Kunioの世界の切手紹介と海外写真集

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海外写真集|ヨーロッパ・イタリア共和国(Repubblica Italiana)  永遠の都・ローマ、アドリア海の女王・ヴェネツィア、花の都・フレンツェ

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イタリア共和国(Repubblica Italiana) 永遠の都・ローマ、アドリア海の女王・ヴェネツィア ほか

 イタリア共和国(Repubblica Italiana)。 通称イタリアは、南ヨーロッパに位置する共和制国家。 イタリア半島およびその付け根に当たる部分と、地中海に浮かぶ2つの大きな島(サルデーニャ島、シチリア島)からなる。国土北部のアルプス山脈において、フランス、スイス、オーストリア、スロベニアと国境を接し、南西のシチリア島の対岸にチュニジアが、南には旧植民地のリビアが存在する。またサンマリノ、バチカンの領土を取り囲んでいる。首都はローマ。 伊太利亜、伊太利などと表記することもあり、伊と略されることが比較的多い。 ギリシア時代より都市国家が成立。なお、伝説では紀元前753年にローマ建国 エトルリア人も12の都市国家による都市連合の王政を築いていた。
 イタリア国内を回った感想は歴史遺産やルネサンスの絵画も素晴らしいが、歴史と自然の調和とオリーブやアーモンドが印象的でした。 他には気持ち的に咥えタバコのイタリア美人が多い事に少しガッカリで興醒めでした。 ドゥオーモ(大聖堂):ドゥオーモ(Duomo)はイタリア語で、イタリアでの街を代表する教会堂の事である。 ローマ以外での司教座聖堂の大聖堂にほぼ同じ。 ラテン語のDomusが語源で、神の家を意味します。 また、イタリアは日本と同じ火山国、温泉も興味がありました。 実際にはツアーで無理だが、島が良いそうです。 また、イタリアで不思議に思ったことは、何処に行ってもマリリンモンローです、レストランもホテルもお土産やさんも。  以前、京都に暫く住んでたことがありましたが、ローマもバチカンも掘れば遺跡が出ると言われ京都と同じです。 地下街や地下鉄が少ない。
 説明資料作成では、Wikipediaを利用しています。 イタリアは2011年3月12-19日。 世界遺産の切手:イタリア
 

 

 海外旅行写真|ヨーロッパ(Europa travel picture)

■ [ オーストリア(Austoria (2005年(Wien)|2006年(Zaltburug))|チェコ(Cezh)|フランス(France (パリ(Paris)
  |ルーヴル美術館(Louvre))|オランダ(Holland、(スキポール空港アムステルダム))|ハンガリー(Hungary)
  |ドイツ(Germany (ベルリン、ポツダム(Berlin、Potsdam))|ロマンチック街道)|スイス(Switzerland)

■イタリア特別編 [ イタリアのトップミラノヴェローナヴェネツィア
フィレンツェドゥオーモヴェッキオ橋ウフィツィ美術館とアカデミア美術館 )|ローマコロッセウムフォロ・ロマーノ )|
バチカン市国
バチカン博物館ラファエロの間システィーナ礼拝堂 ) ]

下のサムネイルをクリックすると大きな写真で閲覧できます。   ご注意)写真は当方が撮影したもので著作権があります。

 イタリア共和国(Repubblica Italiana) 永遠の都・ローマ、アドリア海の女王・ヴェネツィア ほか

■イタリアは地中海に突き出した長靴型イタリア半島、および周辺の島(サルデーニャ島、シチリア島など。コルシカ島はフランス領)から構成されている。東はアドリア海、西でティレニア海とリグリア海、南でイオニア海と地中海に面している。国境を接する国としては、大陸部では西側をフランス、北側をスイスとオーストリア、東側をスロヴェニア。アドリア海を挟んで、クロアチア、アルバニア、ギリシアなどとも地理、歴史的に結びつきが強い。キリスト教・カトリック教会の治めるバチカン市国があるが、これはイタリアの首都ローマが周囲を囲んでいる。他にもアドリア海近くのサンマリノ共和国を包み込むように接する。 ルネサンス(仏: Renaissance 直訳すると「再生」)とは、一義的には、14世紀 - 16世紀にイタリアを中心に西欧で興った古典古代の文化を復興しようとする歴史的文化革命あるいは運動を指す。また、これらが興った時代(14世紀 - 16世紀)を指すこともある。
イタリア全土で春先に見られるアーモンドの花は、桜と見違えるほどです。 ローマの宿泊先の近くの学校でもアーモンドの花が満開。 何だか日本の入学式のシーズンを思い浮かべました。 イタリアは4月ではないかもしれませんが。 また、ローマ市内でも桜と見間違うような風情・花柄のアーモンドの花が街路樹のように咲いていました。

ローマのアーモンドの花

アーモンドの花 イタリア

桜との大きな違いは、アーモンドは花柄がとても短くて、枝に花が沿うように咲くのに対し、桜は花柄がとても長くて、枝からこぼれるように花が咲くそうです。

北イタリアのトスカーナ地方はルネサンス発祥の地であり、また、その中心地でもあった。この影響下で数多くの芸術家が輩出され、同時に作品も制作された。また、ジュゼッペ・ヴェルディの『アイーダ』などオペラや音楽なども多く知られる。民衆音楽ではカンツォーネと呼ばれるナポリの歌謡曲が有名。バレエも発祥の地とされる。現代においてもノーベル賞作家を輩出。映画においても絶えず世界的な作品を送り出している。

 ミラノ(Milano) 

ミラノ

■ミラノ(Milano)は、イタリアの都市で、ミラノ県の県都およびロンバルディア州の州都である。ヨーロッパ有数のグローバル都市。 イタリア語のアクセントの関係でミラーノと記されることもある。 ドイツ語ではマイラント(Mailand)、英語・フランス語ではミラン(Milan)と言う。 ミラノは古代にはメディオラヌムと言い、紀元前600年のケルト人の町を元にしている。 スカラ座やガレッリア、ゴシック建築の粋を行く世界最大規模のゴシック建造物 ミラノのドゥオーモ(ミラノ大聖堂)。 見事の一言でした。

イタリア・ミラノにある城塞、ルネサンス・ゴシック様式
スフォルツェスコ城の入口 城壁と時計台

オペラの最高峰
ミラノのスカラ座

レオナルド・ダ・ヴィンチの立像とマリーノ宮・ミラノ市庁舎(スカラ広場)

スフォルツァ城(スフォルツェスコ城) スフォルツァ城(スフォルツェスコ城) スカラ座 レオナルド・ダ・ヴィンチの立像とミラノ市庁舎(スカラ広場)

■スカラ座(Teatro alla Scala、あるいは単にLa Scala)はイタリア・ミラノにある歌劇場です。初代の宮廷劇場以来の伝統を誇るイタリアオペラ界の最高峰とされています。

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア

ミラノ(Milano)のガッレリアにあるプラダの本店

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア ミラノの中心街

ミラノのドゥオーモの全体(左がガッレリア) ドゥオーモ広場

ミラノのドゥオーモ広場のヴィットリオ・エマヌエーレ2世騎馬像

ミラノのドゥオーモ

■ミラノのドゥオーモ (イタリア語:Duomo di Milano、ドゥオーモ・ディ・ミラーノ) は、ロンバルディア州都ミラノの象徴。
都市の中心の同名のドゥオーモ広場に位置し、初期の聖母マリアに献納されているドゥオーモである。
ミラノのドゥオーモは世界最大のゴシック建築。5世紀もの歳月をかけて多くの芸術家によって完成された。聖堂の上に昇ることもできる。
ドゥオーモには135本の尖塔があり尖塔の天辺には一つ一つに聖人が立っている。一番高い位置に金のマリア像が輝いていて、昔はこのマリア像より高い位地に建物を建ててはいけないとされた。
ドゥオーモの体積はフランスのボーヴェ大聖堂に次いで世界で2番目で、広さもバチカンのサン・ピエトロ大聖堂に次いで2番目である。
■ミラノの世界遺産は現在は、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院 のみ。

■イタリア全土にあるシニュリーア広場は、古代ローマ時代の公共広場に起源し、領主の広場若しくは公共広場の意味だそうです。

ミラノのドゥオーモの聖母子

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 ヴェローナ(Verona) ・・ 世界遺産

ヴェローナ

(it:Casa di Giulietta)

■ヴェローナ(Verona)は、人口27万人のイタリアの都市であり、ヴェネト州ヴェローナ県の県庁所在地。 アディジェ川沿いにあり、ガルダ湖の約30km東に位置する。 中世の町並みがよく残っている。街の中心部には古代ローマ時代の円形競技場(アレーナ・ディ・ヴェローナ)があり、街の象徴となっている。毎年夏には、アイーダなどの野外オペラが開催される。シェイクスピアの戯曲『ヴェローナの二紳士』『ロミオとジュリエット』の舞台としても知られる。2000年、ヴェローナ市街として、世界遺産(文化遺産)に登録された。シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の舞台であり、映画や舞台でおなじみのバルコニーは観光名所となっている。ここは「ジュリエッタの家」と呼ばれており、館内には当時の家具や日用品が展示されている。前庭にはジュリエッタの像もある。ジュリエットの家は、癒し系の強力なパワースポットです。

世界遺産 ヴェローナのローマ遺跡

「ジュリエッタの家」の像

「ジュリエッタの家」の像

(it:Casa di Giulietta)

世界遺産 「ジュリエッタの家」

「ジュリエッタの家」バルコニー

シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の舞台であり、映画や舞台でおなじみのバルコニーは観光名所となっている。ここは「ジュリエッタの家」と呼ばれており、館内には当時の家具や日用品が展示されている。前庭にはジュリエッタの像もある。 世界遺産に指定されています。

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 ヴェネツィア(Venice) ・・ 世界遺産

ヴェネツィア

■ヴェネツィア(イタリア語:Comune di Venezia、英語:Venice)は、イタリアの北東部に位置するコムーネ。ヴェネト州の州都、ヴェネツィア県の県庁所在地。中世にはヴェネツィア共和国の首都として盛えた都市で、「アドリア海の女王」「水の都」「アドリア海の真珠」などの別名をもつ。古来はラテン語でウェネティ人の土地を意味し、ウェネティ人が住んでいたアドリア海の奥に拡がる土地をウェネティア(Venetia)と呼んだことから来ている。アドリア海の最深部、ヴェネツィア湾にできた潟「ラグーナ(Laguna di Venezia または Laguna Veneta)」の上に築かれた、運河が縦横に走る水の都である。

ドゥカーレ宮殿 (Plazzo Ducale) の鐘楼
(Campanile di San Marco) 高さ約100m

バリア橋(Ponte.Paglia)から見た
「ため息橋(溜息の橋, Ponte dei Sospiri )」

ドゥカーレ宮殿 (Plazzo Ducale) の鐘楼 (Campanile di San Marco) 高さ約100m ドゥカーレ宮殿 (Plazzo Ducale) の鐘楼 (Campanile di San Marco) 高さ約100m ため息橋(溜息の橋, Ponte dei Sospiri ) ため息橋(溜息の橋, Ponte dei Sospiri )

リアルト橋(カナルグランデ(大運河)を行くゴンドラから)

リアルト橋から
カナル・グランデを見晴らす

リアルト橋の上の
引っ切り無しの観光客

リアルト橋近くの仮面舞踏会の
仮面のお店

リアルト橋(ゴンドラから)

■ヴェネツィアのラグーンに本土の住民が移ってきた。彼らは、潟の泥に杭をたくさん打ち込みその上に家を建てた。それがやがて海に浮かぶ迷宮都市へと発展する。オリエントとの貿易で巨万の富を得た海洋国家、その象徴は総督。総督の末裔の別荘も撮影。また地球環境の変化とともに年々増加するアクアアルタという高潮の様子も撮影に成功。海水があふれ、サンマルコ広場を美しい池に変えてしまう。

ヴェネツィア救済
ヴェネツィア救済 世界遺産

世界遺産 サン・マルコ寺院(Basilica di San Marco、サンマリノ)

嵐にあうサン・マルコ寺院(12世紀のモザイク画)、サン・マルコ寺院の絵画、ヴェニスの地図(バチカン市国、1972年)

サン・マルコ寺院(Basilica di San Marco) 嵐にあうサン・マルコ(12世紀のモザイク画)、サン・マルコ寺院の絵画、ヴェニスの地図。
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イタリアでカフェのことを“BAR(バール)”と呼び、華麗な手さばきでエスプレッソをいれる職人を「バリスタ」と呼びます。

 フィレンツェ (Firenze) 花の都  ・・ 世界遺産

フィレンツェとプラート

■フィレンツェ (Firenze) はイタリアのトスカーナ州フィレンツェ県に属する人口36万人の都市である。トスカーナ州の州都、フィレンツェ県の県庁所在地であり、近郊の人口は約20万人。古代ローマ時代、花の女神フローラの町としてフロレンティア (Florentia) と名付けた事が語源とされている。フィレンツェは古代にエトルリア人によって町として建設されたが、直接の起源は紀元前59年、執政官カエサルによって入植者(退役軍人)への土地貸与が行われ、ローマ殖民都市が建設されたことによる。中世には一時神聖ローマ帝国皇帝が支配したが、次第に中小貴族や商人からなる支配体制が発展し、12世紀には自治都市となった。 サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂(Cattedrale di Santa Maria del Fiore)のドゥオーモが有名です。 フィレンツェでは、聞きなれない洋紙のマーブル紙の購入も。カルトナージュ(好きな大きさにカットした厚紙を組み立て、お気に入りの布を貼ります。)は中世ヨーロッパで生まれた手工芸でもとは製本技術から発展しました。 マーブル紙で作ったカルトナージュも良いものですよ。
索引 : フィレンツェドゥオーモヴェッキオ橋ウフィツィ美術館とアカデミア美術館 )

サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂(Cattedrale di Santa Maria del Fiore)のドゥオーモとジョットの鐘楼

ドゥオーモのファサード(正面)

ドゥオーモのファサード(正面)

ジョットの鐘楼とクーポラ

ゴシック様式のジョットの鐘楼

ドゥオーモのファサード(正面) ドゥオーモの正面 クーポラと ジョットの鐘楼

ミケランジェロの傑作『ダヴィデ像』 本物 アカデミア美術館

ウフィツィ美術館 (Galleria degli Uffizi) とアカデミア美術館(Galleria dell’Accademia)はイタリアルネサンスの美術の宝庫です。

ミケランジェロの傑作『ダヴィデ像』

■ダビデ(David)像は、ミケランジェロが1501年から制作を開始し、1504年9月8日に公開した彫刻作品。ピエタと並ぶミケランジェロの代表作であるばかりでなく、ルネサンス期を通じて最も卓越した作品の一つです。力強さと若き人間の美しさの象徴ともみなされる作品であり、芸術の歴史における最も有名な作品のひとつと言える。大理石で身の丈5.17メートルにかたどられたこの像は、旧約聖書の登場人物ダビデが巨人ゴリアテとの戦いに臨み、岩石を投げつけようと狙いを定めている場面を表現しています。

■フィレンツェはイタリアルネサンスの発祥地。見るも全てが芸術品のように思えた。 美術館もドゥオーモ全て素晴らしい。
■ロレンツォ・イル・マニーフィコ(偉大なるロレンツォ)とよばれたロレンツォは、学問と芸術の大保護者で画家のボッティチェッリや人文主義者をその周囲にあつめた。ロレンツォは共和国政府を骨抜きにし、その野心的な外交政策で、フィレンツェは一時的にイタリア諸国家間の勢力の均衡をたもたせることになった。フィレンツェのフローリン金貨は、全欧州の貿易の基準通貨となってフィレンツェの商業は世界を支配した。建築、絵画、彫刻におけるルネサンス芸術は、15世紀をとおして大きく開花し、ボッティチェッリ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロなどの巨匠が活躍するルネサンス文化の中心地となって学問・芸術の大輪の花が開いた。

花の都フィレンツェ

フィレンツェ ヴェッキオ橋

ヴェッキオ橋上の
苔むした屋根の宝石店

フィレンツェ歴史地区 イタリア 世界遺産 ルネサンス

ボッティチェッリ 『ヴィーナスの誕生』 ウフィツィ美術館

ボッティチェッリ 『ヴィーナスの誕生』 ウフィツィ美術館

■ウフィツィ美術館 (Galleria degli Uffizi) は、イタリアのフィレンツェにあるイタリアルネサンス絵画で有名な美術館である。1591年より部分的に公開されており、近代式の美術館としてヨーロッパ最古のものの1つである。ルネサンスの絵画は世界の至宝です。
■プラート(Prato)は、ルネサンス時代の巨匠ヒリッポ・リッピと修道女ルクレツィア・ブーティの駆け落ち事件で有名、ウッフィツィ美術館の有名絵画は、その修道女がモデルだそうです。

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 ローマ(Roma) ・・ 世界遺産も多数

ローマコロッセウムフォロ・ロマーノ

■ローマ(Comune di Roma、羅馬)は、イタリアの首都。欧州有数のグローバル都市であり、ラツィオ州の州都、ローマ県のコムーネの一つで、ローマ県の県都でもある。2007年現在の人口は約270万人で、イタリアで最も人口が多い都市である。かつてのローマ帝国の首都であったため西洋文明圏を代表する都市のひとつであり、カトリック教会の中枢であり、そしてまたその美しさから『永遠の都』と称される。伝説によれば、ローマは紀元前753年4月21日にギリシャ神話の英雄アイネイアスの子孫である、双子のロムルスとレムスにより建てられた。ロムルスはレムスとローマを築く場所について争い、レムスを殺した。その後、ロムルスは7代続く王政ローマの初代の王となり、またローマの市名の元となったとされる。

世界遺産 コロッセウムの外側

コロッセウム

コロッセウムの内側・地下施設

コロッセウムの内側

コロッセウム コロッセウム

トレヴィの泉(英:Trevi Fountain、伊:Fontana di Trevi)

トレヴィの泉(英:Trevi Fountain、伊:Fontana di Trevi)

トレヴィの泉(英:Trevi Fountain、伊:Fontana di Trevi)

フォロ・ロマーノのセプティミウス・セウェルスの凱旋門

世界遺産 フォロ・ジュリアーノの遺跡

セプティミウス・セウェルスの凱旋門 セプティミウス・セウェルスの凱旋門

■フォロ・ロマーノ(伊:Foro Romano)は、ローマにある古代ローマ時代の遺跡。観光地として有名である。フォロ・ロマーノは、ラテン語の古名フォルム・ロマヌム(Forum Romanum)のイタリア語読み。 紀元前6世紀頃からローマ帝国がテトラルキアを採用する293年にかけて、国家の政治・経済の中心地であったが、ローマ帝国が東西に分裂し、首都機能がラヴェンナに移されると異民族の略奪に曝されるようになり、西ローマ帝国滅亡後は打ち捨てられ、土砂の下に埋もれてしまった。

サンタンジェロ橋からサンタンジェロ城を

サンタンジェロ城の入口

屋上に大天使ミカエルの大きな像

屋上にはこの城の名前の元となった大天使ミカエルの大きな像

パンテオン(Pantheon) 巨大すぎて全体が写せない程

パンテオン(Pantheon)と手前はPiazza Rotondaのオベリスク

Piazza Rotondaのオベリスク

■パンテオンという言葉には「万神殿(あらゆる神を祭った神殿)」という意味があります。(PANは「全ての」「全部の」、TEOSは「神」あるいは「神聖なもの」を意味するギリシャ語由来の接頭辞です。) 今日のイタリアは圧倒的なカトリック国家ですが、この建物はもともとローマの神を祭る神殿(tempio)だったのです。

ナヴォーナ広場の4つの大河(ナイル川、ガンジス川、ドナウ川、ラプラタ川)を擬人化した彫像の噴水型のオベリスク・四大河の噴水(Fontana dei Quattro Fiumi)

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂 記念日で像の前には衛兵が警護をしていました。「ウエディングケーキ」、「タイプライター」「入れ歯」などと呼ばれています

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂(Monumento Nazionale a Vittorio Emanuele II)は、イタリア・ローマのヴェネツィア広場(Piazza Venezia)に面しカンピドリオを背にして建つ

■イタリアを統一した偉い王様 ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世(Vittorio Emanuele II di Savoia、1820年3月14日 - 1878年1月9日)は、サルデーニャ王国の最後の国王(在位:1849年 - 1861年)、およびイタリア王国の初代国王(在位:1861年 - 1878年)。サルデーニャ王カルロ・アルベルトとトスカーナ大公女マリーア・テレーザの子。1854年にクリミア戦争に参戦して、国際社会における王国の地位を高めた。1859年、イタリア統一戦争を開始する。フランス皇帝ナポレオン3世との間にプロンビエールの密約を取り付け、その支援のもとにオーストリア帝国を退けたものの、代償として王国発祥の地サヴォワとニースを失った。トリノ、フィレンツェと首都を移転させた後、1870年に教皇領を併合し、ローマに都を構え、イタリア統一を果たした。

古代ローマの遺跡 トッレ・アルジェンティーナの
野良猫の保護施設

パンテオン近くのローマの裏道、坂道が多く、黄色い塀と狭い道路、所狭しと置かれた車、路上には多数のタバコの吸殻

ローマの古代遺跡 トッレ・アルジェンティーナ の猫達 パンテオン近くのローマの裏道、坂道が多く、黄色い塀と狭い道路、所狭しと置かれた車、路上には多数のタバコの吸殻

ヴェネツィア広場

パンテオン

コロッセオ(ハンガリー,1966年)

ローマ・コロッセオ

ヴェネツィア広場  コロッセオ(ハンガリー,1966年) 飛行機

■コロッセオ (Colosseo) は、古代ローマ時代の建造物。ローマ帝政期に造られた円形闘技場で現在ではローマを代表する観光地になっている。

コロッセオ イタリア ローマ 世界遺産

ローマ・コロッセオ

カラカラ浴場(ローマ大衆浴場)

狼の乳を吸うロムルスとレムス
の像

コロッセオ イタリア ローマ 世界遺産

カラカラ帝のコインはコチラ

ロムルス(Romulus, 紀元前771年 - 紀元前717年7月5日)は、ローマの建国神話に登場するローマの建設者でレムスの双子の兄弟。伝説上のローマ建国の王。

■イタリアの主食はパンの地域がほとんどであるが、北部では代用としてトウモロコシの粉でできたポレンタを食べる場合がある。イタリア料理は地方色が強く各地方料理の集合体のようなものであり、北部はオリーブ・オイルよりバターを使い、南部はトマトを多用する傾向が有る。また沿岸部は魚を食べるが、内陸部(特に北部)はほとんど食べないなど差がある。食事にワインを合わせる習慣が有り、基本的にその土地のワインを飲む。また、サラミ、ハムなどの肉製品、チーズの種類の豊富なことも特徴である。コーヒーの消費も多く、イタリア式のいれ方にはエスプレッソ、カプチーノ、カフェ・ラッテが有名。また、ヨーロッパとしては珍しくタコも食べる。
■ローマ・スペイン広場のトリニタ・デイ・モンティ教会とスペイン階段、広場中央のバルカッチャの噴水。

ローマ・スペイン広場

ローマ・スペイン広場 イタリア 世界遺産

■イタリアは地中海に突き出した長靴型イタリア半島、および周辺の島(サルデーニャ島、シチリア島など。コルシカ島はフランス領)から構成されている。東はアドリア海、西でティレニア海とリグリア海、南でイオニア海と地中海に面している。国境を接する国としては、大陸部では西側をフランス、北側をスイスとオーストリア、東側をスロヴェニア。アドリア海を挟んで、クロアチア、アルバニア、ギリシアなどとも地理、歴史的に結びつきが強い。キリスト教・カトリック教会の治めるバチカン市国があるが、これはイタリアの首都ローマが周囲を囲んでいる。他にもアドリア海近くのサンマリノ共和国を包み込むように接する。

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 ローマの空港とスキポール空港への途中の景色

朝の3時おきで空港へ

■フィウミチーノ空港(伊: Aeroporto di Fiumicino、英: Fiumicino Airport)はローマの南西(市内より約30キロ)、フィウミチーノ(Fiumicino)市にある国際空港。 別称、(ローマ・)レオナルド・ダ・ヴィンチ国際空港(伊: Aeroporto internazionale Leonardo da Vinci、英: Rome Leonardo da Vinci International Airport)。ローマ市外のフィウミチーノ市にあり、ミラノのミラノ・マルペンサ国際空港と肩を並べるイタリア最大の国際空港の一つ。イタリアのフラッグキャリア、アリタリア航空の本拠地でもある。ルネッサンス期の芸術家で発明家でもあるレオナルド・ダ・ヴィンチにちなんで命名された。

フィウミチーノ空港 カウンター

フィウミチーノ空港 ロビー

フィウミチーノ空港 ロビーのポスター

■フィウミチーノ空港では、ダ・ヴィンチの大きな銅像が迎えてくれました。 でも、国際線のアリタリア航空のカウンターの女性職員は、愛想が非常に悪かった。 あからさまな嫌気が差す態度に凄く気分が悪い。 どうしてですかね?仕事がいや? 嫌いな人種と喋るという風な印象。 この国有化され経営悪化で民営化された航空会社の志の低さを見た気がします。 空港自体は綺麗なつくりで満足です。 比べてKLMは友好的。
■サルデーニャ島には、リゾート地コスタ・ズメラルダやジェンナルジェントゥ山地など、多くの観光地がある。有名なビーチの美しさだけでなく、先史時代の石造建築であるヌラーゲ遺跡を代表するバルーミニのス・ヌラージ、フェニキア・ローマ時代の都市遺跡であるオリスターノ近郊のターロス、カリアリ南郊プーラにあるノーラなど、様々な興味深い観光資源に恵まれている。 行きたかった島です。

フィウミチーノ空港からアムステルダムに向かう機中で見えたイタリアの島々 コルシカ島やサルデーニャ島? 多分、ジリオ島。
真ん中はどうも、トスカーナ地方のモンテ・アルジェンタリオMonte Argentario

フィウミチーノ空港からアムステルダムに向かう機中で見えたイタリアの島々 モンテ・アルジェンタリオMonte Argentario フィウミチーノ空港からアムステルダムに向かう機中で見えたイタリアの島々 サルデーニャ島

■リストランテ:イタリア語でレストランの意。一般的にトラットリア、ピッツェリア、オステリアに比べ高級で、コースで食事が供される(もちろん、リストランテとは名ばかりの店や、高級なトラットリアもある)。

■イタリア・イーゾラ・デル・ジリオ(Isola del Giglio)は人口1,553人のイタリア共和国トスカーナ州グロッセート県のコムーネの一つである。ティレニア海に浮かぶジリオ島にあり、そのままイタリア語でコムーネの名になっている。南東にあるジャンヌートリ島もコムーネの一部である。ナヴィガツィイオーネ・マレジリオ(Navigazione Maregiglio)社と トレマール社(Toremar)の運営するフェリーがサント・ステーファノ港(Porto Santo Stefano)に到着する。

KLMの飛行機から見える白銀のアルプスの山々

■イタリアはヨーロッパ南部に位置し、イタリア半島はその長靴の形をした特徴的な形状で知られている。国土はイタリア半島以外にその北部にあるアルプス山脈南部や、シチリア島やサルデーニャ島などの周辺の島々からなる。

飛行機から見える白銀のアルプスの山々 飛行機から見える白銀のアルプスの山々

■イタリアは、古くから地中海域の交通の要衝として栄え、古代ローマの頃には歴代執政官によって街道が整備され、それはアッピア街道のように史跡として残っているのみならず『執政官街道』と呼ばれ、現在も使用されている。ローマ帝国時代のローマは、「全ての道はローマに通ず」とさえ呼ばれた。その後のムッソリーニ時代よりアウトストラーダ (Autostrada) と呼ばれる有料高速道路網が整備されはじめた他、フィアット社のバックアップもあり高速道路網が全土に敷き詰められている。

イタリアの温泉事情 : イタリアは、ヨーロッパ有数の火山国である。イタリア政府観光局発行の温泉地図には、全国隈無く184の温泉がポイントされている。モンテ・カティーニ、アバーノ、メラーノ、 イスキア島などが温泉地としてよく知られている。
■「イタリア 人生最高の愉しみを探して!(日立世界ふしぎ発見!)2011/03/05(土)21:00〜」では、
 イタリアでも源泉は湯治場になっているところが多くて、ローマからフィレンツェに続く街道沿いには、皇帝ネロが入った温泉場の遺跡も残されていました。そういう貴族たちが湯治で通っていた場所、また道沿いには、必ずご当地グルメなどがあるんですよ。その土地のワインやそれに合うチーズ、生ハムなどの加工食品とか。日本も温泉地に行くと美味しいものがあるから、温泉とグルメがセットになったこの構図はやっぱり変わらないんですね。
今もイタリアの人は食べること、人生を楽しむことが好きだから、お風呂とグルメが大好きだった古代ローマ人の時代から、きっとそれはDNAとして受け継いでいるんでしょうね。 今回は、楽しく食べて飲んで、お湯に入って…、と今のイタリアの人々の楽しみぶりを見ることによって古代を想像出来たり、反対に古代から今が理解出来たりして、「イタリアの人々のことをもっと知りたい!」という時に、そのイタリア人気質みたいなものを感じ取れる内容になっていると思います。 との事です。
 ・・・ ガイドさんの一押しは、火山のあるイタリアの島が一番だそうです 次回は遺跡めぐりでなくそちらも確認したい。
   水着姿でフェリーで渡る島だそうで、謎めいていますが屹度、シチリア島のエトナ火山と思います。

 エトナ火山は、世界で最も活動的な火山の一つであり、ヨーロッパ最大の活火山、殆ど常に噴火している。時には大きな噴火を起こすこともあるが、特別に危険な火山とは見なされておらず、数千人が斜面とふもとに住む。肥えた火山性土壌は農業に適し、ふもとには葡萄園や果樹園が広がる。 エトナ火山の活動は、約50万年前から開始されている。活動開始時点では、海底火山であったと考えられている。約30万年前は、現在の山頂より南西の地区において火山活動が活発であったが、17万年前頃より現在の位置に移動した。この時期の活動はストロンボリ式噴火が多いが、何度か大噴火を起こし、カルデラを形成している。 神話において、テュポン(ギリシア神話に登場する神)が封印された場所だとされる。 ノアの大洪水を引き起こしたという説がある。

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 イタリアの料理・食文化

イタリア料理や食べ物は日本人に馴染みやすい

■パルミジャーノ・レッジャーノ(Parmigiano Reggiano)はイタリアを代表するチーズのひとつ。イタリアチーズの王様とも呼ばれる。 名前の由来は地名からきており、パルマ、レッジョ・エミリア、モデナなどのエミリア・ロマーニャ地方で作られ、DOPの認定を受けたものだけが刻印を押されて「パルミジャーノ・レッジャーノ」を名乗ることができ、認定を受けられなかったものは側面に×印をうたれてしまう。 原料は、前日に搾った牛乳を一晩置いて分離した乳脂肪分を抜いたものと当日の朝搾った牛乳を混合したものを用いるので、1日に1回だけ製造できる。 水分を完全に抜き切り、最低1年、通常は2年以上熟成させる為、超硬質のハードチーズとなり、アミノ酸が結晶して白い斑点ができる。 この製造過程で出来る乳脂肪分はマスカルポーネなどの原料に使われ、乳清はプロシュット・ディ・パルマ用の豚の飼料になる。

パルミジャーノのミラノ風リゾット
(Risotto alla Milanese)

食後のデザート(スイーツ)
甘かった

ミラノ風カツレツ
大きかった

■ミラノ風カツレツは、パルメザンチーズの香りを活かしたおなじみのミラノ風カツレツ。少ない油で揚げ焼き風にしてからバターの風味をつけると、濃厚ながらライトに仕上がります。 骨付きが何とも言えず美味しい。 大きいです。

ミラノ風リゾット Tボーン・カツレツ

ヴェネツィアの路地(幅1m位で京都の路地奥の老舗のイメージ) ごった返すレストランで昼食 イカ墨パスタ、海のもののフライ、ピザ

イカ墨パスタ、海のもののフライ、ピザ ヴェネツィア イカ墨パスタ、海のもののフライ、ピザ ヴェネツィア

■イカ墨は曲者です。イカ墨の色素成分はメラニン(ユーメラニン)です。翌日の便も真っ黒。汚い話で御免なさい。中世のヴェネツィアではペスト(黒死病)に対する薬効があるとされ、好んで食べられた。 なお、イカスミを摂取した後は便が黒くタール状になり、また便潜血検査も陽性になるため消化管出血と間違われ易い。便の検査を受けるまえの数日間の摂取で、検査結果が誤って出る恐れがあります。お気をつけ下さい。

フィレンツェでの食事
野菜のスープ ミネストローネ

フィレンツェ 香味野菜入りのパスタ、ドレッシング添えの野菜サラダ、プリン 
素材は単純ですが美味しかったフレンツェのディナー

ミネストローネ

■ミネストローネ(minestrone)は、田舎の家庭料理、主にトマトを使ったイタリアの野菜スープ。材料にはタマネギ、ジャガイモ、ニンジン、キャベツ、セロリ、ズッキーニ、さやいんげん、ベーコンなどが用いられる。パスタ(ショートパスタやカペッリーニを短く折ったもの)や米を入れることも多い。野菜や豆、パスタ等を入れたごった煮風スープ。
■イタリアのドライトマトは一寸ショッパイガ美味しい。抗酸化物質として知られるリコピン酸はトマトに最も多く含まれます。植物は、抗酸化物質を自分を守るためにもっており、トマトの場合、太陽光線が強く・日照時間が長く乾燥した気候の方が、自己防衛のためトマトのリコピン酸も多く含むことになります。
イタリア シチリア島は、抗酸化物質を多く含むトマトができやすく、それは味の違いでも伝わってきます。更にシチリア島の特徴は、トマトの収穫時期である夏場の天候が安定しているため、完全天日干しのドライトマトができます。太陽に当る分、乾燥機による乾燥と異なり、ビタミンDの成分等の栄養素も高いものになりっているそうです。 トマトが苦手な人もお勧め。 ヴェローナでお土産に買ってきたのが、ドライトマト。

イタリアの名物 ジェラート ドゥオーモの傍で一寸休憩
ジョットの鐘楼の登った後なので美味しさ一入でした

バチカン市国で
チキンバーガーで昼食

バチカン博物館でのティータイム
カプチーノとケーキ

イタリアの名物 ジェラート イタリアの名物 ジェラート チキンバーガーで昼食 バチカン博物館でのティータイム

■カプチーノ(イタリア語:cappuccino)は、イタリアで好まれているコーヒーの飲み方の1つで、陶器のコーヒーカップに注いだエスプレッソに、クリーム状に泡立てた牛乳を加えたものをいう。イタリア語の本来の発音は「カップッチーノ」に近い。好みによってチョコレートパウダーで風味付けすることもある。

ローマ 30数cmのピザ

ジェラート入りフルーツポンチ

ローマ 甘い・・ケーキ(チーズ、シフォン、イチゴ・・)ティラミス

カルボナーラ

チキン ドリア

塩焼きチキンのグリル

チョコレートのムース

カルボナーラ リゾット 塩焼きチキンのグリル <p>チョコレートのムース</p>

■リストランテ:イタリア語でレストランの意。一般的にトラットリア、ピッツェリア、オステリアに比べ高級で、コースで食事が供される(もちろん、リストランテとは名ばかりの店や、高級なトラットリアもある)。
イタリア、ローマ最後の夜は少しリッチにチキン尽くめ。明日は帰国のため早朝4時出発でイタリアの食事は最後です。テルミニ駅のリストランテで。 イタリアの料理は不思議と日本人の味覚に合う様でした。

Modern Italian cuisine has evolved through centuries of social and political changes, with its roots reaching back to the 4th century BC. Significant change occurred with the discovery of the New World, when vegetables such as potatoes, tomatoes, bell peppers, and maize became available. However, these central ingredients of modern Italian cuisine were not introduced in scale before the 18th century.
Ingredients and dishes vary by region. However, many dishes that were once regional have proliferated in different variations across the country. Cheese and wine are major parts of the cuisine, playing different roles both regionally and nationally with their many variations and Denominazione di origine controllata (regulated appellation) laws. Coffee, and more specifically espresso, has become highly important to the cultural cuisine of Italy. Some famous dishes and items include pasta, pizza, lasagna, focaccia, and gelato.

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■マフィアはイタリア経済と社会に多大な影響力をおよぼしている。もともと中世後期にシチリアで生まれた秘密結社で、親族組織からなり、冷酷な暴力とオメルタというきびしい掟で知られる。19世紀後半にはシチリアの田園地帯を支配し、地方当局への介入、ゆすり、市民に対するテロ活動をおこなっていた。1920年代から第二次世界大戦終結まではベニート・ムッソリーニによって弾圧される。この時代をのぞいて、マフィアはイタリアの南部を中心に、合法・非合法活動によって影響力を拡大しつづけた。また、マフィア勢力は移民とともに海外とくにアメリカにわたり、70年代までに世界のヘロイン取り引きの大部分がマフィアの支配下に入った。Confesercentiの報告書で、マフィアの総売上高は900億ユーロに相当するという。

 

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イタリア共和国(Repubblica Italiana) 永遠の都・ローマ、フィレンツェ、アドリア海の女王・ヴェネツィア ほか