Kunioの世界の切手紹介と海外写真集

Kunioの世界の切手紹介と海外写真集 海外写真集|ヨーロッパ・イタリア共和国(Repubblica Italiana) 「ローマは一日にして成らず」の永遠の都・ローマ 映画『ローマの休日』の名所旧跡も見てきました。イタリアはTabacchi(タバッキ)と言うタバコ屋兼雑貨販売店が多数有ります。 喫茶はバール。 古代の遺跡が普通の生活の中に溶け込んでいます。 

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イタリア共和国(Repubblica Italiana) 「ローマは一日にして成らず」の永遠の都・ローマ

 イタリア共和国(Repubblica Italiana)。 「ローマは一日にして成らず」、永遠の都・ローマ。 ローマ市内には古代遺跡や美術館などが多く残り、世界各国から観光客が集まることから観光業界が重要な産業となっており、特にヴェネト通りやスペイン広場周辺には高級ホテルやレストラン、ブティックが立ち並び一年中賑わいを見せています。 イタリアの経済面では、ミラノに次ぐ第2位。 雨模様と夕方の時間帯で、女優オードリー・ヘップバーンの「ローマの休日」のイメージ(広い階段、青い空、賑やかな場所・・)とは程遠く、スペイン広場にはガッカリさせられた。 だが、ローマだけでなくイタリア全土で、古代の遺跡が普通の生活の中に溶け込んでいる様子は意外と言うより非常に素晴らしいものと思えました。 動物では、犬は多数居ましたが糞の後始末はしていない 。ネコはローマでしか見なかった。 ネコは黒が主流でした。 色々不思議な国です。 何かしらが違う、本当に不思議です。 帰国はローマのフィウミチーノ空港から。 クーポラ(丸天井の意味)、イタリアはTabacchi(タバッキ)と言うタバコ屋兼雑貨販売店が多数有ります。 喫茶はバール。 当日バチカン博物館からローマ市内の色んな箇所を巡り、最後はテルミニ駅まで歩きましたが中心部は10数キロ程度で意外に狭い感じでした。  ローマの猫スポットは、なんといってもトッレ・アルジェンティーナ広場です。 ネコ好きは行って見てください。 可愛いですよ。
補足で絵葉書も数枚入れました。 説明資料作成では、Wikipediaを利用しています。 世界遺産の切手:イタリア。 


 海外旅行写真|ヨーロッパ(Europa travel picture) イタリア編

■ [ オーストリア(Austoria (2005年(Wien)|2006年(Zaltburug))|チェコ(Cezh)|フランス(France (パリ(Paris)
  |ルーヴル美術館(Louvre))|オランダ(Holland、(スキポール空港アムステルダム))|ハンガリー(Hungary)
  |ドイツ(Germany (ベルリン、ポツダム(Berlin、Potsdam))|ロマンチック街道)|スイス(Switzerland)

■イタリア特別編 [ イタリアのトップミラノヴェローナヴェネツィア
フィレンツェドゥオーモヴェッキオ橋ウフィツィ美術館とアカデミア美術館 )|ローマコロッセウムフォロ・ロマーノ )|
バチカン市国
バチカン博物館ラファエロの間システィーナ礼拝堂 ) ]

下のサムネイルをクリックすると大きな写真で閲覧できます。   ご注意)写真は当方が撮影したもので著作権があります。

 イタリア共和国(Repubblica Italiana) 永遠の都・ローマ

■イタリアは地中海に突き出した長靴型イタリア半島、および周辺の島(サルデーニャ島、シチリア島など。コルシカ島はフランス領)から構成されている。東はアドリア海、西でティレニア海とリグリア海、南でイオニア海と地中海に面している。
Rome's early history is shrouded in legend. According to Roman tradition, the city was founded by Romulus on 21 April 753 BC. The legendary origin of the city tells that Romulus and Remus decided to build a city. After an argument, Romulus killed his brother Remus. Archaeological evidence supports the view that Rome grew from pastoral settlements on the Palatine Hill built in the area of the future Roman Forum. While some archaeologists argue that Rome was indeed founded in the middle of the 8th century BC, the date is subject to controversy.

 ローマ(Roma) 永遠の都

「ローマは一日にして成らず」

ローマ(Comune di Roma、羅馬)は、イタリアの首都。欧州有数のグローバル都市であり、ラツィオ州の州都、ローマ県のコムーネの一つで、ローマ県の県都でもある。2007年現在の人口は約270万人で、イタリアで最も人口が多い都市である。かつてのローマ帝国の首都であったため西洋文明圏を代表する都市のひとつであり、カトリック教会の中枢であり、そしてまたその美しさから『永遠の都』と称される。 伝説によれば、ローマは紀元前753年4月21日にギリシャ神話の英雄アイネイアスの子孫である、双子のロムルスとレムスにより建てられた。ロムルスはレムスとローマを築く場所について争い、レムスを殺した。その後、ロムルスは7代続く王政ローマの初代の王となり、またローマの市名の元となったとされる。

 サンタンジェロ城

バチカン美術館より移動

サンタンジェロ城の入場券

■サンタンジェロ城(伊: Castel Sant'Angelo)は、ローマのテヴェレ川右岸にある城塞である。日本語訳によっては、聖天使城、カステル・サンタンジェロとも呼ばれる。 正面にはサンタンジェロ橋(ponte Sant'Angelo)があり、わずかに離れた場所にあるバチカンのサン・ピエトロ大聖堂とは秘密の通路で繋がっているといわれている。屋上にはこの城の名前の元となった大天使ミカエルの大きな像があります。この像は590年ローマにペストが猛威を振るった際、教皇グレゴリウス1世の前にミカエルが現れてペストの終焉を告げたという伝説によって造られました。サンタンジェロ城(聖天使城)はサン・ピエトロ大聖堂から歩いて10分くらいのところにあります。

サンタンジェロ橋からサンタンジェロ城を

サンタンジェロ城の入口

屋上に大天使ミカエルの大きな像

屋上にはこの城の名前の元となった大天使ミカエルの大きな像

サンタンジェロ城(伊: Castel Sant'Angelo)は、ローマのテヴェレ川右岸にある城塞。日本語訳によっては、聖天使城、カステル・サンタンジェロとも呼ばれる。 正面にはサンタンジェロ橋(ponte Sant'Angelo)があり、わずかに離れた場所にあるバチカンのサン・ピエトロ大聖堂とは秘密の通路で繋がっているといわれている。135年、皇帝ハドリアヌスが自らの霊廟として建設を開始しアントニヌス・ピウス治世の139年に完成した。サンタンジェロ城に存在する「秘密の通路“il Passetto di Borgo”」。ヴァティカンとサンタンジェロ城を結び、映画「天使と悪魔」にも登場したこの通路は、実際に長いヴァチカンの歴史の中で、教皇が他国からの侵略から逃れるために幾度となく使われてきた秘密の通路だそうです。

サンタンジェロ城に存在する「秘密の通路“il Passetto di Borgo”」。ヴァティカンとサンタンジェロ城を結び、映画「天使と悪魔」にも登場したこの通路は、実際に長いヴァチカンの歴史の中で、教皇が他国からの侵略から逃れるために幾度となく使われてきた秘密の通路だそうです。

サンタンジェロ城からのローマの風景 テヴェレ川

サンタンジェロ城最上階からサンピエトロ大聖堂とバチカン美術館を

サンタンジェロ橋からのローマの風景 テヴェレ川 サンタンジェロ橋からのローマの風景

サンタンジェロ城最上階からサンピエトロ大聖堂とバチカン美術館を

サンタンジェロ城最上階からサンピエトロ大聖堂とバチカン美術館を

テヴェレ川に架かるサンタンジェロ橋

サンタンジェロ城の内部の展示物 ハドリアヌス帝のお墓だそうです

テヴェレ川に架かるサンタンジェロ橋

ローマの綺麗な橋 ヴァチカンへの道 テヴェレ川に架かる橋 ヴィットリオ・エマヌエレ2世橋

ヴィットリオ・エマヌエレ2世橋

テヴェレ川(Tevere)は、イタリアで3番目に長い川。エミリア・ロマーニャ州のアペニン山脈からトスカーナ州、ウンブリア州を経由し、ラツィオ州でティレニア海に注いでいる。ローマ市内を流れていることで有名な河川で、中州にはティベリーナ島(Tiberina)があります。
古代ローマ時代には「澄んでない川」を語源とするティベリス川(Tiberis flumen ラテン語)と呼ばれていた。伝説では、ローマの創始者であるロムルスも双子の弟レムスと共にこの川に流された事になっている。

橋とローマの風景 テヴェレ川

古い絵葉書 ヴィットリオ・エマヌエレ2世橋とサンタンジェロ城(上の写真の逆から描いたもの)

サンタンジェロ橋からのローマの風景 テヴェレ川

The tomb of the Roman emperor Hadrian, also called Hadrian's mole, was erected on the right bank of the Tiber, between 135 AD and 139 AD. Originally the mausoleum was a decorated cylinder, with a garden top and golden quadriga. Hadrian's ashes were placed here a year after his death in Baiae in 138 AD, together with those of his wife Sabina, and his first adopted son, Lucius Aelius, who also died in 138 AD. Following this, the remains of succeeding emperors were also placed here, the last recorded deposition being Caracalla in 217 AD. The urns containing these ashes were probably placed in what is now known as the Treasury room deep within the building. Hadrian also built the Pons Aelius facing straight onto the mausoleum - it still provides a scenic approach from the center of Rome and the right bank of the Tiber, and is renowned for the Baroque additions of statuary of angels holding aloft elements of the Passion of Christ.

サンタンジェロ城の屋上から見るローマの街並み テヴェレ川 ・・・  サンタンジェロ橋からはヴァチカンへと続いています

サンタンジェロ城の屋上から見るローマの街並み サンピエトロ大聖堂、ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂 ・・・

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 スペイン広場/トレヴィの泉

『ローマの休日』の場面

スペイン広場/スパーニャ広場(イタリア語:Piazza di Spagna〔ピアッツァ・ディ・スパーニャ〕)は、イタリア・ローマ市の都心部にある広場。「スパーニャ」とは「スペイン(エスパーニャ)」のイタリア語呼称で、間近にあるスペイン大使館にちなんで命名された。広場の中央には、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ作「バルカッチャの噴水」(船の噴水)がある。スペイン広場のトリニタ・デイ・モンティ階段、通称「スペイン階段」、設計はフランチェスコ・ディ・サンクティスによるもので、1725年に完成した。波を打つような形態はバロック的な効果をあげている。 オードリーがジェラートを食べた場所。雨模様で残念。
トレヴィの泉(英:Trevi Fountain、伊:Fontana di Trevi)は、ローマにある最も巨大なバロック時代の泉で、ローマでも有数の観光名所として賑わっている。 「トレビの泉」「トレドの泉」とも呼称されてます。 ポーリ宮殿の壁と一体となったデザインで、中央に水を司るネプトゥヌス(ポセイドーン)が立ち、左に豊饒の女神ケレス(デメテル)、右に健康の女神サルース(ヒュギエイア)が配置されている。これらはサルヴィの原案でブラッチが制作した。

ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ作「バルカッチャの噴水」

スペイン広場の階段上から

ローマで購入した絵葉書から「スペイン広場とネコ」
晴天の良い時に撮影

ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ作「バルカッチャの噴水」 スペイン広場 スペイン広場の階段上から ローマで購入した絵葉書からスペイン広場とネコ

スペイン広場のトリニタ・デイ・モンティ階段、通称「スペイン階段」

スペイン広場のトリニタ・デイ・モンティ階段、通称「スペイン階段」 スペイン広場のトリニタ・デイ・モンティ階段、通称「スペイン階段」

■イタリアの主食はパンの地域がほとんどであるが、北部では代用としてトウモロコシの粉でできたポレンタを食べる場合がある。イタリア料理は地方色が強く各地方料理の集合体のようなものであり、北部はオリーブ・オイルよりバターを使い、南部はトマトを多用する傾向が有る。また沿岸部は魚を食べるが、内陸部(特に北部)はほとんど食べないなど差がある。食事にワインを合わせる習慣が有り、基本的にその土地のワインを飲む。また、サラミ、ハムなどの肉製品、チーズの種類の豊富なことも特徴である。コーヒーの消費も多く、イタリア式のいれ方にはエスプレッソ、カプチーノ、カフェ・ラッテが有名。また、ヨーロッパとしては珍しくタコも食べる。
ローマ・スペイン広場のトリニタ・デイ・モンティ教会とスペイン階段、広場中央のバルカッチャの噴水。

ローマ・スペイン広場

ローマ・スペイン広場 イタリア 世界遺産

スペイン広場の階段上から、トレビの泉へ向かう、暮れなずむトレヴィの泉(英:Trevi Fountain、伊:Fontana di Trevi)

  

トレヴィの泉(英:Trevi Fountain、伊:Fontana di Trevi)

トレヴィの泉(英:Trevi Fountain、伊:Fontana di Trevi)

トレヴィの泉(英:Trevi Fountain、伊:Fontana di Trevi)

オードリー・ヘップバーンよろしく肩越しにトレヴィの泉にコインを投げている所を撮るが、デジタルカメラはシャッターを押してから撮影するまでコンマ数秒のタイムラグがあるので中々うまくいかない。 全体の写真でご容赦を、それにしても日本人の多い事。

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 パンテオン(Pantheon)

ローマ市内のパラティヌスの丘に建造された神殿、生憎、休館日で見学は叶わなかった

■パンテオン(Pantheon)は、ローマ市内のパラティヌスの丘に建造された神殿。元々は、様々なローマ神を奉る万神殿。最初のパンテオンは紀元前25年、初代ローマ皇帝アウグストゥスの側近マルクス・ウィプサニウス・アグリッパによって建造された。建物は、深さ4.5mのローマン・コンクリート基礎の上部に直径43.2m の円堂と半球形のドームが載った構造で、壁面の厚さは6mに達するが、高さによって材質を使い分けており、ドーム上部は凝灰岩と軽石を素材として用い、その厚さは1.5mに減じる。
 あのルネサンスの巨匠ラファエロの墓もここにあるそうです。 パンテオンの前には大勢の人達がいました。

パンテオン(Pantheon) 巨大すぎて全体が写せない程

パンテオン(Pantheon)と手前はPiazza Rotondaのオベリスク

Piazza Rotondaのオベリスク

パンテオンという言葉には「万神殿(あらゆる神を祭った神殿)」という意味があります。(PANは「全ての」「全部の」、TEOSは「神」あるいは「神聖なもの」を意味するギリシャ語由来の接頭辞です。) 今日のイタリアは圧倒的なカトリック国家ですが、この建物はもともとローマの神を祭る神殿(tempio)だったのです。

パンテオンのオベリスク

パンテオン(Pantheon) 

パンテオン近くのアパートメント

パンテオンのオベリスク パンテオン近くのアパートメント ローマ パンテオン近くのアパートメント

真実の口(Bocca della Verita(ボッカ・デラ・ベリタ)) ローマ三越

真実の口(日本でのゲーム機)
パチモノです

イタリアの1941年の絵葉書 少し様子が違うがパンテオン?

真実の口(Bocca della Verita(ボッカ・デラ・ベリタ)) ローマ三越 イタリアの1941年の絵葉書 少し様子が違うがパンテオン?

真実の口(Bocca della Verita(ボッカ・デラ・ベリタ)) ローマ三越: ローマのサンタ・マリア・イン・コスメディン教会(Santa Maria in Cosmedin)の外壁、教会の正面柱廊の奥に飾られている。元々は下水溝のマンホールの蓋であったらしい。海神トリトーネの顔が刻まれている。 手を口に入れると、偽りの心がある者はその手首を切り落とされる、あるいは手が抜けなくなるという伝説がある。 映画『ローマの休日』では、グレゴリー・ペック扮するジョー(新聞記者)が真実の口に手を入れてこの伝説を再現してみせた。 また、複製品がローマ三越店内にあります

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 ナヴォーナ広場

サンタンジェロ城から

■ナヴォーナ広場(Piazza Navona)は、今までで一番細長い広場です。紀元1世紀、この場所は、ドミティアヌス帝(在位:81〜96)の競技場でした。また、4世紀初め、ディオクレティアヌス帝の時代に、聖女アグネスが殉教した地でもあります。広場の西側にあるサンタニェーゼ・イン・アゴーネ教会は、「苦悶の聖アグネス教会」の意味です。 インノケンティウス10世(在位:1644〜1655)が広場の整備を始め、ベルニーニとボロミーニを起用し、バロック空間に変貌させました。すぐそばには、ローマで一番有名な朝市が開かれるカンポ・デイ・フィオーリがある。広場中央には、4つの大河(ナイル川、ガンジス川、ドナウ川、ラプラタ川)を擬人化した彫像の噴水型のオベリスク・四大河の噴水(Fontana dei Quattro Fiumi)がある。これらの彫像は、バロック時代ジャン・ロレンツォ・ベルニーニによって造られたものである。ナヴォーナ広場はビルに囲まれていて、通りからは見えません。ナヴォーナ広場はサンタニェーゼ教会を正面にして、おしゃれなバールやレストランが並んでいます。

ブラスキ宮

ナヴォーナ広場への道

ナヴォーナ広場のムーア人の噴水

ナヴォーナ広場のムーア人の噴水

ブラスキ宮 ナヴォーナ広場への道 ムーア人の噴水 ネプチューンの噴水

ムーア人の噴水は、ナヴォーナ広場南側の噴水です。 ベルニーニのデザインにより、アントニオ・マーリが彫ったもの(1654年)。ムーア人とは、北アフリカのベルベル人のことをさしています。それにしても面白い顔をしています。
■噴水の中央に立っているオベリスクは、西暦80年のローマの大火のあと、ドミティアヌス帝(在位:81〜96)時代に立てられたものです。309年、マクセンティウス帝(在位:306〜312)がアッピア街道沿いに造った競技場に移しました。6世紀には倒れてしまい、5つの断片に壊れてしまいます。 ベルニーニはインノケンティウス10世(在位:1644〜1655)の栄光を讃えて、壊れていたオベリスクを修理し、1649年に噴水の上に立てました。オベリスクのトップにはインノケンティウス10世の紋章の鳩で飾られています。

ナヴォーナ広場の4つの大河(ナイル川、ガンジス川、ドナウ川、ラプラタ川)を擬人化した彫像の噴水型のオベリスク・四大河の噴水(Fontana dei Quattro Fiumi)

ボロミーニ設計のサンタニェーゼ・イン・アゴーネ教会(Chiesa di Sant'Agnese in Agone)

ナヴォーナ広場のベルニーニの造った四大河の噴水 擬人像 ナヴォーナ広場

ボロミーニ設計の サンタニェーゼ・イン・アゴーネ教会(Chiesa di Sant'Agnese in Agone) 四大河の噴水

ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ(Gian Lorenzo Bernini,1598年12月7日-1680年11月28日)は、バロックの時期を代表するイタリアの彫刻家、建築家、画家。 「ベルニーニはローマのために生まれ、ローマはベルニーニのためにつくられた」と賞賛されたバロック芸術の巨匠である。古代遺跡が残る古き都ローマは彼の手によって、壮大なスケール、絢爛豪華な装飾にあふれる美の都に変貌していった。人々は彼の作品を「芸術の奇跡」と絶賛した。

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 ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂とヴェネツィア広場

イタリア・ローマのヴェネツィア広場(Piazza Venezia)に面して建つ

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂(Monumento Nazionale a Vittorio Emanuele II)は、イタリア・ローマのヴェネツィア広場(Piazza Venezia)に面しカンピドリオを背にして建つ、1870年のイタリア統一の立役者、初代国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世の偉業を称えて建てられた記念堂。俗称はヴィットリアーノ (Vittoriano) 。1895年着工、1911年完成。 前面は、国家に尽くした戦士に捧げられた祭壇になっている。内部は無料で解放されているが、有料の展覧会なども行われている。国立リソルジメント博物館もある。 目立つ威容のせいか、地元のローマ市民には「ウエディングケーキ」、「タイプライター」「入れ歯」などと呼ばれていて、あまり評判がよくない。 トイレ休憩で利用しました。当日は記念日だそうで、館内は大賑わい。捨てネコが沢山居たトッレ・アルジェンティーナ広場から移動。 

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂 記念日で像の前には衛兵が警護をしていました
「ウエディングケーキ」、「タイプライター」「入れ歯」などと呼ばれてます ヴィットリオ・エマヌエーレ二世像

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂前のヴェネツィア広場

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂 ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂

■ローマ中心部にそびえ立つ白亜の建物、ヴィットリオ・エマヌエーレ二世記念堂。内部見学は無料で、国立リソルジメント博物館もある。 確かに中は近世の歴手的なのが多く、槍や刀などが保存・展示されていました。入口は常に二人の衛兵が祭壇を守っていて、祭壇に近づいたり話しかけたりしてはいけないようになっている。 写真でも衛兵が2人警備をしています。
ヴェネツィア広場(Piazza Venezia)は、イタリア・ローマにある広場。 広場に面したヴェネツィア宮殿にちなんで名付けられた。広場は、カンピドリオの丘のふもとにあり、フォロ・ロマーノも近くにある。また、目の前にヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂がそびえ立っている。 ベニート・ムッソリーニは、ヴェネツィア宮殿に執務室を置き、この広場に面したバルコニーから演説を行った。 中央が芝生になっており、フォーリ・インペリアーリ通り、コルソ通り、プレビシート通りが接続するロータリーとなっていて交通量も多い場所。

ヴェネツィア広場

ヴェネツィア広場

古い絵葉書 ヴェネツィア広場とヴィットリオ・エマヌエーレ二世像 

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂にいた修道女

古い絵葉書 ヴェネツィア広場とヴィットリオ・エマヌエーレ二世像

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂からの絵

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂にいた修道女

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂にあった「狼の乳を吸うロムルスとレムス」の像と生垣

ロムルス(Romulus, 紀元前771年 - 紀元前717年7月5日)は、ローマの建国神話に登場するローマの建設者でレムスの双子の兄弟。伝説上のローマ建国の王。

■ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂(Monumento Nazionale a Vittorio Emanuele II)の屋上テラスは、記念堂の形状どおりに左右に長いゆるいカーブを描いています。端から端まで歩いてローマを360度見渡すことが出来ます。 入場が無料と当日イタリアの建国記念日で大賑わいでした。 屋上にしか有料トイレが無く四苦八苦して最上階まで登りました。

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂の最上階の人懐こいカモメ

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂からヴェネツィア広場を

カモメ
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 アルジェンティーナ神殿跡

トッレ・アルジェンティーナ広場(Largo di Torre Argentina)

ナヴォーナ広場も近い

トッレ・アルジェンティーナ広場(Largo di Torre Argentina)はローマの広場で、共和政ローマ時代の4つの神殿の遺跡があり、ポンペイウス劇場の一部もある。古代のカンプス・マルティウスに位置している。 4つの神殿は北から順に A、B、C、D とアルファベットが振られている。紀元80年に火災があり、ローマ帝国時代に再建されている。この領域の北には Hecatostylum(百本柱のポーチ)とアグリッパ浴場があり、南にはキルクス・フラミニウスとそれに関連する建物があり、東には大きな列柱で囲まれた Porticus Minucia Frumentaria があり、西にはポンペイウス劇場があった。
▽「神殿A」は紀元前3世紀の建築で、ガイウス・ルタティウス・カトゥルスが紀元前241年にカルタゴに勝利したことを記念して建てた「ユトゥルナの神殿」と言われている。後に教会に転用されており、そのころの後陣が残っている。 「神殿B」は円形の神殿で6本の柱が残っている。紀元前101年、Quintus Lutatius Catulus がキンブリ人に勝利したことを記念して建てたものである。Aedes Fortunae Huiusce Diei(今日の幸運)と呼ばれ、フォルトゥーナを祭っていた。発掘時に見つかった巨大な女神像はフォルトゥーナ像であり、カピトリーノ美術館に収蔵されている。この女神像は頭部と腕と脚だけが大理石で衣服で覆われた他の部分はブロンズ製である。 

トッレ・アルジェンティーナ「神殿A」(ユトゥルナ神殿)

 「神殿B」

トッレ・アルジェンティーナ


 

階段の右下が猫達の住処
のようです。

トッレ・アルジェンティーナの
野良猫・皆丸々と大きく毛並みもよく太っていました。

トッレ・アルジェンティーナの
野良猫の保護施設

▽「神殿C」は最も古く、紀元前4世紀から紀元前3世紀のものとされ、豊穣の女神フェーローニアの神殿ではないかと言われている。紀元80年の火災後に再建されており、内部に見られる白と黒のモザイクはこの修復時のものである。 「神殿D」は最も大きく、紀元前2世紀の建築だが共和政後期に修復されている。ラレース(航海の守護神 Lares Permarini)の神殿だが、そのほとんどは道路の下にあり、一部しか発掘されていない。
■この広場の周辺には野良猫が多いため、この広場には Torre Argentina Cat Sanctuary と呼ばれる野良猫の保護施設がある。市内に4か所ある猫コロニーのうちのひとつである。この場所は、妻から絶対に行きたい場所の指定を受けました。 行けば可愛い猫達が沢山元気にしています。 来て良かったと痛感。

ローマの古代遺跡 トッレ・アルジェンティーナ の猫達

ローマの古代遺跡 トッレ・アルジェンティーナ の猫達 可愛がられているせいか、大分健康状態もいい

ローマの古代遺跡 トッレ・アルジェンティーナ の猫達 ローマの古代遺跡 トッレ・アルジェンティーナ の猫達

■トッレ・アルジェンティーナ広場はローマの広場で、共和政ローマ時代の4つの神殿の遺跡があります。でも、今は猫コロニーとなっていて、元気で栄養の行き届いた猫達が多数居ます。 いずれも人懐こい猫達です。 ローマに行った時には、ネコ好きは必見の場所。 他にはコロッセオにも居ました。 ピザレストランにも居ました。 そう言えばバチカン美術館にも大きなネコが居ました。 呼ぶと傍に来て、何も言わずひざの上に乗りました。 ローマの猫スポットは、なんといってもトッレ・アルジェンティーナ広場(Largo di Torre Argentina. テルミニ駅から40番のバスなど。ヴェネツィア広場からボッテーゲ・オスクーレ通りを通って徒歩約5分)です。

左のネコは出掛けに亡くなった可愛い「リュウ」そっくりでした
少しでも供養が出来たのかなと思っています

左のネコは出掛けに亡くなった「リュウ」そっくりでした ローマの古代遺跡の可愛いネコ

■イタリア特別編 [ イタリアのトップミラノヴェローナヴェネツィアフィレンツェドゥオーモヴェッキオ橋ウフィツィ煮術館とアカデミア美術館 )|ローマコロッセウムフォロ・ロマーノ )|バチカン市国バチカン博物館ラファエロの間システィーナ礼拝堂 ) ]

List of ancient monuments in Rome and Ancient Roman architecture
One of the symbols of Rome is the Colosseum (70-80 AD), the largest amphitheatre ever built in the Roman Empire. Originally capable of seating 60,000 spectators, it was used for gladiatorial combat. A list of important monuments and sites of ancient Rome includes the Roman Forum, the Domus Aurea, the Pantheon, Trajan's Column, Trajan's Market, the Catacombs, the Circus Maximus, the Baths of Caracalla, Castel Sant'Angelo, the Mausoleum of Augustus, the Ara Pacis, the Arch of Constantine, the Pyramid of Cestius, and the Bocca della Verita.

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 ローマの街並みや雑貨ほか

警邏中の婦人警官とパトカー
(ファオ・ロマーノ近辺)

パンテオン近くのローマの裏道、坂道が多く、黄色い塀と狭い道路、所狭しと置かれた車、路上には多数のタバコの吸殻

ローマの街角で見かけたタマラ・ド・レンピッカの美術展ポスター

警邏中の婦人警官とパトカー(ファオ・ロマーノ近辺)

この後、タバコ屋に駆け込んできましたよ。

パンテオン近くのローマの裏道、坂道が多く、黄色い塀と狭い道路、所狭しと置かれた車、路上には多数のタバコの吸殻 ローマの街角で見かけたタマラ・ド・レンピッカの美術展ポスター

■建物内はレストラン・ホテル等全面禁煙でしたが、歩きタバコはOKでした。地元の人は、道端に平気で吸殻を捨ててました。 特に男性とだけとは言わず女性の喫煙者が非常に多く、殆どが咥えタバコや歩きながらタバコをすう姿がそこかしこで見受けられました。 イタリア女性は家の掃除は毎日2回するがタバコのポイ捨ては平気は凄く変ですね?

ローマ市郊外のバス停の標識

■右はローマ市内 終日地下鉄バス乗り放題の券です。購入し利用したのは結局2回のみ、ローマ市内を殆ど徒歩で歩き回りました。ローマは地下鉄が2本しかない(地下が遺跡で掘れずの為)、結局は市内めぐりは徒歩が一番と思いました。 利用は最寄り駅からコロッセウム、コロッセウムからバチカン博物館だけでした。

ローマ市内 終日地下鉄バス乗り放題の券

ローマ市内 終日地下鉄バス乗り放題の券
ローマ市郊外のバス停の標識

ローマ郊外の宿泊先の
ホテルの部屋から

ワイン色の宿泊先のホテル
イデア ホテル ローマ Z3

ローマ三越の傍の路上のジューシーなフルーツ販売・豊富ですね

ローマ三越の傍の路上のジューシーなフルーツ販売・豊富ですね

ヨーロッパ・オレンジの果汁は、
アセロラ家風とと見間違えるように色が濃い赤色

ローマのホテル近くの学校の白やピンクのアーモンドの花

ホテルから市内への
移動手段のバス

ホテル近くの学校の白やピンクのアーモンドの花 ホテルから市内への移動手段のバス

宿泊先のホテル
イデア ホテル ローマ Z3

ホテル傍のテントの映画館

宿泊先のホテルの最寄り地下鉄駅(ponte mammolo)

駅前の雑誌の自動販売機

■イデア ホテル ローマ Z3 (Idea Hotel Roma Z3) : Via Amos Zanibelli 13, Rome, 0015 イタリア 0120-998-705 (通話無料) +81-3-5539-2751 (海外から) ローマに位置するイデア ホテル ローマ Z3は郊外にあり、ポルタ マッジョーレ、楽器博物館、サンタ クローチェ イン ジェルサレンメ聖堂の近隣にあります。近隣にはカストレンセ円形劇場もあります。 サービス等で特に不満はありません。朝食も まあ普通という感じでした。fiumicino(フィウミチーノ)空港まで35キロ、岐路は早朝3時起きで少々しんどかった。 でもアムステルダムの観光が出来て良かった。
フィウミチーノ空港(伊: Aeroporto di Fiumicino、英: Fiumicino Airport)はローマの南西(市内より約30キロ)、フィウミチーノ(Fiumicino)市にある国際空港。 別称、(ローマ・)レオナルド・ダ・ヴィンチ国際空港(伊: Aeroporto internazionale Leonardo da Vinci、英: Rome Leonardo da Vinci International Airport)。

ローマの地下鉄・コロッセウム駅とポップな地下鉄の列車

ローマ市内で見つけたアンティークなラジオ

ローマの地下鉄・コロッセウム駅とポップな列車 ローマの地下鉄・コロッセウム駅とポップな列車 ローマ市内で見つけたアンティークなラジオ ローマ市内で見つけたアンティークなラジオ

ローマは祝日でした

ローマ市内のガソリンスタンド

歩道の街灯に繋がれた大きな犬

犬と一緒に路上で物を売る少女

ローマ市内のガソリンスタンド 歩道の街灯に繋がれた大きな犬 犬と一緒に物を売る少女

パラッツォ・デルラ・エスポジツィオーネ美術館

ローマ三越前のチケット販売ショップ 裏がオペラ座

ローマ市内の地図

パラッツォ・デルラ・エスポジツィオーネ美術館(Palazzo delle Esposizioni)

(Palazzo delle Esposizioni)

ローマ三越前のチケット販売ショップ 裏がオペラ座


ローマ歌劇場(Teatro dell'Opera di Roma)は、イタリア・ローマにある歌劇場。1880年11月に開場したコスタンツィ劇場がその前身である。

ローマで購入した絵葉書から「ローマの遺跡や街角の荷車の可愛いネコ」 拡大します

ローマで購入した絵葉書から「ローマの遺跡や街角の荷車のネコ」 ローマで購入した絵葉書から「ローマの遺跡や街角の荷車のネコ」
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 ローマの食べ物

30数cmのピザ

ジェラート入りフルーツポンチ

ローマ 甘い・・ケーキ(チーズ、シフォン、イチゴ・・)ティラミス

カルボナーラ

チキン ドリア

塩焼きチキンのグリル

チョコレートのムース

カルボナーラ リゾット 塩焼きチキンのグリル <p>チョコレートのムース</p>

■リストランテ:イタリア語でレストランの意。一般的にトラットリア、ピッツェリア、オステリアに比べ高級で、コースで食事が供される(もちろん、リストランテとは名ばかりの店や、高級なトラットリアもある)。
イタリア、ローマ最後の夜は少しリッチにチキン尽くめ。明日は帰国のため早朝4時出発でイタリアの食事は最後です。テルミニ駅のリストランテで。 イタリアの料理は不思議と日本人の味覚に合う様でした。

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 ローマ関連の切手

ヴェネツィア広場

パンテオン

コロッセオ(ハンガリー,1966年)

ローマ・コロッセオ

ヴェネツィア広場  コロッセオ(ハンガリー,1966年) 飛行機

■コロッセオ (Colosseo) は、古代ローマ時代の建造物。ローマ帝政期に造られた円形闘技場で現在ではローマを代表する観光地になっている。

コロッセオ イタリア ローマ 世界遺産

ローマ・コロッセオ

カラカラ浴場(ローマ大衆浴場)

狼の乳を吸うロムルスとレムスの像

コロッセオ イタリア ローマ 世界遺産

カラカラ帝のコインはコチラ

ロムルス(Romulus, 紀元前771年 - 紀元前717年7月5日)は、ローマの建国神話に登場するローマの建設者でレムスの双子の兄弟。伝説上のローマ建国の王。

■イタリアの主食はパンの地域がほとんどであるが、北部では代用としてトウモロコシの粉でできたポレンタを食べる場合がある。イタリア料理は地方色が強く各地方料理の集合体のようなものであり、北部はオリーブ・オイルよりバターを使い、南部はトマトを多用する傾向が有る。また沿岸部は魚を食べるが、内陸部(特に北部)はほとんど食べないなど差がある。食事にワインを合わせる習慣が有り、基本的にその土地のワインを飲む。また、サラミ、ハムなどの肉製品、チーズの種類の豊富なことも特徴である。コーヒーの消費も多く、イタリア式のいれ方にはエスプレッソ、カプチーノ、カフェ・ラッテが有名。また、ヨーロッパとしては珍しくタコも食べる。
■ローマ・スペイン広場のトリニタ・デイ・モンティ教会とスペイン階段、広場中央のバルカッチャの噴水。

ローマ・スペイン広場

ローマ・スペイン広場 イタリア 世界遺産

古い絵葉書 カンピドリオ (Campidoglio)

切手 anno santo テヴェレ川とサン・ピエトロ大聖堂

カンピドリオ (Campidoglio) 切手 anno santo テヴェレ川とサン・ピエトロ大聖堂

カンピドリオ (Campidoglio) は、ローマの七丘の一つである。カピトリーノ (Capitolino) ともいい、古代ローマ時代にはラテン語でカピトリヌス (Capitolinus) と言われた。
この丘は、ローマの七丘でも最も高い丘で、ローマ神の最高神であったユピテルやユノーの神殿(ユピテル・オプティムス・マキシムス、ユーノー、ミネルウァ神殿)があり、ローマの中心であり、現在もローマ市庁舎が位置する。

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『ローマの休日』(ローマのきゅうじつ、原題:英: Roman Holiday)は、1953年製作のアメリカ映画。 1953年度のアカデミー賞において、主役の新人オードリー・ヘプバーンがアカデミー最優秀主演女優賞を、脚本のイアン・マクレラン・ハンターが最優秀脚本賞を、衣装のイデス・ヘッドが最優秀衣裳デザイン賞をそれぞれ受賞しました。
映画に登場した名所 は、
スペイン広場 / 真実の口 / バルベリーニ宮殿 / (クアットロ・ファンターネ通りに面した門) / コロッナ宮殿フォルム・ロマヌム(セプティミウス凱旋門) / トレヴィの泉 / スペイン広場 / パンテオン(G.ロッカ) / コロッセオ / 真実の口(劇中で、グレゴリー・ペックが手を差し入れた一連の演技はアドリブである) / サンタンジェロ城 / テヴェレ川 / コロンナ宮殿(2階:勝利の柱の部屋) / バルベリーニ宮殿(国立絵画館、クアットロ・ファンターネ通りに面した門) / ヌオーヴァ教会修道院時計塔 / トラヤヌスの記念柱 / ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂 / ヴェネツィア広場 / ボッカ・ディ・レオーネ通り(青空市場) / ポポロ広場 / サンタ・マリア・イン・モンテサント教会 / サンタ・マリア・イン・ミラーコリ教会 / ポポロ門(フラミニオ門) / 共和国広場 / サンタ・マリア・イン・コスメディン教会 / フォルトゥーナの神殿 / サン・ピエトロ大聖堂

 

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