢山ありました


上はアボリジニの石の斧、右は酋長の衣装 凄く立派です。

アボリジニの酋長の衣装
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 現代キリスト教美術コレクション

バチカン宮殿西側にある美術館・博物館

パウロ6世の呼びかけにより20世紀の芸術家から寄贈された現代宗教美術のコレクションで、上述の「アパルタメント・ボルジア」やシスティーナ礼拝堂の地下などに展示されている。 ダリ、シャガール、ルオー、ムンクなどそうそうたる現代絵画が目白押しです。

シャガール『ピエタ』

シャガール『聖母子』

シャガール『キリスト磔刑』

シャガール『』

サルバドール・ダリ画?

ダリ画?

ピエタのステンドグラス

ムンクの絵画

聖母子のステンドグラス ムンクの絵画

ルオー『キリスト』

ジョルジュ・ルオー(Georges Rouault)『』

ルオー『』

ルオー『キリスト』 ジョルジュ・ルオー(Georges Rouault)

ダリ画『キリスト』

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■サン・ピエトロ広場(イタリア語:Piazza San Pietro)はバチカン市国南東端にあるカトリック教会の総本山、サン・ピエトロ大聖堂の正面にある楕円形の広場。ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの設計により、1656-67年に建設された。4列のドーリア式円柱による列柱廊と140体の聖人像に囲まれた広場の中央にオベリスク(Obelisco Vaticano )が立つ。広場に向かう信者たちが渡るサン・タンジェロ橋。足を踏み入れると、ベルニーニが配した10体の天使が迎えてくれる。持っているのは十字架や茨の冠、キリストの受難を象徴するものなど、信者たちはこの橋を渡りながら、キリストの受難と自らの苦しみを思い、聖地へと向かう。

美術館移動の間で見つけたレリーフ                  バチカン図書館 綺麗ですよ

バチカン図書館
 

 日本から予約

長い行列で有名だったバチカン美術館もネット予約ができるようになりました。日本から予約を入れておけば、ローマ観光の時間配分の予定がたって便利です。予約の手順は下記の通り。 バチカン美術館 オンライン・チケットオフィス

【手順】

  1. 英語かイタリア語を選ぶ
  2. 月と人数を選ぶ
  3. 予約可能(緑色)の日を選ぶ
  4. 時間帯を選ぶ
  5. 料金タイプを選びます(料金は入場料15ユーロ(割引の場合は8ユーロ)+予約料4ユーロ 1人当たりトータル19ユーロ)
  6. データを入力し、支払いへ ※クレジットカードでの支払い

12月を除く毎月最終日曜日は、入場料がフリーになります。うれしいサービスですが、事前チケット予約ができないため、行列に並ぶ必要があります。また、通常の入場時間は16時まで。無料時は12時30分が最終入場となりますのでご注意下さい。

■バチカン市国は国自体が文化遺産の宝庫である。サン・ピエトロ大聖堂やシスティーナ礼拝堂など、ボッティチェッリ、ベルニーニ、ミケランジェロといった美術史上の巨匠たちが存分に腕をふるった作品で満ち溢れている。
またバチカン博物館とバチカンの文書資料館には歴史上の貴重なコレクションが大量に納められている。バチカンは1984年に世界遺産に登録された。 イタリアの世界遺産物件であるローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂と隣接している。 バチカン市国(Governor of Vatican City)発行のコインはユーロ圏ならどこでも使用することが可能であるが、切手はバチカン市国以内での郵便物の投函にのみしか通用しない。

The Vatican Museums (Italian: Musei Vaticani), in Viale Vaticano in Rome, inside the Vatican City, are among the greatest museums in the world, since they display works from the immense collection built up by the Roman Catholic Church throughout the centuries, including some of the most renowned classical sculptures and most important masterpieces of Renaissance art in the world.

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 美術関係のページのサイト内リンク

■巨匠の絵画切手 [ ボッティチェッリダ・ヴィンチラファエロミケランジェロデューラーティツィアーノルーベンスベラスケスアングルエル・グレコレンブラントカラヴァッジオフェルメールダイクドラクロワゴヤ|ゴッホ(no.1|no.2)|ルノワールマネとモネセザンヌゴーギャンマチスピカソダリ葛飾北斎安藤広重クリムトシャガールモディリアーニミュシャ ]

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■美術工芸について参考にしているページ

1.Web Gallery of Art, (英語) 2.Weblio 辞書文化美術用語集
3、レンブラントの絵画の説明(サルヴァスタイル美術館:西洋美術では参考になります)

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バチカン市国|バチカン博物館(バチカン美術館、Musei Vaticani)・・歴代法王による世界最大級の美術館