欧州旅行 2019年11月 ロンドンにあるナショナル・ギャラリー
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イングランドとウェールズ プロローグ 4
英国のイングランド ロンドンにある大英博物館とナショナルギャラリーの作品見学。
入場はいずれも無料。
ご注意)写真は2019年11月に当方が撮影したものです。著作権は保持しています。
画像クリックで拡大画像をご覧いただけます。
■ナショナル・ギャラリー(National Gallery)は、イギリスのロンドン、トラファルガー広場に位置する美術館。 1824年に設立され、13世紀半ばから1900年までの作品2,300点以上を所蔵している。イギリスの王室コレクションは王室の私的所有物となっている為、コレクションの基礎が王室や貴族のコレクションの由来ではないという点で、ヨーロッパでもあまり例のない美術館となっている。西洋絵画が大きな革新を見せた「ジョットからセザンヌまで」美術史上重要な絵画が収蔵されている。 こちらも入場料は無料です。
ナショナルギャラリー作品
ナショナル・ギャラリー
(National Gallery)
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マザッチョ
《聖母子(ピサ祭壇画)》
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マゾリーノとマザッチョ《聖リベリウスと聖マッテア》
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ナショナルギャラリーから見るトラファルガー広場
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ラファエロ・サンティ
《教皇ユリウス2世》
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《アレキサンドリアの聖カタリナ》 ラファエロ
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多数の小さなお店が連なっています。
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ロンドン・ナショナル・ギャラリー
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★《ヴィーナスとアドーニス》(Venus and Adonis)は、ウィリアム・シェイクスピアの3つの長編詩の1つ。シェイクスピアと同じくストラトフォード・アポン・エイヴォン出身で年齢も近いリチャード・フィールド(Richard
Field)によって1593年4月18日に書籍出版業組合の記録に登録された。ヴィーナスとアドーニスの話はオウィディウスの《変身物語》第10巻に由来する。
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ルカ・ジョルダーノ《フィネウスとその一味を石に変えるペルセウス》
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ルカ・ジョルダーノ
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ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《ヴィーナスとアドーニス (Venere e Adone)》
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《三連祭壇画》
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フランチェスコ・ペッゼリーノとフラ・フィリッポ・リッピと工房《ピストイアのサンタ・トリニタの祭壇画》
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聖母子
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★ラファエル《The Mond Crucifixion》の絵はイエスが十字架にかけられていることを示しています。聖杯で彼の血を捕まえている二人の天使がいます。イエスの左側にひざまずくマグダラのマリアと、ジョン・エバンジェリスト彼女の後ろに立っては。彼の右にはマリアが立っており、聖なるヒエロニムスは彼女の前にひざまずいています。
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ラファエロ《聖母子と洗礼者聖ヨハネとバーリの聖ニコラウス(アンシデイの聖母)》
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ラファエロ《アレクサンドリアの聖カタリナ》
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ラファエル《The Mond Crucifixion》
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■ナショナル・ギャラリーはロンドンの中心部に位置しています。最寄り駅はチャリング・クロス駅とレスター・スクウェア駅で、それぞれ徒歩3~4分ほど。エンバンクメント駅やピカデリー・サーカス駅からも歩いてアクセス可能です。
ヤン・ファン・エイク《赤いターバンを巻いた男の肖像》
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ヤン・ファン・エイク《アルノルフィニ夫妻の肖像(The Alnolfini Portrait)》
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マネ《マクシミリアンの処刑(The Execution of Maximilian)》
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メキシコ皇帝マキシミリアンの処刑を題材にしている。
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ナショナルギャラリーへ入る
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ポール・ドラローシュ《レディ・ジェーン・グレイの処刑》
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夏目漱石の《倫敦塔》にジェーン・グレイについて述べている一。漱石がジェーン・グレイのイメージをつかむのに利用したのが本作。 レディ・ジェーン・グレイは政争に巻き込まれ、王位につきながらもわずか9日で廃位とされる。そして、1554年2月12日に若干16歳でジェーン・グレイは斬首に。 ロンドン塔で、まさに処刑されようとされるジェーン・グレイを描いた。
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アーニョロ・ブロンズィーノ《愛の勝利の寓意》
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ヨハネス・フェルメール《ヴァージナルの前に立つ若い女(A Young Woman Standing at a Virginal)》
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ヨハネス・フェルメール《ヴァージナルの前に座る女(A Young Lady Seated at a Virginal)》
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ヤン・ファン・エイク《赤いターバンを巻いた男の肖像》
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レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レインの作品
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《フローラに扮したサスキア (Saskia as Flora)》
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《34歳の自画像》
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《63才の自画像》
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★レンブラント・ハルメンソーン・ファン・レイン(Rembrandt Harmenszoon van Rijn)、1606年7月15日 - 1669年10月4日)は、ネーデルラント連邦共和国(現在オランダ)の画家。レンブラント(Rembrandt)の通称で広く知られ、大画面と、光と影の明暗を明確にする技法を得意とした。
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レンブラント《馬上のフレデリック・リヘル》
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コレッジョ
《バスケットの聖母》
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コレッジョ
《キューピッドの教育》
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ラファエロ・サンティ
《教皇ユリウス2世》
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ミケランジェロ・ブオナローティ《キリストの埋葬》
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★ハンス・ホルバイン(Hans Holbein , 1497年/1498年 - 1543年)は、ルネサンス期のドイツの画家。
『大使たち』(Die Gesandten)は、ドイツの画家ハンス・ホルバインにより1533年に描かれた絵画である。イングランド王であるヘンリー8世の命令で描かれた。画面左上には、キリストの磔刑像が、カーテンの後ろに半ば隠れるようにして見えている。(下に続く)
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(続き)2人が立っている床のモザイク模様は、ウェストミンスター寺院の内陣のそれを模写したものであるとされている。その床面の上には、長細い形状をした物体が描かれているが、これは、アナモルフォーシスという画法が用いられており、画面の右方もしくは左方から鋭角的に見ると、頭蓋骨であることがわかる。
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ハンス・ホルバイン(子)《大使たち(The Ambassadors)》 磔刑、頭蓋骨
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★デジデリウス・エラスムス(Desiderius Erasmus Roterodamus, 1466年10月27日 - 1536年7月12日)は、ネーデルラント出身の人文主義者、カトリック司祭、神学者、哲学者。カトリック教会の諸問題を批判しながらも中道を標榜してプロテスタント側に身を投じることはなかった。
『痴愚神礼讃』(ちぐしんらいさん)は、ネーデルランド出身のルネサンス人文主義者デジデリウス・エラスムスのラテン語による諷刺文学である。エラスムスは1509年にロンドンを訪れ、親しい友人トマス・モアのもとに滞在している間、旅行中に着想した諷刺文をわずか1週間程度の短期間で一気に書き上げたという。
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ルーカス・クラナッハ
《ヨハン不動侯とヨハン・フリードリヒ寛大侯の肖像》
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ティツィアーノ 《バッカスとアリアドネ(Bacchus and Ariadone)》
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ハンス・ホルバイン
《エラスムスの肖像》
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ルーカス・クラナッハ
《アダムとイヴ》
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クロード・モネ 《ウェストミンスタ沿いのテムズ川》
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印象派 アルフレッド・シスレー
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フィンセント・ファン・ゴッホ ナショナルギャラリーの人気一番
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《糸杉のある小麦畑》
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《ファン・ゴッホの椅子》
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《ひまわり88》
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フィンセント・ファン・ゴッホ
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ゴーギャン《ファア・イへイヘ(Faa Iheihe)》
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ゴッホ《サン・ポール療養院の庭の草地》
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エドガー・ドガ
《髪を梳いてもらう女》
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パブロ・ピカソ1901年
《MOTHERHOOD》
青の時代
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ポール・セザンヌ
《女性大水浴図》
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ルノワール《タンブリンを持って踊る少女》《カスタネットを持って踊る少女》
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ターナー《テメリアの戦いの場面、1838年》
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ターナー
《カルタゴの提督の建物、
カルタゴ帝国の復興》
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★「ファー・イヘイヘ」は、ゴーギャンが晩年を過ごしたタヒチで描かれました。それは自然と調和した男女の地上の楽園を表しているようです。「Faa
Iheihe」はタヒチ語で「美化する」ことを意味するかもしれません。
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Brugghen,Hendrick ter
《リュートを演奏する男》
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ロレンツォ・コスタ
《合奏》
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楽器を演奏をする人たち
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ルノアールの絵画室で
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マネ《マクシミリアンの処刑》の前で
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Margarito or Margaritone d'Arezzo (fl. c. 1250–1290) was an Italian painter
from Arezzo.
マルガリート・ダレッツォ 《玉座の聖母子、降誕、聖人たちの生涯の場面》
ナショナルギャラリーで最も古いイタリア絵画
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アレッツォ(イタリア語: Arezzo)は、イタリア共和国トスカーナ州にある都市。
■ナショナルギャラリー関連ページ。
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■時間が十分に取れなかったので手元にある切手や資料で見るロンドン・ナショナルギャラリー作品
《受胎告知》
カルロ・クリヴェッリ
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《聖アンナと聖母子と幼児聖ヨハネ》 ダ・ヴィンチ
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《神秘の降誕》
ボッティチェッリ
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ボッティチェッリ 《神秘の降誕 キリストの降誕(nativity)》 1501年 108.5×75cm | テンペラ・板 |ロンドン・ナショナル・ギャラリー 降誕した主イエスと傍らの東方三博士の場面です。
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《神秘の降誕(nativity)》は、 神の子イエスが聖胎した聖母マリアの御身体から
現世に生まれ出た神聖なる場面《キリストの降誕》である。
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《神秘の降誕》
ボッティチェッリ
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ボッティチェッリ 《ヴィーナスとマルス》 ロンドン・ナショナル・ギャラリー
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《鏡を見るヴィーナス(ロークビーのヴィーナス)
(Venus del espejo)》 1648年頃 ベラスケス
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ヴィヴァリーニ 《聖母子》
(ケイマン諸島)
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ミケランジェロ 「聖母子と聖ヨハネと天使」(マンチェスターの聖母)
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パルマ・イル・ヴェッキオ《A Blonde Woman》(1520年)、《ヴィーナスとキューピッド》フィッツウィリアム美術館
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《マンチェスターの聖母》は、ミケランジェロによる未完成の作品である。ミケランジェロの現存する3つのパネル画の中の一つで、描かれたのはローマでの活動初期にあたる時期である。
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背景は《悲しみの聖母》プラド美術館 (ジブチ ティツィアーノ)
切手では《バッコスとアリアドネ》 ロンドン・ナショナル・ギャラリー
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《バッカスとアリアドネ》 (伊: Bacco e Arianna, 英: Bacchus and Ariadne) はイタリアルネサンス期の巨匠ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1520年から1523年にかけて描いた絵画である。ギリシア神話の酒神ディオニュソス(バッカス)とアリアドネを描いた神話画で、ティツィアーノがフェラーラ公爵アルフォンソ・デステのために制作した3つのバッカス祭連作の第2作目にあたる。
《バッカスとアリアドネ》は古代ローマ時代の詩人カトゥルスとオウィディウスの詩文をもとにしている。
画面右手前に描かれているヘビに巻き付かれている人物は、1506年にローマで発見された古代彫刻《ラオコーン像》(ピオ・クレメンティーノ美術館(バチカン美術館)蔵)の影響を受けている。
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ドミニク・アングル画 《Portrait of Madame de Sononnes》、《Virgin of the Adoption》、《ドーソンヴィル伯爵夫人》、《パオロとフランチェスカ》、《ジェイムス・ロスチャイルド伯爵夫人》、《イネス・モワテシエ夫人》 ロンドン・ナショナル・ギャラリー
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レンブラントの《自画像》 (Self-Portrait)は、 1640年 100×80cm | 油彩・画布 | ロンドン・ナショナル・ギャラリー (セルビア)(グレナダ)
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ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ《エマオの晩餐》
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『Portrait of Susanne Fourment ("Le Chapeau de paille"). c.1625.
』ルーベンス
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コレッジョの
『聖母子(カンポリの聖母)』
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コレッジョの
『籠の聖母』
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ロンドン・ナショナルギャラリー
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『騎士の夢(知恵の寓意)/スキピオの夢』
1504-05 ロンドン・ナショナル・ギャラリー(拡大○)
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『マドンナ・デッラ・ロンディネ(燕の聖母)』カルロ・クリヴェッリ 絵の左上に燕(ツバメ)が。
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《神秘の降誕》は、師匠フィリッポリッピの絵画《東方の三博士の礼拝》とそっくりです。 また聖母マリアの顔も似ていますね。 ボッティチェッリは、人生の晩年にあって、すべてがひっくり返るようなフィレンツェの動乱期に遭遇したのでした。創作意欲を失い、活動も僅かになってしまいます。そのような時期の作品が、この「神秘の降誕」です。作風は以前の流麗で闊達なものから、前世紀の宗教画のように、硬質で細かく、小さい描写になっています。画面上部には、ギリシャ語による銘文と、名前と制作年が記されています。
「神秘の降誕」1501年(ロンドン、ナショナル・ギャラリー)。フィレンツェ派の巨匠ボッティチェッリの晩年の代表作。
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※ ナショナルギャラリー頒布冊子、Wikipediaを参考に一部文の転用もしています。
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ボッティチェッリ《神秘の降誕》(1501) ボッティチェリ最後の作品。地上で抱きあう天使と若者の部分。