Kunioの世界の切手紹介と海外写真集

Kunioの世界の切手紹介と海外写真集
美術切手|バロックと17-18世紀の風俗画家:スルバラン、ムリーリョ、ミニャール、ラ・トゥール、ベルニーニ、ドメニキーノ、プッサン・・・や風俗画の画家など多数の有名画家

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西洋美術切手 バロックと17-18世紀の風俗画家、彫刻家の切手

 バロック時代:16世紀末から18世紀前半の絶対王政時代のヨーロッパの美術を一般に「バロック」と呼んでいる。バロックとはポルトガル語で「ゆがんだ真珠」を意味する「barocco」が語源であるが、この呼称がこの時代の美術に対して使用されるようになったのは、19世紀の後半ブルクハルトの著作「チチェローネ」(1855)においてである。 17世紀美術はルネッサンスの堕落と批判されつつも、ルネッサンスに匹敵する時代精神の様式的表現として確立されていった。 ジャンルにおいてはカトリック系の諸国では、王国貴族と教会がパトロンとなり、宗教、肖像、歴史が主なジャンルで、新教国では、風景、静物、風俗画が主なジャンルとなった。 収録画家は、カラヴァッジョ、ルーベンス、レンブラント、フェルメール、ベラスケス、グレコ、ダイク、スルバラン・・・や風俗画の画家など多数の有名画家が出ています。 
 スルバラン、ムリーリョ、ミニャール、ラ・トゥール、ベルニーニ、ドメニキーノ、プッサンなどの絵画切手。


バロックの画家[ バロック全体グレコルーベンスレンブラントベラスケスカラヴァッジオフェルメールダイク ]

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バロック絵画・彫像

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フランシスコ・デ・スルバラン
 Francisco de Zurbaran

フランシスコ・デ・スルバラン(1598年- 1664年)はスペイン・バロック芸術の大画家フランシスコ・デ・スルバランは17世紀前半に活躍したセビーリャ派の画家。生涯にわたり教会と修道院のために宗教画を制作した。激しい明暗対比と写実描写の作品が多い。スルバラン最大の魅力である静謐な表現は受け入れられず、同地で成功を収めるには至らなかった。その後、セビーリャへと帰郷するが画業としては1639年頃、同地で手がけたグアダルーペ大聖堂のための連作がその頂点を示している。



■聖カシルダ(ポルトガルの聖イザベル)は、おそらくはスペイン皇帝カルロス4世が1796年のセビーリャ滞在時に購入したと考えられている本作の聖人像≪聖カシルダ≫は、9世紀前半頃にブルゴスに生まれたムーア人の王女で父である王の意に反してキリスト教へ改宗後、キリスト教徒であった囚人を世話し、1087年に殉教した聖女である。プラド美術館蔵(マドリッド)

  

『無原罪の御宿り』
(ウガンダ) スルバラン

『聖マリガリタ』(ベトナム)
スルバラン

『聖マリガリタ』(ロシア)(エルミタージュ美術館の収蔵品)

スルバラン バロック 絵画 切手 無原罪の御宿り スルバラン バロック 絵画 『聖マリガリタ』 スルバラン バロック 絵画 『聖マリガリタ』

『The Young Virgin(若い聖母)』 スルバラン 、メトロポリタン美術館

『聖カシルダ(ポルトガルの聖イザベル)』(プラド美術館)

『The Young Virgin(若い聖母)』 スルバラン

『The Young Virgin(若い聖母)』 スルバラン  Zurbaran スルバラン バロック 絵画 切手 聖カシルダ 『The Young Virgin(若い聖母)』 スルバラン

『The Young Virgin(若い聖母)』
 スルバラン

『無原罪の御宿り』 スルバラン

スルバラン スルバラン

『聖カシルダ(ポルトガルの聖イザベル)』(ラオス)スルバラン

スルバラン 『聖カシルダ(ポルトガルの聖イザベル)』ほか (スペイン)

スルバラン バロック 絵画 切手 聖カシルダ

『聖母子』スルバラン

スルバラン 『The Young Virgin(若い聖母)』、『無原罪の御宿り』ほか (スペイン)

『聖母子』スルバラン

『聖グレゴリウス(San Gregory)』
スルバラン

スルバラン

『聖アポロニア』ルーヴル美術館 スルバラン

スルバラン

スルバラン 『聖グレゴリウス』 スルバラン スルバラン スルバラン

バルトロメ・エステバン・ムリーリョ Bartolome Esteban Murillo

バルトロメ・エステバン・ムリーリョ(1617-1682)はスペインの画家。生涯のほとんどをセヴィーリャで過ごした。フランドル絵画やヴェネツィア派、ベラスケス等の影響を受けている。魅惑的な聖母などを感傷的に描いた宗教画が知られるほか、貧しい少年や物乞いの姿を自然主義的に描いた秀作がある。風俗画的な表現を用いた愛らしい幼児の姿を描いたセビーリャ派の巨匠ムリーリョ。



ムリーリョ

『受胎告知』ムリーリョ

『犬を持つ少年』(ソ連)

『無原罪の御宿り』 ムリーリョ

バロック ムリロ 絵画切手 ムリーリョ バロック ムリロ 絵画切手 『受胎告知』 『犬を持つ少年』(ソ連) バロック ムリロ 絵画切手 ムリーリョ

■バルトロメ・エステバン・ムリーリョは、1618年、スペイン南部のセビリャに生まれる。14人兄弟の末子で、幼い頃に両親を亡くし、姉夫婦のもとで育てられたというが、その名声に比して伝記の細かい部分には不明点が多い。一時期マドリードに移住したという説とこれを否定する説とがあり、マドリードに移住したとされる時期についても諸説があるが、いずれにしても生涯の大部分をセビーリャ周辺で過ごしている。

『ロザリオの聖母(Virgen del Rosario)』(イギリス)

『果物を食べる子供』
(ニウエ) ムリーリョ

『羊飼いの礼拝(Adoracion de los pastores)』(プラド美術館、チャド)

『イエス・キリストの降誕(誕生)』(ヴァチカン、1996年)

バロック ムリロ 絵画切手 ムリーリョ ロザリオの聖母(イギリス) 『果物を食べる子供』(ニウエ) ムリーリョ 『羊飼いの祈り』(チャド) ムリーリョ 『イエス・キリストの降誕(誕生)』(ヴァチカン、1996年) バロック ムリーリョ

『善き牧者としての幼児キリスト』、『リベカとエリエゼル』、『ロザリオの聖母(Virgen del Rosario)』、『無原罪の御宿り』、『貝殻を持つ幼児たち』 (スペイン)・・・ムリーリョの代表的な作品集

バロック ムリロ 絵画切手 ムリーリョ 善き牧者としての幼児キリスト、無原罪の御宿り、貝殻を持つ幼児たち 他(スペイン)

■ロザリオの聖母 (Virgen del Rosario、プラド美術館(マドリッド)):代表的なムリーリョの聖母子画作品のひとつ『ロザリオの聖母』。本作の主題は、ドメニコ修道会の創始者聖ドミニクスが祈祷中に聖母マリアが現れロザリオを与えたとの伝承より、ドメニコ修道会の象徴する代表的な聖母子像とされ、ムリーリョが最も好み描いた主題でもある≪ロザリオの聖母≫を描いたもので、暗中に射される光と影の厳しい明暗対比によって表現された実直な表情を浮かべる聖母マリアと、その聖母の腕に抱かれる幼いイエスの神々しさすら感じられる高貴な表現は、ムリーリョの柔らかく繊細な描写による人物の内面を深く描く独自の様式を存分に示している。

『ムリーリョの自画像』、『小鳥のいる聖家族 (Sagrada Familia del pajarito)』、『Boys Playing Dice, circa 』他

バロック ムリロ 絵画切手 ムリーリョ スペイン 『小鳥のいる聖家族 (Sagrada Familia del pajarito)』、『Boys Playing Dice, circa 』

『2つの聖三位一体(Trinity)』
ムリーリョ (NZ、1965年)

『聖母子、ロザリオの聖母(Virgen del Rosario)』(NZ,1972年)

『果物を持つ少女』
(ソ連、1971年)

『善き牧者としての幼児キリスト』(パラグアイ、1976年)

バロック ムリロ 絵画切手 ムリーリョ 『2つの三位一体(Trinity)』(NZ、1965年) バロック ムリロ 絵画切手 ムリーリョ 『聖母子』(NZ,1972年) バロック ムリロ 絵画切手 ムリーリョ 『果物を持つ少女』(ソ連、1971年) バルトロメ・エステバン・ムリーリョ バロックのスペイン画家 羊飼い 絵画

『無原罪の御宿り』
(ガーナ、1981年)ムリーリョ

『ロザリオの聖母』(ガボン)
ムリーリョ

『悪魔を奈落に突き落とす
大天使ミカエル』

『聖母子』(ガーナ、1973年)
ムリーリョ

『無原罪の御宿り』 ムリーリョ バロック ムリーリョ バロック

■『悪魔を奈落に突き落とす大天使ミカエル』(実物、画像は、撮影禁止で国立新美術館サイトより、クリックで拡大)バルトロメ・エステバン・ムリーリョ、1666年頃 油彩、カンヴァス ウィーン美術史美術館蔵  ハプスブルグ家

ヘラルト・テルボルフ(Gerard Terborch/Gerard Ter Borch)

万国郵便連合100年(アメリカ、
1974年)テルボルフの絵画

ヘラルト・テルボルフ[Gerard Terborch/Gerard Ter Borch、1617〜1681]オランダの画家。肖像画や風俗画にすぐれ、特にしっとりと輝く絹などの光沢を強調する表現は有名。代表作「ミュンステルの講和」。フェルメールと親交があった画家。テル・ボルフの「手紙を書く女」はその名の通り、熱心に手紙を今まさに書いているところですが
フェルメールのこの絵はそうではなく、一度筆を止め、こちらをしっかり見据えている場面です。

『Woman Writing a Letter 』
テルボルフの絵画

『青衣の女』 "Woman in Blue Reading a Letter"フェルメール

万国郵便連合100年(アメリカ、1974年)テルボルフの絵画

サッソフェッラート Sassoferrato

バロッチ(Federico Fiori Barocci)

『祈りの聖母』
(NZ、1962年)

ジョヴァンニバッティスタサルビダSassoferrato (ジョヴァンニバッティスタサルビとして知られている; 1609年 8月25日-1 685年8 月8日 )は、イタリアのバ ロック画家。殆どの作業は生まれた町Sassoferratoで行われた。

『キリストの誕生』(
NZ、1969年)

バロッチ、本名フェデリコ・フィオーリ 『受胎告知』 1582-4  拡大

ジョヴァンニバッティスタサルビダSassoferrato 『祈りの聖母』(NZ、1962年) バロックの画家  バロッチ(Federico Fiori Barocci) バロック 絵画 『キリストの誕生』(NZ、1969年)

右はバチカン絵画館

バロッチ、本名フェデリコ・フィオーリ 『受胎告知』 1582-4

■バロッチ Federico Fiori Barocci(1528-1612)はイタリアのバロック時代の画家です。切手は1597年製作の 、油彩キャンバス、プラド美術館(マドリッド)です。 写真の『受胎告知』は、バチカン絵画館に収蔵されています。

グイド・レーニ(Guido Reni)

グイド・レーニ  拡大
『アモルに引き留められる運命(フォルトゥーナ・ガヴォッティ)』 1623

グイド・レーニ  拡大 
『聖マタイ天使』
バチカン絵画館

■グイド・レーニ(Guido Reni、1575年11月4日−1642年8月18日)は17世紀前半、バロック期に活動したイタリアの画家。アンニーバレ・カラッチらによって創始されたボローニャ派に属する画家で、ラファエロ風の古典主義的な画風を特色とする。レーニは1575年、イタリア北部のボローニャに生まれた。修業期にはフランドル出身の画家デニス・カルファート(1540年頃−1619年)に師事した。ローマのクイリナーレの丘に建つパラヴィチーニ=ロスピリオージ宮殿の天井画『アウローラ』(1612−1614年)はレーニの代表作。レーニの作風には、バロック期の巨匠カラヴァッジョの劇的な構図や明暗の激しい対比が見られるとともに、ルネサンス期の巨匠ラファエロ風の古典主義様式が見られる。

グイド・レーニ 『アモルに引き留められる運命(フォルトゥーナ・ガヴォッティ)』 1623 グイド・レーニ 『聖マタイ天使』

グエルチーノ(Il Guercino)ことジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリ

ヤーコブ・ヨルダーンス(Jacob Jordaens 1593-1678 | フランドル | バロック )17世紀に活躍したフランドルの代表的な画家。

聖マリナス、帰って来た息子、聖フランシス』(サンマリノ、1971年)

『酒を飲む王様(豆の王)(The King Drinking (The Bean King))』 1640年頃 156×210cm | 油彩・画布 | アントワープ王立美術館

グエルチーノ 聖マリナス、帰って来た息子、聖フランシス(サンマリノ、1971年) 

グエルチーノ(Il Guercino)ことジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリ(Giovanni Francesco Barbieri, 1591年2月8日 - 1666年12月9日)は、バロック期のイタリアの画家。エミリアの出身で、ローマ、ボローニャで活動した。グエルチーノという言葉は「やぶにらみ」という意味で、彼が斜視だったことからつけられたあだ名である。グエルチーノは、とくにその超一流のスケッチで注目に値する。『聖マリナス』

グエルチーノ 聖マリナス

■17世紀フランドルの画家ヤーコブ・ヨルダーンスが数多く描いた風俗画作品の代表的作例のひとつ『酒を飲む王様』。本作に描かれるのは、神の子イエス降誕の祝祭にまつわる風俗行事のひとつ≪豆の宴≫で、ヨルダーンス独特の鋭い観察眼による人々の生活観豊かな描写は最も特筆すべき特徴のひとつである。本場面≪豆の宴≫行事の主役のひとりである画面中央の王冠を被る(王役の)老人はヨルダーンスの師である同地の画家アダム・ファン・ノールト(ヨルダーンスはアダム・ファン・ノールトの娘と結婚した)の姿とされ、この愉快で滑稽な場面の中で極めて大きな存在感を示している。クリックで拡大

ミニャール
 Pierre Mignard 

ピエール・ミニャール(Pierre Mignard、1612-1695)の聖母子像は、優美で甘美。そして、そういった聖母像は「ミニャルド(ミニャール風)と呼ばれた。愛らしく優雅な人を形容する言葉として今日でも用いられている。宮廷画家として多くの歴史画・宗教画を描き、特に肖像画にすぐれた。フランスの画家。トロア生れ。ブーシェやブーエに学んだのちローマでカラッチやプッサンを研究,1658年にルイ14世の肖像を描いて認められた。


『ギリシャ神話のクレイオ』 
ミニャール

クリオネ(和名ハダカカメガイ、貝殻は成長すると失いますが巻貝の仲間です。)は、ギリシャ神話のクレイオの事で、最高神ゼウスと記憶の女神ムネシュネ(正妻ではない)の間に生まれた9人のミューズ(女神)の一人です。 ミューズ(ムーサとも呼ばれる)達は、人間の過ごすこの世を飾り、様々な芸術を司どる女神とされクレイオの分野は歴史で持ち物は巻物です。 クレイオは、神の身では人間に恋をする事は許されないのに、アプロディテ(ヴィーナス)が人間のアドニスに恋したと嘲笑した呪いから人間であるマケドニアのペラ王に恋をするようになり、その間に生まれたのがヒュアンキトス(太陽神アポロンの同性愛相手の美少年)です。

『ギリシャ神話のクレイオ』 ミニャール バロック

ピエール・ミニャールは、当時のフランス絵画界における大論争「プッサン派」対「ルーベンス派」ではル・ブランと対峙するかのようにルーベンス派の代表格として活躍する。肖像画や宗教画が良く知られているが、歴史画や神話画、寓意画、装飾画などでも質の高い作品を残している。腕を競ったル・ブランの死後,宮廷の首席画家,アカデミーの会長等要職を占めた。

ミニャールの絵画「四季」のうち夏と冬(フランス、1969年)

ミニャールの絵画「四季」のうち春と秋(フランス、1969年)

ニコラスの絵画「四季」のうち夏と冬(フランス、1969年) バロック

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール Georges de La Tour

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(Georges de La Tour、1593-1652)は20世紀になって再評価されたフランス古典主義の巨匠。無骨なほどの写実的表現と、非常に厳しい明暗対比による光と影によって、静謐で精神性の高い独特の様式や世界観を確立。夜の場面を描いた作品が現存する全真作の大半を占め、その作品的特長から≪夜の画家≫とも呼称される。

『羊飼い達の礼拝』(カメルーン,1977年)ルーヴル美術館 
『生誕(新生児、又はキリストの降誕)』(フランス、ラ・トゥール)レンヌ美術館のFDC

『羊飼い達の礼拝』(カメルーン,1977年) ジョルジュ・ド・ラ・トゥール Georges de La Tour バロック 絵画

夜の場面を描いた作品が現存する全真作の大半を占め、その作品的特長から≪夜の画家≫とも呼称されるも、現在では『女占い師』など昼の場面を描いたと考えられる作品も確認されている。

『羊飼い達の礼拝』
ラ・トゥール (チャド,1975年)

『誕生』(フランス、ラ・トゥール)
レンヌ美術館

『大工の聖ヨセフ』 ジョルジュ・ド・ラ・トゥール
(1642年または1645年) ルーヴル美術館

『誕生』(フランス) ラ・トゥール バロック 大工の聖ヨセフ

ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの代表的作品

『聖トマス』 (フランス、1993年、ラ・トゥール)

『聖トマス』(フランス、1993年、ラ・トゥール)

好きな絵です。昔のフランスはこんな風に賭博やイカサマしてたのかと思います。
何だか表情を見てると言葉が伝わってきそうですね。 
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール|『いかさま師 (ダイヤのAを持った)』 1635-1638年頃  | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

■『聖トマス(槍を持った聖人)』は、「ディディモ(双子を意味する)」とも呼ばれた主イエス十二使徒の中のひとりで、復活した主イエスの姿を自身の目で見るまで信じないと主の復活に懐疑心を抱いた逸話「不信のトマス」でも知られる≪聖トマス≫である。主の昇天後の聖トマスの生涯については、インドへと渡り同地で福音を伝えたとの記録(言行録)が残されるも、その信憑性などを巡って古くから議論が続けられている。 ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの代表的な単身聖人像作品のひとつ。
■『大工の聖ヨセフ』は、新約聖書に記される聖母マリアと結婚した神の子イエスの義父≪大工の聖ヨセフ≫を主題に描かれた作品で、対抗宗教改革時にフランシスコ会を中心におこった聖ヨセフ信仰によって大変尊重された主題のひとつとして、当時は広く流布していた。画面全体を包み込む蝋燭の光によって本場面を観る者に、より静謐で神秘的な印象を与える本作では、聖ヨセフは後の受難者イエスが背負いゴルゴダの丘を歩むことになる十字架の象徴とされる厚い角材に、両手持ちの錐(キリ)を用い穴を開ける大工作業をおこないながらも、その視線はイエスの方を向いている。その傍らでは幼子イエスが蝋燭を手に、義父聖ヨセフの仕事を晧々と照らしており、互いの深い精神的な繋がりが表現されている。

『女占い師』 ジョルジュ・ド・ラ・トゥール 1632-35年頃 (メトロポリタン美術館) / 
『悔い改めるマグダラのマリア』(1635年頃) Georges de La Tour , Mary Magdalene repent メトロポリタン美術館

女占い師 ラトゥール 1632-35年頃 ジョルジュ・ド・ラ・トゥール『悔い改めるマグダラのマリア』(1635年頃)

リベーラ  Josepe de Ribera ( 1591-1652)

ドメニコ・ピオラ(Domenico Piola、1627-1703)

リベーラは17世紀、ナポリ派絵画の始祖。若くしてイタリアへ渡り、1611−15年、カラヴァッジョの絵画が風靡していたローマの空気に親しむ。16年、当時スペインの副王領であったナポリに居を構え、同市で結婚。スペイン副王の庇護を得ることによって、ナポリで最も主導的な画家となる。

『聖カタリナと聖家族』
リベーラ

ドメニコ・ピオラ 『東方の三博士の礼拝』(イタリア、2009年)

リベーラ  Josepe de Ribera ( 1591-1652)  『聖カテリーナと聖家族』 バロック 絵画 


■ドメニコ・ピオラ(Domenico Piola、1627-1703)イタリア・ジェノバのバロック時代の画家。切手はクリスマス用。

母国スペインに送られた作品を通じて、17世紀前半のスペイン美術界に多大な影響を与えた。スペインの透徹したリアリズム精神を、イタリアならではの解剖学に基づく正確で雄弁な人体表現と、極端なバロック構図に結びつけた。『エビ足の少年』(ルーブル美術館)等で有名。

Pieter Cornelisz. van Slingelandt

ジョバンニ・バッティスタ・ランゲッティ (:Giovan Battista Langetti)

『レース編みの女』

『夢を語るヨセフ』(ハンガリー、1970年)

Pieter Cornelisz. van Slingelandt バロック 絵画 『レース編みの女』 ルクセンブルグ

Pieter Cornelisz. van Slingelandt [オランダ Baroque Era Painter, 1640-1691]

ヴェネツィア派のジョバンニ・バッティスタ・ランゲッティ (en:Giovan Battista Langetti) バロック

ヴェネツィア派のジョバンニ・バッティスタ・ランゲッティ (Giovan Battista Langetti、1625-1676 )はイタリア後期バロックのカラバッジョ・スタイルの画家。

Giovanni Battista Langetti (1625-1676), He first trained with Assereto, then Pietro da Cortona, but afterwards studied under Giovanni Francesco Cassana, appeared in Venice by 1650s were he worked in a striking Caravaggesque style. He is thought to have influenced Johann Karl Loth and Antonio Zanchi. He painted many historical busts for private patrons in the Venetian territory and in Lombardy. He died at Venice in 1676.

ル・ナン三兄弟 Le Nain(Antoine, Louis, Mathieu)

ル・ナン ルーヴル美術館

ル・ナン三兄弟 Le Nain(Antoine, Louis, Mathieu)17世紀に活躍したフランス古典主義の画家の三兄弟。柔らかでありながらやや明暗の強い光の表現による穏健で清貧な風俗的絵画、特に農民画と呼称されるジャンルの絵画で現在は17世紀フランスを代表する画家(民衆画家)として位置付けられている。ある種、宗教画に近い深い精神性と厳格性、穏やかで静謐な雰囲気に満ちているのが大きな特徴。

『干し草刈りからの帰り(荷馬車、手押し車)(Charrette)』
1641年 ルーヴル美術館

「ルーブル美術館200年記念」でガンビアから1993年に
発行のル・ナンの絵画

ル・ナン
干し草刈りからの帰り(荷馬車、手押し車)(Charrette) 1641年 ルーヴル美術館 ル・ナン

『乳絞りの家族』(ソ連)

『乳絞りの家族』

ルナン三兄弟は、 17 世紀フランスの画家。アントワーヌルナン(1599 - 1648 )は 、 ルイルナン (1593 - 1648 ) 、 マシュールナン (1607-1677) 。

フランチェスコ・マンチーニ(Francesco Mancini)

フランチェスコ・マンチーニ 『聖家族のエジプト逃避途上の休息』
バチカン絵画館 
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フランチェスコ・マンチーニ 『聖家族のエジプト逃避途上の休息』

The late Baroque composer Francesco Mancini, although somewhat obscure now, was second only to Alessandro Scarlatti in his day. His music represents a transitional period between the Baroque and Classical eras. Mancini was mainly an opera composer who served the insatiable Neapolitan market, writing as many as 30 works for the stage, plus numerous oratorios, and a body sacred vocal music that was granted wide distribution throughout Europe. He also composed a number of flute sonatas that are still considered important in the late-Baroque repertoire of that instrument.

ヘラルト・ファン・ホントホルスト(Gerard van Honthorst)

ヤン・ダヴィス・デ・ヘーム
(Jan Davidsz De Heem)

『聖なる子供達の礼拝』(NZ、1968年)

■Jan Davidsz. de Heem or in-full Jan Davidszoon de Heem, also called Johannes de Heem or Johannes van Antwerpen (ca. April 17, 1606, Utrecht - before April 26, 1684, Antwerp), was a still life painter who was active in Utrecht and Antwerp. He is a major representative of that genre in both Dutch and Flemish Baroque painting.

ヘラルト・ファン・ホントホルスト バロック 絵画 『聖なる子供達の礼拝』

ヘラルト・ファン・ホントホルスト(Gerard van Honthorst, 1592年11月4日 - 1656年4月27日)は、オランダの画家。ヘリット・ファン・ホントホルスト(Gerrit van Honthorst)、イタリア語ではゲラールド・デッラ・ノッテ(Gherardo della Notte)と呼ばれたことが知られる。ユトレヒトで生まれた。16世紀初頭にアブラハム・ブロマールトの元で絵を学んだ。

『ソブスターの有る堅実生活』
ヤン・ダヴィス・デ・ヘーム ルネサンス 絵画 『ソブスターの有る堅実生活』

カルロ・マラッタ(マラッティ、CARLO MARATTA)

マラッティ 『聖母子』(NZ,1966年)

カルロ・マラッタ 『自画像』 1944

『聖母子』カルロ・マラッティ
(Carlo Maratta) バチカン

カルロ・マラッタ(CARLO MARATTA) バロック 聖母子 ニュージーランド

カルロ・マラッタ CARLO MARATTA (1625-1713)は17世紀後半で最も著名な画家であり版画家である。1680年代以降、マラッタの後期バロック風の古典主義作品はローマを支配し、同時代の全て作品を凌駕したほどである。マラッタの影響は極めて強大で、美術の独裁者とも言うべき存在となった。マラッタの古典主義芸術は、18世紀の巨匠たちにも絶大な影響を与えたものである。

カルロ・マラッタ 『自画像』 『聖母子』カルロ・マラッタ (Carlo Maratta)

Carlo Maratta or Maratti (13 May 1625 - 15 December 1713) was an Italian painter, active mostly in Rome, and known principally for his classicizing paintings executed in a Late Baroque Classical manner. Although he is part of the classical tradition stemming from Raphael, he was not exempt from the influence of Baroque painting and particularly in his use of colour. His contemporary and friend, Giovanni Bellori, wrote an early biography on Maratta.

フランス・ハルス(Frans Hals、1582-1666)

カレル・ファブリティウス(Carel Fabritius. 1622-1654)

ハルス 『自画像』(ソ連、1971年)

フランス・ハルス(Frans Hals、1582-1666)は、17世紀のオランダ絵画黄金期に活躍した大画家。イタリア・バロックの巨匠カラヴァッジョの追随者であるユトレヒト・カラヴァッジョ派からの影響を受け明瞭な色彩と軽やかなタッチによる人物の表情を自然的描写で捉える独自の画風を確立し、同地を代表する肖像画家となった。また一部の初期作品にはフランドル絵画の巨匠ピーテル・パウル・ルーベンスの影響も指摘されている。円熟期に差し掛かるとアッラ・プリマと呼ばれる直描き技法を用いた自由闊達な筆づかいへと昇華させていった。

『羊飼いの祈り』

カレル・ファブリティウス(Carel Fabritius、ミデンベームステルで1622年2月27日に洗礼、1654年10月12日にデルフトで没)は17世紀前半のオランダの画家で、レンブラント・ファン・レインのもっとも才能ある弟子のひとり。レンブラントの弟子たちの中で、レンブラントから離れた独自の様式を築くことができたのはファブリティウスだけであった。ピーテル・デ・ホーホやヨハネス・フェルメールらの作品にも見られ、ファブリティウスが強い影響を彼らに与えたとも考えられる。

バロック 絵画 フランス・ハルス(Frans Hals、1582-1666) 『自画像』(ソ連、1971年) Carel Fabritius. (1622-1654)
(ケイマン,1968年)

エリザベッタ・シラーニ(Elisabetta Sirani Italian , 1638-1665 )


『Virgin and Child』,National Museum of Women in the Arts

■Elisabetta Sirani、彼女は、16世紀から17世紀にかけて、ローマ、フィレンツェ、ボローニャの画家たちが夢中になった古代ギリシャ・ローマの思想を深く理解していた。絵画の主題は寓意画、宗教画など多岐にわたる。 父親の工房で絵画を学んだが、父親は彼女が画家になることには賛成ではなかったといわれている。 彼女は17歳で独立して、自身の工房を営んだ。27歳で謎の死をとげるまでに170の絵画、14のエッチング、膨大な数の素描を残している

■Virgin and Child は赤ん坊が母親の頭にバラの花輪の冠を、いたずらっ子のような表情で、かぶせようとしている。甘い、女性らしい絵画である。1994年に、アメリカで、クリスマスカード用の切手となった。女流画家の絵が切手になったのはこれが初めてである。

ニコラス・フーシェ (Nicolas Fouche フランス、 1653-1733 )

グレゴリオ・ラッザリーニ (Gregorio Lazzarini、1655-1730)

『ポモナ(Pomona)』 1700 ,ブダペスト美術館

『母と3人の子供』(ハンガリー、1970年) イタリアの画家

ニコラスフーシェ (Nicolas Fouche)  『ポモナ(Pomona)』,ブダペスト美術館

Nicolas Fouche (1653, Troyes - 1733, Paris) was a French painter. The son of the painter Leonard Fouche, he was received into the Academie de Saint-Luc on 15 March 1679. The abbe de Monville, biographer of Pierre Mignard, called him a student of Fouche. Cardinal Melchior de Polignac owned a series of paintings of the eight liberal arts by Fouche, inventorised by his heir, in 1738.

グレゴリオラッザリーニ (Gregorio Lazzarini バロック イタリア 画家 

ホセ・アントリーネス (Jose Antolinez、1639- 1676)

『聖母の戴冠式』(パラグアイ、1976年) スペインの画家

聖母の戴冠式 バロック

ガブリエル・メツ  Gabriel Metsu

ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ(Gian Lorenzo Bernini)

『聖母子』(ガーナ、1982年)

ベルニーニ

ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ(Gian Lorenzo Bernini,1598年12月7日-1680年11月28日)は、バロックの時期を代表するイタリアの彫刻家、建築家、画家。「ベルニーニはローマのために生まれ、ローマはベルニーニのためにつくられた」と賞賛されたバロック芸術の巨匠である。古代遺跡が残る古き都ローマは彼の手によって、壮大なスケール、絢爛豪華な装飾にあふれる美の都に変貌していった。人々は彼の作品を「芸術の奇跡」と絶賛した。

Gabriel Metsu Dutch Baroque Era Painter, 1629-1667 バブリエル・メツ バロック 絵画

ガブリエル・メツ  Gabriel Metsu (January 1629 - buried 24 October 1667) was a Dutch painter of history paintings, genre works and portraits.

ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ バロックの彫像

■ベルニーニに関連のイタリア写真 [ トップミラノヴェローナヴェネツィアフィレンツェドゥオーモヴェッキオ橋ウフィツィ美術館とアカデミア美術館 )|ローマコロッセウムフォロ・ロマーノ )|バチカン市国バチカン博物館ラファエロの間システィーナ礼拝堂 ) ]

ドメニキーノ(il Domenichino)、ドメニコ・ザンピエーリ(Domenico Zampieri)

ドメニキーノ(il Domenichino)ことドメニコ・ザンピエーリ(Domenico Zampieri, 1581年10月21日 - 1641年4月15日)は盛期バロックのイタリアの画家。ローマのファルネーゼ宮(Palazzo Farnese)にあるアンニーバレ・カラッチの連作フレスコ画『神々の愛』の中の『処女と一角獣』(1602年頃)を描いたのはドメニキーノであろうと言われている。ドメニキーノはバロックの画家に属しながらも、抑制のきいたクラシカルな画風が特徴で、ニコラ・プッサン (Nicolas Poussin, 1594 - 1665) やクロ−ド・ロラン (Claude Lorrain, c. 1600 - 1682) に大きな影響を及ぼしました。

『クマエの巫女 (Sibilla cumana)』(女預言者) 1611年 ドメニキーノ カピトリーノ美術館(ローマ)

『クマエの巫女 (Sibilla cumana)』(女預言者) 1611年 ドメニキーノ カピトリーノ美術館(ローマ) 『クマエの巫女 (Sibilla cumana)』(女預言者) 1611年 ドメニキーノ カピトリーノ美術館(ローマ)

■『クマエの巫女』に描かれるのは、旧約聖書における伝説的な十二人のシュピラ(女預言者、巫女)のひとりで、欧州のクマエ地方に住むとされる≪クマエの巫女≫であるが、理想化された古典主義的な巫女の表現にルネサンス三大巨匠のひとりラファエロが手がけた女性像の影響を強く感じさせる。若き巫女(通常は18歳とされる)であるクマエを示す金色の長衣と書物は鮮明な光に包まれ輝きを帯びている。また頭部の異国的なターバンや衣服の丁寧な描写や明瞭で豊かな色彩はドメニキーノの大きな特徴であるほか、甘美性を携える儚げで不可思議な瞳の表情は観る者を魅了する。 可愛い巫女さんです。
なおボルゲーゼ美術館やウォーレス・コレクション(ロンドン)にも同様の作品が所蔵されている。 クマエの巫女(深皿、貝殻の形の皿が持ち物)

 ドメニキーノ 『The Assumption of Mary Magdalene into Heaven (1620)]』 マグダラのマリア

 ドメニキーノ 
『アダムとイヴ』

 ドメニキーノ 
『イサクの犠牲』
1627

ドメニキーノ 『The Assumption of Mary Magdalene into Heaven (1620)]』 マグダラのマリア ドメニキーノ 『アダムとイヴ』 ドメニキーノ 『イサクの犠牲』

"Adam and Eve" is exhibited at Musee des Beaux-Arts, Grenoble, together with other important works of art of the Baroque Art period.

『聖カエキリア(聖セシリア(Cecilia, 生没年不詳))と譜面を持つ天使』
1514年 ドメニキーノ ルーヴル美術館  MC

■『聖カエキリア(セシリア)と譜面を持つ天使』は、おそらくルドヴィーコ・ルドヴィージ枢機卿のために制作されたと思われるこの《聖カエキリア》は、165−1660年頃フランスにもたらされた。その構図はラファエッロによる同じ主題を描いた作品(ボローニャ、国立絵画館所蔵)から想を得ている。
聖カエキリアが、翼をもった天使の頭部で飾られた糸巻き部のある七弦の低音ヴィオルを支えている。彼女の横では、天使が楽譜を持って立っている。観る者は譜面の中に聖女の栄光を讃えた賛歌とヴィオルのための伴奏を読み取ることが出来る。聖女は楽器の伴奏に合わせて歌っているものの、楽譜は見ていない。彼女は神聖な音楽に霊感を受けているかのように、眼を天に向けている。 音楽の守護聖人である聖カエキリアの遺骸は奇跡的に保存されており、1599年にローマで発見された。ドメニキーノはこの絵画を彼がボローニャに戻った直後の1617年頃に描いている。画家がボローニャで感嘆の念を持って眺めたに違いないラファエッロの《聖カエキリア》(1514年)は、この作品におけるローマ風古典主義の原型となったのである。

『聖カエキリア(聖セシリア(Cecilia, 生没年不詳))と譜面を持つ天使聖カエキリアと譜面を持つ天使』1514年 ドメニキーノ ルーヴル美術館 『聖カエキリア(セシリア)と譜面を持つ天使聖カエキリアと譜面を持つ天使』1514年 ドメニキーノ ルーヴル美術館

フランシスコ・リバルタ (Francisco Ribalta)

シモーネ カンタリーニ(Simone Cantarini)

リバルタ画・『東方の三博士の礼拝』(スペイン、2005年)

■フランシスコ・リバルタ (Francisco Ribalta 、1565-1628 | スペイン | バロック・カラヴァジスム)主にバレンシア県で活躍したスペインにおけるカラヴァジスムの始祖的存在の画家。カラヴァッジョ派の流れを組む明暗法(キアロスクーロ)を用い、精神性の深い自然主義的な作品を数多く手がけた。最初は、マニエリスムの画家や、ナバレーテ・エル・ムード(唖のナバレーテ)らから影響を受け末期マニエリスム様式が色濃く示されている。後年画家の大きな特徴である精神性を携えた深い明暗法を用いる自然主義的な表現が示されるようになった。

『聖母子』・カンタリーニ
(マルタ,2009)

リバルタ画・『東方の三博士の礼拝』(スペイン、2005年) 『聖母子』・カンタリーニ(マルタ,2009)

■シモーネ カンタリーニ
Simone Cantarini (12 April 1612 - 1648), also known as Simone da Pesaro, was an Italian painter and etcher of the Bolognese School of painting. Cantarini was born in Oropezza near Pesaro, then part of the Papal States.

ニコラ・プッサン
 (Nicolas Poussin)

ニコラ・プッサン(Nicolas Poussin, 1594年6月15日 - 1665年11月19日)は、バロック時代のフランスの画家。「プサン」「プーサン」とも表記する。フランス古典主義の代表的画家。プッサンは、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画論を研究し、主題の登場人物の情念を表すための研究をした。蝋で小さな人形を作り、いろいろなポーズの研究をした。自分の激しい気性を抑え、内面世界を追求していった。プッサンの作品が知的なのは、こういった厳しさの表れである。


ニコラ・プッサン
『聖母子』(ブルンジ)

ニコラ・プッサン
『羊飼いの礼拝』(NZ、1967年)

ニコラ・プッサン 『自画像』、『 ミダス王とバッカス 』

『聖母子』(ブルンジ) プッサン フランス古典主義 ロココ 絵画 プッサン フランス古典主義 ロココ 絵画 ニュージーランド 『羊飼いの礼拝』(NZ、1967年)  ミダス王とバッカス

ニコラ・プッサン 『アンドトの疫病』

『Tancred and Arminia』
(ソ連,1971年)

プッサンの活躍した17世紀はバロックの全盛期であるが、彼の作品においてはバロック的な激しい感情や劇的な明暗の表現は抑制されており、代表作『アルカディアの牧人たち』にみられるような、古典主義的で深い思想的背景をもった歴史画や宗教画が多い。

『川から救われるモーセ』 ニコラ・プッサン(バロック) 拡大

『Tancred and Arminia』(ソ連,1971年) プッサン フランス古典主義 ロココ 絵画 『川から救われるモーセ』 ニコラ・プッサン(バロック)

セバスティアン・ブルドン (Sebastien Bourdon )

フランスのバロック画家

『川から救われるモーセ』 セバスティアン・ブルドン(バロック) 拡大

『川から救われるモーセ』 セバスティアン・ブルドン(バロック)

セバスティアン・ブルドン(Sebastien BOURDON ) 1616 - 1671 フランス(モンペリエ出身) バロック
宗教的な作品が多い。1643年に彼はノートルダム寺院の聖ペテロの殉教を描くよう依頼された。1652年、スウェーデンのクリスティーナ女王の宮廷画家になった。

ヘンドリック・ファン・バーレン(Hendrick van Balen )

オランダのバロック画家

■Hendrik van Balen (Antwerp 1575 - Antwerp 1632) was a Flemish Baroque painter. Van Balen was a pupil of Adam van Noort and studied art while traveling in Italy. He was the teacher of his son Johannes (Jan van Balen), Anthony Van Dyck and Frans Snyders and was also a contemporary of many of the other famous Flemish artists, such as the Brueghels, Jan and Peter. In 1592 he became a master in the Antwerp Guild of Saint Luke(アントワープ聖ルカ画家組合).
ヴァン・ダイクの最初の師であるヘンドリック・ファン・バーレン(切手左下が自画像)

クロード・ロラン (Claude Lorrain)

■クロード・ロラン (Claude Lorrain、1600-1682) 17世紀フランス古典主義を代表する風景画の巨匠。主にローマで活躍。大気感が漂う詩情性豊かな理想的風景描写と、北方の風景画様式に倣う明暗対比の強い細密的な風景描写を融合させ、独自の風景画様式を確立。またクロード・ロランは光の表現や抒情性を感じさせる表現にも秀で、その傑出した風景画は、教皇や枢機卿、司祭、有力な商人など、当時のローマの著名な(地位や教養のある)人物たちを魅了し、彼ら数多くの注文を受けるほか、自らの作品約200点を線描で写し、画帳≪真実の書≫として記録を残している。1600年シャマーニュに生まれ、幼くして孤児となるも、1612年から木版画家であった兄から絵画を学んだと推測される。理想風景を追求する画風で知られ、代表作は『海港 シバの女王の船出』。日本では、国立西洋美術館、静岡県立美術館、山梨県立美術館、東京富士美術館に収蔵されている。

クロード・ロラン (Claude Lorrain) 『クリュセイスを父親のもとへ送り届けるオデュッセウスのいる港の風景』 1644 ルーヴル美術館

■クロード・ロラン (Claude Lorrain) 『クリュセイスを父親のもとへ送り届けるオデュッセウスのいる港の風景』は、ギリシア軍に捕らえられていたトロイア王妃アンドロマケの親族の娘(巫女)クリュセイスが、アポロンの怒りによってギリシア勢に蔓延していた伝染病(アポロンの矢)を鎮めるために、クリュセイスの父親である神官クリュセースのもとへ返される場面が描かれている。

クロード・ロラン (Claude Lorrain) 『クリュセイスを父親のもとへ送り届けるオデュッセウスのいる港の風景』
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掲載のバロック絵画と17-18世紀の風俗画の主要な画家、彫刻家一覧:
カラヴァッジョ(カラヴァッジオ、Caravaggio)、レンブラント(Rembrandt Harmensz. van Rijn)、ヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer)、ディエゴ・ベラスケス(Diego Velazquez)、エル・グレコ(El Greco)、ヴァン・ダイク(Anthony van Dyck)、フランシスコ・デ・スルバラン(Francisco de Zurbaran)、バルトロメ・エステバン・ムリーリョ(Bartolome Esteban Murillo)、サッソフェッラート(Sassoferrato)、ヘラルト・テルボルフ、グエルチーノ(Il Guercino)、オラツィオ・ジェンティレスキ(Orazio Gentileschii)、ミニャール(Pierre Mignard)、ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(Georges de La Tour)、ニコラスフーシェ (Nicolas Fouche)、ヤン・ステーン(Jan Steen)、ピーテル・パウル・ルーベンス(Peter Paul Rubens)、ドメニキーノ(il Domenichino)、カルロ・マラッティ(Carlo Maratta or Maratti )、フランシスコ・リバルタ (Francisco Ribalta)、アルテミジア・ジェンティレスキ(Artemisia Lomi Gentileschi)、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ(Gian Lorenzo Bernini)、カルロ・マラッタ(Carlo Maratta)、クロード・ロラン (Claude Lorrain)、グイド・レーニ(Guido Reni)、フランチェスコ・マンチーニ(Francesco Mancini)

17-18世紀の風俗画家

■風俗画(ふうぞくが、英:Genre painting/petit genre)とは庶民の普段の生活を描写し日常生活のさまざまな面を描いた作品のことである。フランドルのルネサンスの画家ピーテル・ブリューゲル(父)は農民やその生活を主題とした多くの絵を描いた。彼の影響で北ヨーロッパでは風俗画が流行するようになる。17世紀にネーデルラントで風俗画を専門とした多くの画家の中にはアドリアーン・ファン・オスターデ、イサーク・ファン・オスターデ、ダヴィッド・テニエルス、アルバート・カイプ、ヨハネス・フェルメール、ピーテル・デ・ホーホがいる。彼らの一般的に小さめの絵は、購入者層の中産階級の人々の家に飾るのに相応しいものであった。

ダヴィッド・テニエルス
(1610−1690)

『喫煙室』(1640)ダヴィッド・テニエルス(ルクセンブルグ、1984年)

モレイン

『果物摘み』
(ハンガリー、1969−70年)

フランドル派。

タバコを吸う男(ルクセンブルグ、1984年) ダヴィッド 絵画

モレイン(MOLYN、 蘭 1595-1661)ハールレム生まれの風景版画家。ライスダールなどオランダ風景画の先駆となった。ロンドンで没す

『果物摘み』 モイレン

ヘンドリック・ヤンスツ・テル・
ブルッヘン

ブルッヘン『タバコに火をつける少年』(ハンガリー、1969−70年)

ロコトフ・fiodor st. rokotov  ロシアの画家

ヘンドリック・ヤンスツ・テル・ブルッヘン (Hendrick Jansz ter Brugghenまたは Terbrugghenとも、1588年 - 1629年11月1日)は、オランダの画家。テル・ブリュッヘンとも。カラヴァッジオに心酔し、カラヴァッジスティと呼ばれたオランダ人画家の一人。

ヘンドリック・ヤンスツ・テル・ブルッヘン

『フロドロワナの肖像』
fiodor st. rokotov フロドロワナの肖像 ロシア トコノフ

ヤン・ステーン Jan Steen

『饗宴』

(ハンガリー、1969−70年)

『御公現の祝日』

ヤン・ステーン Jan Steen
1626-1676 | オランダ
17世紀のオランダ絵画黄金期に活躍した風俗画家。日常における陽気な出来事や生活を鋭敏な洞察力を用いて、教訓的な内容を含ませた風俗画を制作。丁寧な細密描写と明瞭な色彩による独自の表現様式はオランダ絵画史上において一定の評価を受けている。また風俗画の他にも、聖書や神話を典拠とした物語画や自画像も手がける。

『饗宴』 ヤン・ステーン(Jan Steen) オランダ バロック 絵画 『御公現の祝日』

ジャン=バティスト・グルーズ

(Jean-Baptiste Greuze, 1725年 - 1805年)は、フランスの画家。当時は絶大な人気を誇っていたが、その後18世紀の忘れられた画家として低い評価を受けた。リヨン郊外のトゥルニュで生まれ、リヨンで学んだ後、1750年頃にパリに出た。5年後の1755年頃に市民の間で人気が出て、正規のコースをたどることなしに王立絵画彫刻アカデミーへの入会資格を認められた。しかし、歴史画家としての名声を望み、その素質を備えながらも認められず、風俗画家としては人気があったため、「風俗画家」として会員になった。

この時代の未詳の画家

『狩りの後のギタリスト』
ジャン=バティスト・グルーズ (Jean-Baptiste Greuze 風俗画 『狩りの後のギタリスト』

ポーランド(1967年)

『玉座(Throne)の聖母子』
17世紀のスペインの画家 玉座の聖母子
17世紀のスペインの画家

ABRAHAM HONDIUS (1625-1695)

『ヘロンでの犬の戦い』

ゲオルク・フレーゲル
  (Georg Flegel)

[Dutch Baroque Era Printmaker and Painter, ca.1625-1691]

ABRAHAM HONDIUS (1625-1695)  ヘロンでの犬の戦い

ゲオルク・フレーゲル(1566-1638年)は、ドイツの静物画の画家。

ゲオルク・フレーゲル (Georg Flegel)  静物画

■バロックについて、17世紀初頭にはヨーロッパ全土で激烈を極めた宗教戦争などあらゆる闘争が起こり、国家や社会が分裂した。その不安な時代において、連続的な運動と永続的な秩序との間にしかるべき関係を見出そうとする努力がなされ、そこから独特な心情的表現が生まれた。これが「バロック」である。強い激烈な印象を与える変化と対比など、これらすべては、動的で変化に富む自然と人間の感情から見出された新しい表現であった。  調和・均整を目指すルネサンス様式に対して劇的な流動性、過剰な装飾性を特色とする。「永遠の相のもと」がルネサンスの理想であり、「移ろい行く相のもと」がバロックの理想である。ルネサンスからバロック初期はイタリアが中心であったが、バロック後期には文化の中心はフランスへ移ってゆく。

■巨匠の絵画切手 [ ボッティチェッリダ・ヴィンチラファエロミケランジェロデューラーティツィアーノ(チチアン)ルーベンスベラスケスアングルエル・グレコレンブラントカラヴァッジオフェルメールダイクドラクロワゴヤ|ゴッホ(no.1|no.2)|ルノワールマネとモネセザンヌゴーギャンマチスピカソダリ葛飾北斎安藤広重クリムトシャガールモディリアーニミュシャ ]

【マニエリスム -The Mannierism-】
16世紀後半にイタリアで展開し、それまでの表現に大きな変化を示した様式。「洗練された手法(maniera)」に由来。様式が起こった当初はルネサンス後期の技巧的な様式と混同されたが、引き伸ばされた人体比率で描かれる人物や、画家各々の個性を投影する極めて独創的な展開など、後にマニエリスム特有の抽象的で洗練された表現が再評価された。
■代表画家:ポントルモ、ロッソ・フィオレンティーノ、コレッジョ、アルチンボルド、エル・グレコ等


 

西洋美術切手 バロックと17-18世紀の風俗画家、彫刻家の切手

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