欧州旅行 2019年11月 シェークスピアの故郷・ストラトフォード=アポン=エイヴォンへ |
プロローグ
翌日は、シェークスピアの故郷・ストラトフォード=アポン=エイヴォンへ向かう。 英国第二の都市バーミンガムの南東22マイル(35キロ)のミッドランドに位置するこの歴史的な町は、エイヴォン川のそばにあります。ストラットフォードの人口は25,000人強で、詩人であり劇作家でもあるウィリアムシェイクスピアの生誕地として世界的に有名です。
当日は何かの祭りだったようで結構賑わっていたいた。 アン・ハサウェイのコテージ見学とアフタヌーン・ティーを頂く。
バイブリーで見かけた |
ストラトフォード=アポン=エイヴォンの教会の前で見かけた見慣れぬ植物。 |
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ご注意)写真は2019年11月に当方が撮影したものです。著作権は保持しています。
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ストラトフォード=アポン=エイヴォン
■ストラトフォード=アポン=エイヴォン( Stratford-upon-Avon)は、イングランド中部のウォリックシャーにあるタウンかつ行政教区。エイヴォン川に面している。 ストラトフォードの名は古英語で"street"を意味する言葉と河を渡る道を示すford(フォード
(川))の組み合わせに由来する。その "street"とはフォッシーの道とイクニールド街道というローマ街道のことである。
文豪ウィリアム・シェイクスピアの故郷。 ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー(Royal Shakespeare Company, RSC)の劇場、ロイヤル・シェイクスピア・シアターのある、ウォーリックシャーのエイヴォン川岸に位置する。RSCは他に2つの劇場、スワン・シアターとジ・アザー・プレイスを運営する。
■ウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare, 1564年4月26日(洗礼日) - 1616年4月23日(グレゴリオ暦5月3日),「沙吉比亜」)は、イングランドの劇作家、詩人であり、イギリス・ルネサンス演劇を代表する人物。卓越した人間観察眼からなる内面の心理描写により、もっとも優れた英文学の作家とも言われている。 出生地はストラトフォード=アポン=エイヴォンで、1585年前後にロンドンに進出し、1592年には新進の劇作家として活躍した。1613年ごろに引退するまでの約20年間に、四大悲劇『ハムレット』『マクベス』『オセロ』『リア王』をはじめ、『ロミオとジュリエット』『ヴェニスの商人』『夏の夜の夢』『ジュリアス・シーザー』など多くの傑作を残した。『ヴィーナスとアドーニス』のような物語詩もあり、特に『ソネット集』は今日でも最高の詩編の一つとされている。
父ジョン・シェイクスピアはスニッターフィールド出身の成功した皮手袋商人で、町長に選ばれたこともある市会議員であった。母メアリー・アーデンはジェントルマンの娘であり、非常に裕福な家庭環境であった。1582年11月29日、18歳のシェイクスピアは26歳の女性アン・ハサウェイと結婚した。結婚後、ロンドンの劇壇に名を現わすまでの数年間に関するその他の記録はほとんど現存していない。1616年4月23日にシェイクスピアは52歳で没した。シェイクスピアはアン・ハサウェイを生涯の妻とし、2人の娘、スザンナとジュディスを残した。シェイクスピアはストラトフォード・アポン・エイヴォンにあるホーリー・トリニティ教会の内陣に埋葬された。
■アン・ハサウェイ(Anne Hathaway、1555年/1556年 - 1623年8月6日)は、イングランドの劇作家、詩人、俳優ウィリアム・シェイクスピアの妻だった女性。ハサウェイはイングランド中部のウォリックシャーにあるストラトフォード=アポン=エイヴォンの西に位置する、小村ショッタリーで生まれたと考えられている。
★アン・ハサウェイのコテージ(Anne Hathaway's Cottage)はイングランド、ウォリックシャーの村であるショッタリーにある家屋である。「アン・ハサウェイの家」と呼ばれることもある。家の一番古い部分は15世紀以前に建てられている。 現在は博物館となっている。
※ Wikipediaを参考に一部文の転用もしています。 |
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