Kunioの世界の切手紹介と海外写真集

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日本の美術切手(美術家別 アブストラクト)

 日本の絵画や人形・彫刻等の美術切手(美術家別)のトップページです。 美術家がハッキリしている絵画や浮世絵だけでなく水墨画・日本画・油絵・版画・彫刻等多数掲載してます。 繊細な筆タッチだけでなく、やはり日本人の感性に訴えるものがあります。 奈良時代から平安時代にかけて、中国や朝鮮半島などから渡来した技法や様式、あるいはそれに倣い日本で描かれた図画が「唐絵」と呼ばれた。これに対して日本的な主題を描くものが産まれ、「大和絵」と呼ばれ、別の頁(作品別)で掲載しています。 水墨画や狩野派の絵画・屏風絵も掲載中。また、浮世絵切手は、安藤(歌川)広重の東海道五十三次他と葛飾北斎の冨嶽三十六景はこちらのページで、その他の浮世絵等はこちらのページに掲載しました。日本の蒔絵・漆器・仏像などの伝統工芸はこちらです。 他に美術家の氏名のアカサタナ順で、美術家詳細の紹介含めページが構成されています。
 

 

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特別ページ日本の美術家の氏名のINDEX
 [ あ行 か行 さ行 た行 な行 は行 ま行 や行 ら行 わ行 / 作品別(大和絵・日本画) 浮世絵() 国宝・工芸 ]

■浮世絵関連の頁索引 [ 浮世絵()|日本の絵画印象派・ゴッホプラハ美術館収蔵広重北斎趣味の雑貨(版画) ]

あ行(日本の美術家)

あ行 

青木繁・わだつみのいろこの宮

伊藤深水・指

伊藤深水・吹雪

梅原竜三郎・雲中天壇

青木繁・わだつみのいろこの宮 伊藤深水・指 伊藤深水・吹雪 日本画 梅原竜三郎・雲中天壇

■伊東 深水(しんすい、1898年2月4日 - 1972年5月8日)は大正・昭和期の日本美術家。日本画独特のやわらかな表現による美人画が有名。娘は女優の朝丘雪路。女優の真由子は孫。
■上村 松園(うえむら しょうえん、明治8年(1875年)4月23日 - 昭和24年(1949年)8月27日)は、明治の京都下京に生まれ育ち、女性の目を通して「美人画」を描いた日本美術家。「一点の卑俗なところもなく、清澄な感じのする香高い珠玉のような絵」、「真・善・美の極致に達した本格的な美人画」(松園のことば)を念願として女性を描き続けた。

上村松園・母子

上村松園・序の舞

上村松園・秋の粧

上村松園・母子 上村松園・序の舞 上村松園・秋の粧

■「秋の粧」
 近代日本を代表する女性日本美術家上村松園(うえむらしょうえん)(1875-1949)によるとしかさの女性と若い娘の二人の美女を描いた美人画。  上村松園 1936年作、所蔵:西宮市大谷記念美術館

緒方光琳・孔雀葵花図

緒方光琳・燕子花図屏風

安藤広重・月に雁

緒方光琳・孔雀葵花図 緒方光琳・燕子花図屏風 安藤広重・月に雁

緒方光琳・四季草花図小屏風

緒方光琳・四季草花図小屏風

緒方光琳・四季草花図小屏風

四季草花図小屏風 尾形光琳 四季草花図小屏風

岡鹿之助・雪の発電所   浅井忠・収穫

奥村土牛「醍醐」

岡鹿之助・雪の発電所 浅井忠・収穫 奥村土牛「醍醐」

岡本太郎・眼

国宝・尾形光琳「白梅図・紅梅図」

池大雅・国宝・釣便図

岡本太郎・眼 絵画 国宝・尾形光琳「白梅図・紅梅図」 池大雅・国宝・釣便図 絵画

岡本太郎・万博・太陽の塔

岡本太郎・万博・太陽の塔

尾形光琳・桔梗
・「画帖二帖の内桔梗図」

伊藤若沖・「群鶏

岡本太郎・万博・太陽の塔 岡本太郎・万博・太陽の塔 尾形光琳・桔梗・「画帖二帖の内桔梗図」 伊藤若沖・「群鶏 絵画

尾形光琳が描く「梅」
(1994年)

岡田三郎助・あやめの衣

岡田三郎助・婦人像・小鼓

尾形光琳が描く「梅」(1994年)

■岡本 太郎(1911年2月26日 - 1996年1月7日)は、抽象絵画やシュルレアリスムとも関わり、縄文や沖縄の魅力に再注目した人物でもある。平面・立体作品を数多く残し、文筆活動も精力的に行った

岡田三郎助・あやめの衣 岡田三郎助・婦人像 楽器 小鼓
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か行(日本の美術家)

 か行 

狩野芳崖・悲母観音像

川端龍子・愛染

葛飾北斎・神奈川沖浪裏

狩野芳崖・悲母観音像 川端龍子・愛染 神奈川沖浪裏 葛飾北斎 冨嶽三十六景

葛飾北斎・凱風快晴

浮世絵関連の頁索引 
[ 浮世絵切手日本の絵画印象派・ゴッホ
プラハ美術館収蔵広重北斎趣味の雑貨(版画) ]

■狩野 芳崖(かのう ほうがい、文政11年1月13日(1828年2月27日) - 明治21年(1888年)11月5日)は、明治期の日本美術家。近代日本画の父。日本美術を高く評価していたフェノロサは、日本画の伝統に西洋絵画の写実や空間表現を取り入れた、新・日本画の創生を芳崖に託した。
■鏑木 清方(かぶらき きよかた、1878年(明治11年)8月31日 - 1972年(昭和47年)3月2日)は、明治〜昭和期の日本美術家。近代日本の美人美術家として上村松園、伊東深水と並び称せられる。
■黒田 清輝(くろだ せいき、1866年8月9日(慶応2年6月29日) - 1924年(大正13年)7月15日)は、鹿児島県鹿児島市出身の洋美術家。東京美術学校の西洋画科の発足に際して教員となり、以後の日本洋画の動向を決定付けた。
■岸田 劉生(きしだ りゅうせい、男性、1891年6月23日 - 1929年12月20日)は、大正〜昭和初期の洋美術家。黒田清輝に師事し、明治45年(1912)、高村光太郎・萬鉄五郎(よろずてつごろう)らとともにヒュウザン会を結成。

鏑木清隆・一葉

鏑木清隆・築地明石町

岸田劉生・麗子像

岸田劉生・住吉詣

鏑木清隆・樋口一葉 作家 美術家 鏑木清隆・築地明石町 日本画 岸田劉生・麗子像 岸田劉生・住吉

黒田清輝・舞妓

黒田清輝・湖畔

黒田清輝・舞妓 黒田清輝・湖畔 浴衣 団扇

喜多川歌麿・ビードロを吹く女

喜多川歌麿・文よむ女

喜多川歌麿・台所美人

喜多川歌麿・ビードロを吹く女 浮世絵 喜多川歌麿・文よむ女 浮世絵 喜多川歌麿・台所美人 浮世絵

小島善三郎・雪柳の壺

堅山南風・画廊にて

小林小経・阿弥陀堂

小林小経・髪

小島善三郎・雪柳と海芋の壺 堅山南風・画廊にて 小林小経・阿弥陀堂 日本画 小林小経・髪 日本画

小出・Nの家族

小堀鞆音・「東京御著輦」

小出・Nの家族 油絵 小堀鞆音・「東京御著輦」 絵画

菊池契月・南波照間

鹿児島寿蔵・大森みやげ

川端龍子・少年軍艦双六

菊池契月・南波照間 鹿児島寿蔵・大森みやげ 第一次世界大戦(1014-19年) 川端龍子 少年軍艦双六

北野恒富・「阿波踊」

北野恒富・「阿波踊」 絵画
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さ行(日本の美術家)

 さ行 

佐伯祐三・テラスの広告

雪村・松鷹図

佐伯祐三・テラスの広告 油絵

■佐伯 祐三(さえき ゆうぞう、1898年4月28日 - 1928年8月16日)は、大正〜昭和初期の洋美術家。大阪市生まれ。佐伯はその後満30歳で死去するまでの6年足らずの美術家生活の間、2回パリに滞在し、代表作の多くはパリで描かれている。

雪村・松鷹図 水墨画

鈴木春信・まりつき

鈴木春信・文読み

鈴木春信・見立夕顔

鈴木春信・まりつき 浮世絵 鈴木春信・文読み 浮世絵 鈴木春信・見立夕顔 浮世絵

鈴木其一・菊
・「双鶴春秋花奔図」

鈴木其一・百合
・「夏秋渓流花木図屏風」

酒井抱一・桜・「雪月花図」

鈴木其一・菊・「双鶴春秋花奔図」 鈴木其一・百合・「夏秋渓流花木図屏風」 酒井抱一・桜・「雪月花図」

酒井抱一・「夏秋草図」

西郷弧月・「春暖」

酒井抱一・「夏秋草図」 日本の馬と文化 西郷弧月・春暖 絵画
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た行(日本の美術家)

 た行 

高橋由一・鮭

竹内栖鳳・アレ夕立に

高村光雲・老猿

富岡鉄斎・
普陀洛山観世音菩薩像

高橋由一・鮭 油絵 竹内栖鳳・アレ夕立に 日本画 高村光雲・老猿 彫刻 富岡鉄斎

東郷青児・サルタンバルク

堂本印象・兎春野に遊ぶ

ゴンドラの唄・夢二

東郷青児・サルタンバルク ウサギ 日本 堂本印象・兎春野に遊ぶ 絵画 切手 ゴンドラの唄・夢二

竹久夢二・黒船屋

竹久夢二

竹久夢二・黒船屋 竹久夢二 大正ロマン

左:北方の冬、右:朝の光へ

■竹久 夢二(たけひさ ゆめじ、明治17年(1884年)9月16日 - 昭和9年(1934年)9月1日)は、日本の美術家・詩人。 岡山県邑久郡本庄村(現・岡山県瀬戸内市邑久町本庄)に代々酒造業を営む家に次男として生まれる。数多くの美人画を残しており、その作品は「夢二式美人」と呼ばれ、大正浪漫を代表する美術家である。また、児童雑誌や詩文の挿絵も描いた。文筆の分野でも詩、歌謡、童話など創作しており、なかでも詩「宵待草」には曲が付けられて大衆歌として受け、全国的な愛唱曲となった。明治35年(1902年)18歳 早稲田実業学校入学。学生時代、スケッチを「読売新聞」等に投書していました。大正6年(1917年)33歳『宵待草』に宮内省雅楽部のバイオリニスト多忠亮が曲をつけ芸術座音楽会にて発表し大ヒットしました。 大正8年(1919年)35歳 寄宿先の本郷・菊富士ホテルにてモデルのお葉を紹介され、秀逸な絵画作品である『黒船屋』はお葉をモデルとし完成させた。後に一児をもうけたが離婚。 また、竹久夢二は多くの書籍の装幀、広告宣伝物、日用雑貨のほか、浴衣などのデザインも手がけており、日本の近代グラフィック・デザインの草分けのひとりと評価されています。

鳥居清長・雨中湯帰り

鳥居清長・待乳山の雪見

鳥居清長

鳥居清長・雨中湯帰り 浮世絵 鳥居清長・待乳山の雪見 浮世絵 鳥居清長

東洲斎写楽・市川蝦蔵

東洲斎写楽・都伝内

鳥居言人・「長襦袢」

鳥居言人・「帯」

東洲斎写楽・市川蝦蔵 浮世絵 歌舞伎 東洲斎写楽・都伝内 浮世絵 鳥居言人・「長襦袢」 「帯」 1988年
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な行(日本の美術家)

 な行 

中村岳陵・気球揚る

名嘉睦稔・母なる大地

西川祐信・春の野遊図

中村岳陵・気球揚る 日本画 母なる大地 名嘉睦稔 なかぼくねん 版美術家 西川祐信・春の野遊図

中村芳中・芥子
・「扇面貼付屏風芥子図」

中村洗石・女子電話使用の図

中村芳中・芥子・「扇面貼付屏風芥子図」 中村洗石・「女子電話使用の図」 日本 絵画
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は行(日本の美術家)

 は行 

速水御舟・炎舞

平福百穂・荒磯

萩原守衛・女

速水御舟・炎舞 油絵 平福百穂・荒磯 萩原守衛・女 彫刻 ブロンズ 像

菱田春草・黒き猫図

藤島武二・黒扇

藤島武二・蝶

菱田春草・黒き猫図 藤島武二・黒扇 油絵 藤島武二・蝶 油絵

福田平八郎・筍

平山郁夫・法隆寺

平山郁夫・敦煌

菱川師宣・見返り美人

福田平八郎・筍 日本画 平山郁夫・法隆寺 平山郁夫・敦煌 日本の絵画 菱川師宣・見返り美人 浮世絵

平田郷陽・清泉

平田郷陽・遊楽

平田郷陽・宴の花

平田郷陽・清泉 平田郷陽・遊楽 平田郷陽・宴の花

■平山 郁夫(1930年6月15日 - )は、日本美術家、教育者。日本美術院理事長。平山は1960年代後半からたびたびシルクロードの遺跡や中国を訪ね、極寒のヒマラヤ山脈から酷暑のタクラマカン砂漠に至るまで、シルクロードをくまなく旅している。その成果は奈良・薬師寺玄奘三蔵院の壁画に結実している。

堀柳女・元宵観燈

堀柳女・瀞(どろ)

竜虎図・橋本雅邦

堀柳女・元宵観燈 堀柳女・瀞(どろ) 虎 橋本雅邦 画

■藤島 武二(慶応3年9月18日(1867年10月15日) - 昭和18年(1943年)3月19日)は、明治末から昭和期にかけて活躍した洋美術家。明治から昭和前半まで、日本の洋画壇において長らく指導的役割を果たしてきた重要な美術家である。浪漫主義的な作風の作品を多く残している。
■平田郷陽(ごうよう、1903年11月25日 - 1981年3月23日)は、日本の人形作家。重要無形文化財保持者(人間国宝)。衣裳人形の第一人者で、木目込みの技法を用いた衣裳人形を多数手掛ける。

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ま行(日本の美術家)

 ま行 

棟方志功・観聞頌

前田 青邨・洞窟の頼朝

丸山応挙・深山大沢図

棟方志功・観聞頌 前田青・洞窟の頼朝 源氏 丸山応挙・深山大沢図 水墨画

丸山応挙・トラ

棟方志功・弁財天妃の柵

村上華岳・裸婦

棟方志功・金渓頌・唐衣の柵

寅(1950年)丸山応挙 トラ 絵画 棟方志功・弁財天妃の柵 村上華岳・裸婦 棟方志功・金渓頌・唐衣の柵

■円山 応挙(まるやま おうきょ、享保18年5月1日(1733年6月12日)- 寛政7年7月17日(1795年8月31日))は、江戸時代中期の絵師。近現代の京都画壇にまでその系統が続く「円山派」の祖であり、写生を重視した親しみやすい画風が特色である。
■棟方 志功(むなかた しこう、1903年(明治36年)9月5日 - 1975年(昭和50年)9月13日)は日本人の板美術家。青森県出身。20世紀の美術を代表する世界的巨匠の一人。1942年以降、彼は版画を「板画」と称し、木版の特徴を生かした作品を一貫して作り続けた。

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や行(日本の美術家)

 や行 

安井曽太郎・金蓉

安田・飛鳥の春の額田王

与謝蕪村・鳶烏図

横山大観・無我

安井曽太郎・金蓉 安田・飛鳥の春の額田王 日本画 与謝蕪村・鳶烏図 水墨画 横山大観・無我 日本画

横山大観・夜桜

横山大観・霊峰飛鶴

横山大観・夜桜 横山大観・霊峰飛鶴 日本画

山口蓬春・とうじょうの花

山川秀峰・序の舞

安田靫彦・黎明富士

万鉄五郎・もたれて立つ人

山口蓬春・とうじょうの花 絵画 山川秀峰・序の舞 日本 絵画 安田靫彦・黎明富士 万鉄五郎・もたれて立つ人 油絵
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ら行(日本の美術家)

 ら行 

(参考)日本の美術団体

■日本美術院展(院展)1898年創立。財団法人。1910年(明治43年)、岡倉天心がボストン美術館中国・日本美術部長として渡米したことにより、同院は事実上の解散状態となる。1914年(大正3年)、文展(文部省美術展覧会)に不満を持つ大観や観山らは、前年に岡倉が歿したことを契機にその意志を引き継ぐ動きを見せ、日本美術院を再興する。院展は日本美術院の公募展(展覧会)の名称として現在も使われており、院展と日本美術院はほぼ同義に扱われることが多い。現在は日本画のみを対象としている。 日本美術院ホームページ
■文部省美術展覧会(文展)は、国家主導の大規模な公募展、すなわち官展として開始したのが「文部省展覧会」(文展)。最初期は「日本画」、「西洋画」、「彫刻」の3部門で、1926年から「美術工芸」が、1948年からは「書」が加わった。 日本最大の総合美術団体として、野にあって野にあらずといった性格を有し、全体の傾向としても依然穏健な作風が主流である。明治40年(1907年)に第一回展が開催されるものの、その審査員の選定が問題となり、火種はくすぶったままであった。そして大正3年に横山大観が審査員を外されたことを遠因として日本美術院が再興するが、大正8年(1919年)には「帝国美術院」の発足にともなって、「帝国美術院展覧会」(帝展)と改称する。  日展公式サイト

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わ行(日本の美術家)

わ行

渡辺始興・鶴画

渡辺省亭・花鳥十二ヶ月図・
雨中の柳に白鷺図(部分)

渡辺始興・薊(あざみ)
・「四季花鳥図屏風」

渡辺始興・鶴画 渡辺省亭・雨中の柳に白鷺図(部分) 渡辺始興・薊・「四季花鳥図屏風」 アザミ

■渡辺 始興(しこう)は、江戸中期の美術家。名は始興、通称は求馬。 もと近衛家煕の家臣で朝廷にも仕えた。 はじめ狩野派を学び、のち尾形光琳の門人となる。絵画などの古典の模写や花鳥の写生によって画技を充実させ、写実を基礎とした装飾風の作品を描く。 光琳派の祖述者として各地に光琳派を発展させ、円山応挙らに影響を与える。 代表作は京都大覚寺の障子腰貼絵『野兎図』・奈良興福院(コンブイン)の『障壁画』・『吉野山図屏風』など。

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その他美術関係の切手・写真(切手が主体)

■美術・工芸切手・写真の索引 [ トップ先史代中世|ルネサンス ( ア行〜タ行ナ行〜ワ行その他 )|バロックロココロマン派、新古典主義とアカデミック絵画写実主義印象派象徴主義、耽美主義近代絵画|日本(画家作品)|ポップ(モダン)|故宮博物館(絵画文物)|ルーヴル美術館メトロポリタン美術館プラハ美術館ウフィツィ美術館とアカデミア美術館バチカン美術館世界の美術工芸品仏教美術デザインキリスト教絵画の見方美術用語集(備忘録) ]

■巨匠の絵画切手 [ ボッティチェッリダ・ヴィンチラファエロミケランジェロデューラーティツィアーノルーベンスベラスケスアングルエル・グレコレンブラントカラヴァッジオフェルメールダイクドラクロワゴヤ|ゴッホ(no.1|no.2)|ルノワールマネとモネセザンヌゴーギャンマチスピカソダリ葛飾北斎安藤広重クリムトシャガールモディリアーニミュシャ ]

■わび・さび(侘・寂)は、日本の美意識の1つ。一般的に、質素で静かなものを指す。本来侘(わび)と寂(さび)は別の概念であるが、現代ではひとまとめにされて語られることが多い。

モザンビークで発行された江戸時代から昭和にかけての日本の美術 2011年 クリックで拡大します

モザンビークで発行された江戸時代から昭和にかけての日本の美術 モザンビークで発行された江戸時代から昭和にかけての日本の美術

左のシートは、歌川豊国(1769-1825)、歌川国貞(1786-1865)、歌川 国政(1773-1810)*市川鰕蔵(「暫」の碓井荒太郎貞光)ほか、鳥居清信(1664-1729)、狩野洞春(1747‐97。上村松園(1875-1949」*「蛍」ほか。
右のシートは。葛飾北斎(1760-1849)「東都浅草本願寺」(富嶽三十六景)ほか。シート地に歌川広重「神田紺屋町」(名所江戸百景)、棟方志功「弘仁の柵」ほか。

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