Kunioの世界の切手紹介と海外写真集

Kunioの世界の切手紹介と海外写真集
美術切手|印象派|タヒチに移り住んだゴーギャン(Paul Gauguin)の絵画の切手
畢生の大作『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』 ボストン美術館

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西洋美術切手 印象派|ゴーギャン(Paul Gauguin)の絵画

 西洋美術切手 印象派|ゴーギャン(Paul Gauguin)の絵画の切手。 ウジェーヌ・アンリ・ポール・ゴーギャン(ゴギャン)(Eugene Henri Paul Gauguin , 1848年6月7日 - 1903年5月8日)は、フランスのポスト印象派の最も重要かつ独創的な画家の一人。 別の呼び名は「ゴーガン」。 1865年、17歳の時には航海士となり、南米やインドを訪れている。 印象派が色調の分割の中で見失った形態を取り戻すために、太い輪郭線で対象を単純化し色彩を平坦な画面として用いる『クロワニズム』を特徴とする。また、タヒチ島へ渡り現地の女性たちを多く描く。ゴッホとアルルで同居するもケンカとなり分かれた。gogan、gauguin
 


■巨匠の絵画切手 [ ボッティチェッリダ・ヴィンチラファエロミケランジェロデューラーティツィアーノルーベンスベラスケスアングルエル・グレコレンブラントカラヴァッジオフェルメールダイクドラクロワゴヤ|ゴッホ(no.1|no.2)|ルノワールマネとモネセザンヌゴーギャンマチスピカソダリ葛飾北斎安藤広重クリムトシャガールモディリアーニミュシャ ]

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 印象派の画家 ゴーギャン(Paul Gauguin)の絵画

■西洋文明に絶望したゴーギャンが楽園を求め、南太平洋(ポリネシア)にあるフランス領の島・タヒチに渡ったのは1891年4月のことであった。しかし、タヒチさえも彼が夢に見ていた楽園ではすでになかった。1893年フランスに戻る。1895年にはふたたびタヒチに渡航した。  3人のタヒチ人(1899年)タヒチに戻っては来たものの、相変わらずの貧困と病苦に加え、妻との文通も途絶えたゴーギャンは希望を失い、死を決意した。こうして1897年、貧困と絶望のなかで、遺書代わりに畢生の大作『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』1897-1898年(ボストン美術館)を仕上げた。

画家・ゴーギャンの自画像

画家・ゴーギャンの自画像

『イア・オラナ・マリア (マリアを拝する)』(メトロポリタン美術館)

『タヒチの女と少年』
ゴーギャン 仏領ポリネシア

ゴーギャンの絵画(ソマリア、1999年、フィラフランス’99)
仏領ポリネシアの女性と果物

印象派 絵画切手 ゴーギャン ルワンダ 『イア・オラナ・マリア (マリアを拝する)』 印象派 絵画切手 ゴーギャン 仏領ポリネシア 『タヒチの女と少年』

『エア・ハエレ・イア・オエ?(あなたは何処へ行くの?)』

ゴーギャンの絵画(ソマリア、1999年、フィラフランス’99)

『ネヴァモア(横たわるタヒチの女)』イエメン発行

『黒豚(Black Pigs)』. 1891. Museum of Fine Arts, Budapest, Hungary.

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■『エア・ハエレ・イア・オエ?(あなたは何処へ行くの?)』。1891年4月から1893年6月までの第1次タヒチ滞在期に制作された本作は、現地の複数の女性を南国ポリネシアの情景の中へ描いた、ゴーギャンによるタヒチ時代の典型的な作品として知られている。画面手前には大きな果物を胸の前に抱いた若い娘が配されており、その原色的な赤色の腰布のみを身に着ける姿は、野性的で自然的な官能性と活き活きとした生命力に溢れている。また中景として画面左側には木陰で休む黒髪の女性が2人、画面右側には清潔な白地の衣服を身に着ける(子供を抱いた)母親らしき女性が描き込まれており、前者の中のひとりの姿態は明らかに前年頃に画家自身が制作した『ナフェア・ファア・イポイポ(あなたはいつ結婚するの?)』を引用している。

『』、『ジャワ女アンナ(アイタ・パラリ・テ・タマリ・ヴァヒネ・ジュディット)』、『』、『』(ゴーギャン)

■ポール・ゴーギャンの傑作『ジャワ女アンナ(アイタ・パラリ・テ・タマリ・ヴァヒネ・ジュディット)』。1893年の夏にタヒチからパリへと帰国したゴーギャンが同地で制作したと推測されている本作は習慣的に『ジャワ女』と呼称されているものの、描かれる人物については画商アンブロワーズ・ヴィラールの紹介で知り合った、セイロン出身の少女アンナ(当時13歳)であると考えられており、画家は1894年にパリのヴェルサンジェトリクス街に構えたアトリエで彼女と同居していたことが知られている。本作の原題となる『Aita Tamari Vahina Judith te Parari(アイタ・パラリ・テ・タマリ・ヴァヒネ・ジュディット)』の意味は「小娘ジュディットはまた汚れていない(処女である)」であり、ここにゴーギャンが本作へ込めた真の意図や本質的かつ皮肉的な象徴性を読み解くことができる。

『タヒチの二人の女性とマンゴーの花』、『』、『』、『エア・ハエレ・イア・オエ?(あなたは何処へ行くの?)』(ゴーギャン)

『手紙を待つ女(海辺のタヒチの女と馬上の女)』

『説教の後の幻影
(ヤコブと天使の戦い)』

『アレアレア(愉び)』

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『タヒチの女たち(あるいは、
砂浜にて)』(仏領ポリネシア)

仏領ポリネシアから2006年に発行           『タヒチの女たち(あるいは、砂浜にて)』ジブチ発行

『タヒチの女たち(あるいは、砂浜にて)』 ゴーギャン

Tahitian Women on the Beach

印象派 ゴーギャンの絵画 仏領ポリネシアから2006年に発行

タヒチに移り住んだゴーギャンの作品が使われています。

『タヒチの女たち(あるいは、砂浜にて)』 ゴーギャン 印象派 絵画

『タヒチの少女』
(土候国FUJIEIRA)

『ナフェア・ファア・イポイポ(いつ結婚するの?』(仏領ポリネシア)

ゴーギャン・イエメン発行

『白い馬』
(仏領ポリネシア)

ゴーギャン タヒチの少女 FUJIEIRA 『ナフェア・ファア・イポイポ(いつ結婚するの?』(仏領ポリネシア) ゴーギャン 印象派 絵画切手 ゴーギャン イエメン発行  『白い馬』(仏領ポリネシア) ゴーギャン

『Still Life』(ゴーギャン)

『マオリの像のある静物』
(ゴーギャン)

『Still Life』 オートボルタ ゴーギャン

『アレアレア(愉び)』

クック諸島で発行のゴーギャンの絵画 『イア・オラナ・マリア』他

『リンゴのある静物』(ゴーギャン)

ゴーギャンの絵画(仏領ポリネシア、1987年)

ゴーギャンの絵画(仏領ポリネシア、1987年)

■ゴーギャンは、イギリスの作家サマセット・モームの代表作「月と六ペンス」(初刊は1919年出版)の主人公の画家のモデルであった。

『エア・ハエレ・イア・オエ?』、『ジャワ女アンナ(アイタ・パラリ・テ・タマリ・ヴァヒネ・ジュディット)』、
『』、『タヒチの二人の女性とマンゴーの花』(ゴーギャン)

"Les Alyscamps", "Nave Nave Moe (Sacred Spring)",
"I Rara Te Oviri Aka Beneath The Pandanus Tree", and "Self-Portrait"(ゴーギャン)

ゴーギャンの絵画

ゴーギャンの絵画

ゴーギャンの絵画

ゴーギャンの絵画

Paul Gauguin's 'Where Do We Come From? What Are We? Where Are We Going?',  ボストン美術館(実物)
われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか(1897年 - 1898年、ポール・ゴーギャン)

Paul Gauguin's 'Where Do We Come From? What Are We? Where Are We Going?',

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