Kunioの世界の切手紹介と海外写真集

Kunioの世界の切手紹介と海外写真集 海外写真集|ヨーロッパ・イタリア共和国(Repubblica Italiana)  ミラノ(Milano) ミラノはヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリアとドゥオーモ、オペラのスカラ座が目玉で、ドゥオーモは世界最大のゴシック建築。 ミラノはリゾットとカツレツ、ファッション、サッカーでも有名

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イタリア共和国(Repubblica Italiana) ミラノ ドゥオーモは世界最大のゴシック建築、スカラ座・・

 イタリア共和国(Repubblica Italiana)。 世界遺産 ミラノ(Milano)。 イタリア旅行の出発点はミラノで飛行機の関係で23時に到着です。 イタリアでの移動は全てバスを利用しました。 ミラノ(伊: Milano)は、イタリアの都市で、ミラノ県の県都およびロンバルディア州の州都で、国際的ファッション・経済の中心地で、人口は約130万人です。 代表する2大産業がやっぱり「ファッション」と「デザイン」。 ミラノは現代のイタリアを楽しむ街、歴史と現代が共存する街ミラノ。 食事で出たミラノ風リゾットとカツレツは絶品でした。 観光施設ではミラノのドゥオーモ (イタリア語:Duomo di Milano、ドゥオーモ・ディ・ミラーノ) は世界最大のゴシック建築で綺麗さ大きさ以上に強力なパワースポット!。 イタリアオペラ界の最高峰のスカラ座は最高です。 ガッレリアはミラノのドゥオーモとスカラ座という、ミラノにおける2つの著名な観光地へと繋がってる。 ミラノはサッカーでも有名で長友のシャツも販売してました。 サッカーチームは、ACミラン 、長友のインテル・ミラノ 、スタディオ・ジュゼッペ・メアッツァ(サン・シーロ) があります。 クーポラ 【(イタリア)cupola】 :教会建築などにみられる、半球形につくられた天井。丸天井。ドーム。 ミラノは大阪市と姉妹都市です。 イタリア・ミラノにあるスカラ座。 1778年に完成したこの歌劇場は、オペラでは世界で最も有名です。 説明資料作成では、Wikipediaを利用。 世界遺産の切手:イタリア
  


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■ [ オーストリア(Austoria (2005年(Wien)|2006年(Zaltburug))|チェコ(Cezh)|フランス(France (パリ(Paris)
  |ルーヴル美術館(Louvre))|オランダ(Holland、(スキポール空港アムステルダム))|ハンガリー(Hungary)
  |ドイツ(Germany (ベルリン、ポツダム(Berlin、Potsdam))|ロマンチック街道)|スイス(Switzerland)

■イタリア特別編 [ イタリアのトップミラノヴェローナヴェネツィア
フィレンツェドゥオーモヴェッキオ橋ウフィツィ美術館とアカデミア美術館 )|ローマコロッセウムフォロ・ロマーノ )|
バチカン市国
バチカン博物館ラファエロの間システィーナ礼拝堂 ) ]

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 イタリア共和国(Repubblica Italiana)  ミラノ ドゥオーモは世界最大のゴシック建築、スカラ座・・

■ミラノは日本の稚内市とほぼ同緯度に位置するが、最寒月の平均気温がおよそ5℃程度と、比較的温暖。イタリア全土では首都ローマに次ぎ第2位、北部イタリアにおいては最大の都市で商業、工業、金融の中心。ミラノ・コレクションなどで知られるように古くから服飾・繊維産業などファッション関連の産業が盛んな土地柄であるが、近年は航空産業や自動車産業、精密機器工業なども発達しておりイタリア最大級の経済地域を形成してる。

 ミラノ(Milano)

ミラノ空港のロビー

■ミラノ(Milano)は、イタリアの都市で、ミラノ県の県都およびロンバルディア州の州都である。ヨーロッパ有数のグローバル都市。イタリア語のアクセントの関係でミラーノと記されることもある。ドイツ語ではマイラント(Mailand)、英語・フランス語ではミラン(Milan)と言う。ミラノは古代にはメディオラヌムと言い、紀元前600年のケルト人の町を元にしている。世界遺産は。ドゥオーモ(ミラノ大聖堂)。 ミラノはイタリアで一番の商業都市。 オランダのスキポールからミラノ到着時点で雲行きも怪しく、すぐに雨模様となった。 ミラノはルネッサンスの時代にはレオナルド・ダ・ビンチが二十数年滞在したことでも有名で、現在でも彼の描いた世紀の大傑作「最後の晩餐」は近年、本や映画「ダヴィンチ・コード」でも取り上げられ、観光客の大きな目玉となっています。

ミラノ空港のロビー

 ミラノの市街地風景と食事

早朝のミラノの裏通り

ミラノの街中を行く路面電車
(トラム)

スカラ広場の瀟洒な街路灯
後ろは有名なスカラ座

ミラノの市街地にあった公衆電話ボックスとお洒落な電話機

早朝のミラノの裏通り ミラノの街中を行く路面電車 スカラ広場の瀟洒な街路灯 ミラノの市街地にあった公衆電話ボックスとお洒落な電話機

リゾット(Risotto)はもともとイタリアで食べられてきた麦類の料理に東洋(中東)から伝播した米が融合した料理である。イタリアでは下記の料理法で調理した米料理のみを指すが、フランスではピラフの別名として用いられてきた。 米はカルナローリ、アルボリオ(arborio)、ヴィアローネ・ナノなどの中粒種米のうち、大きめのものが適する。 ミラノ風リゾット(Risotto alla Milanese):鶏または牛のブイヨン、サフラン、骨髄、バター、パルミジャーノ・レッジャーノで作ったリゾット。
ミラノ風カツレツは、パルメザンチーズの香りを活かしたおなじみのミラノ風カツレツ。少ない油で揚げ焼き風にしてからバターの風味をつけると、濃厚ながらライトに仕上がります。 骨付きが何とも言えず美味しい。 大きいです。
■リストランテ:イタリア語でレストランの意。一般的にトラットリア、ピッツェリア、オステリアに比べ高級で、コースで食事が供される(もちろん、リストランテとは名ばかりの店や、高級なトラットリアもある)。

スフォルツァ城の前のビル

スフォルツァ城の前のビル

ミラノのリストランテ
マリリンモンローの写真が多い

ミラノ風リゾット
(Risotto alla Milanese)

食後のデザート(スイーツ)
ミルフィーユ 甘かった

ミラノ風カツレツ
大きかった

ミラノのリストランテ ミラノ風リゾット Tボーン・カツレツ

■ミラノのレストランの特徴といえば他の街にはない特別なシステムがあることだ。これは「アプリティーボ」と呼ばれるシステムであるが、ドリンクを一杯頼むと店のカウンターにずらりと並んだ料理を好きなだけ食べてもいいというブッフェのような形式である。元々アプリティーボとは「食前酒」という意味であり、夕食の遅いイタリア人(イタリア人たちは普通9時ごろから夕食を食べる)の客寄せのためにこのアプリティーボが始まったとされている。時間帯はだいたい6時から9時ぐらいまで。

△TOP

 ミラノのスフォルツェスコ城

■スフォルツェスコ城またはスフォルツァ城(イタリア語:Castello Sforzesco)は、イタリア・ミラノにある城塞、ルネサンス・ゴシック様式。 生憎の雨模様でした。1450年にミラノ公爵フランチェスコ・スフォルツァがヴィスコンティ家の居城を改築して現在の姿となった。 内部にはミケランジェロの最後の作品「ロンダニーニのピエタ」などが展示されています。 ロンダニーのピエタ像は、ミケランジェロの晩年の作品で、視力を失いながら掘り続けたこのピエタ像は、ミケランジェロの遺作になりました。 入口付近には多数の傘を売る人達が。 スフォルツェスコ城は、ミラノ旧市街の北西部の広大なセンピオーネ公園の入り口に建っています。現在、スフォルツェスコ城の内部は市立美術館として無料公開されています。中心地のドゥオーモから歩いて5分。

スフォルツェスコ城の入口 城壁と時計台(フィラレーテの塔)

ロンダニー二のピエタ スフォルツェスコ城

スフォルツァ城(スフォルツェスコ城)  フィレーテの塔 スフォルツァ城(スフォルツェスコ城) スフォルツェスコ城のロンダニー二のピエタ

スフォルツァ城の内部と銅像

スフォルツァ城の前のカステッロ広場の噴水

スフォルツァ城の内部と銅像 スフォルツァ城の前のカステッロ広場の噴水

フィラレーテの塔の中央の白い石像はミラノの守護聖人である聖アンブロージョ。アンブロージョは4世紀にミラノの司教であった人物。同城を特徴づけているのがボーナ・ディ・サボーナ塔とロッケッタ塔の二つの塔で、ロッケッタ塔は領主に危険が迫った時の領主の避難所であった場所であり、現在はブラマンテのフレスコ画「アルゴス」を所蔵する宝物庫となっています。

スフォルツェスコ城の入口(フィラレーテの塔)とレリーフ

スフォルツェスコ城の入口を入った中庭から見る城壁(左右)

スフォルツェスコ城の入口を入った内部から見る城壁 スフォルツェスコ城の入口を入った内部から見る城壁

スフォルツェスコ城は、一辺が約200mの正方形に近い形をしており、堀に囲まれ、城塞塔、3つの中庭、狭間、地下室、そして内部に貴重な傑作類を多く所蔵しています。 15世紀にはミラノにもルネサンス芸術が花開き、1482年頃から17年間レオナルド・ダ・ヴィンチもミラノ公ルドヴィーゴ・スフォルツァに仕えて城の装飾に携わりましたが、スフォルツェスコ城の佇まいはルネサンス君主の優雅な居城というより、中世の堅固な要塞の赴きを漂わせています。

スフォルツェスコ城の中門の彫像

スフォルツェスコ城の中庭

スフォルツェスコ城前を行くバス

スフォルツェスコ城の中庭の内堀に昔、砲弾として使用されていた石の玉が置かれていました。 このスフォルツェスコ城の裏側は広大な敷地のセンピオーネ公園(Parco Sempione)になっていて、のんびりと散歩を楽しむのはもちろんのこと地元の人の憩いの場所になっています。

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 ミラノのオペラのスカラ座とダ・ヴィンチ像(スカラ広場)

オペラのスカラ座
ミラノ・スカラ広場

スカラ座(Teatro alla Scala、あるいは単にLa Scala)はイタリア・ミラノにある歌劇場です。初代の宮廷劇場以来の伝統を誇るイタリアオペラ界の最高峰とされています。前をトラム(市電)が走っています。世界的にも有名な「スカラ座」。荘厳な建物の前にはレオナルド・ダ・ヴィンチの像が置かれ、まるで毎晩の公演をひっそりと見守っているかのようだ。

レオナルド・ダ・ヴィンチの立像の足元の弟子達と教授風景 
背景はマリーノ宮・ミラノ市庁舎

スカラ座 レオナルド・ダ・ヴィンチの立像の足元の弟子達と教授風景 レオナルド・ダ・ヴィンチの立像の足元の弟子達と教授風景

■スカラ座は数々の著名なオペラの初演の舞台となった。プッチーニの代表作である蝶々夫人やトゥーランドットはスカラ座で初演されている。とりわけヴェルディとは特別な関係を有している。しかし、あるときヴェルディの音楽が座付きオーケストラによって改変された(ヴェルディに言わせれば破壊された)ことを理由に、ヴェルディは彼の作品を上演することを禁止していたことがあります。マリア・カラスの「椿姫」はスカラ座の歴史上において最大の成功作のひとつであり、記録的な収益をもたらした舞台であった。2階にはオペラ博物館もあって、歴史的な楽譜やら音楽家の資料を間近で見られるので、クラシックファンなら是非訪れてみるべきところだ。
■現在も世界で用いられる音楽用語の多数がイタリア語であることから推察できるように、イタリアはルネサンス期以来、もっとも長い期間、西洋音楽をリードし続けた。

Milan is a major nation-wide and international centre of the performing arts, most notably opera. Milan hosts La Scala operahouse, considered one of the most prestigious operahouses in the world, and throughout history has hosted the premieres of numerous operas, such as Nabucco by Giuseppe Verdi in 1842, La Gioconda by Amilcare Ponchielli, Madama Butterfly by Giacomo Puccini in 1904, Turandot by Giacomo Puccini in 1926, and more recently Teneke, by Fabio Vacchi in 2007. Other major theatres in Milan include the Teatro degli Arcimboldi, Teatro Dal Verme, Teatro Lirico (Milan) and formerly the Teatro Regio Ducal. The city also has a renownded symphony orchestra and musical conservatory, and has been, throughout history, a major centre for musical composition: numerous famous composers and musicians such as Gioseppe Caimo, Simon Boyleau, Hoste da Reggio, Verdi, Giulio Gatti-Casazza, Paolo Cherici and Alice Edun are or were from, or call or called Milan their home. The city has also formed numerous modern ensembles and bands, such as the Dynamis Ensemble, Stormy Six and the Camerata Mediolanense have been formed.

レオナルド・ダ・ヴィンチの立像と
マリーノ宮・ミラノ市庁舎(スカラ広場)

レオナルド・ダ・ヴィンチ:1513年と1516年にはローマにいた(このころはミラノとフィレンツェ、ローマをたびたび移動していたようである)。当時、ローマではラファエロやミケランジェロが活動していた。ラファエロはレオナルドの絵を模写し、影響を受けているが、ミケランジェロとの接触はほとんどなかったようである。スフォルツァ騎馬像は、レオナルド・ダ・ヴィンチが当時のミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァから「世界最大のフランチェスコ・スフォルツァ将軍(ルドヴィーコの父)の製作を」との命を受けて製作に着手した騎馬像である。ブロンズでの製作を目指し、1493年11月に馬の部分の原型像(粘土製)が完成したものの、戦争のためブロンズ化は中止され、その後原型像も破壊されてしまった。 ミラノには、最後の晩餐」の絵があります。
マリーノ宮(Palazzo Marino)は、1553年から1558年の間にトッマーソ・マリーノの委嘱を受け、ガレアッツォ・アレッシが建造したもので、マリーノの名前が当宮にはつけられました。中庭に加えて、装飾や漆喰の見事に施されたアレッシの間が特色となっており、戦後に修復され、当宮最大の迎賓広間となっています。現在、ミラノ市役所本舎となっています。

レオナルド・ダ・ヴィンチの立像とミラノ市庁舎(スカラ広場) レオナルド・ダ・ヴィンチの立像とミラノ市庁舎(スカラ広場)

■Figure of Marco d'Oggiono at the pedestal of Leonardo da Vinci monument. Milan, Piazza della Scala. Sculptor Pietro Magni.

最後の晩餐(さいごのばんさん、伊: L'Ultima Cena)は、レオナルド・ダ・ヴィンチが、彼のパトロンであったルドヴィーコ・スフォルツァ公の要望で描いた絵画である。これはキリスト教の聖書に登場するイエス・キリストの最後の日に描かれている最後の晩餐の情景を描いている。ヨハネによる福音書13章21節より、12弟子の中の一人が私を裏切る、とキリストが予言した時の情景である。 絵はミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂の壁画として描かれたもので、420 x 910 cm の巨大なものである。
レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』がある「サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院」は世界遺産に登録されている。 残念ながら今回は見送りです。 

ミラノ世界遺産はこれだけで、ドゥオーモが何故世界遺産にならないのか不思議でなりません。是非とも世界遺産申請をして欲しい!!!

参考掲載・切手   ダ・ヴィンチ 『最後の晩餐』(グレナダ) 一点透視図法 ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院

ダ・ヴィンチ 最後の晩餐

サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会(イタリア語: Chiesa di Santa Maria delle Grazie)は、イタリア・ミラノにあるカトリック教会の聖堂。レオナルド・ダ・ヴィンチの最後の晩餐は、敷地内の修道院にある食堂の壁画であり、ユネスコの世界遺産(レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院)に登録されている。ミラノ公フランチェスコ・スフォルツァがドミニコ修道院と教会の建設を指示し、建築家ソラーリによって長い年月をかけ1469年に完成した。教会のアプスは1492年以降、ドナト・ブラマンテにより改築されたものとされる(明白な証拠はない、という指摘もある)。

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 ミラノのヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア

■ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア(イタリア語: Galleria Vittorio Emanuele II)は、イタリアの都市ミラノにあるアーケードの名称。2つのアーケード(8角形の建物に2つのアーケードが交差する)に覆われ、ミラノドゥオーモ広場の北に位置し、ミラノスカラ広場へ通じている。 イタリア王国の初代国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世にちなんで名づけられたこの場所は、最初に1861年にデザインされ、イタリアの建築家ジュゼッペ・メンゴーニによって1865年から1877年の間に建設された。東京ディズニーランドのワールドバザールはこのガッレリアをモデルに作られている。 入口でインテルに移籍した長友のジャージを販売していました。ガッレリアはミラノのドゥオーモとスカラ座という、ミラノにおける2つの著名な観光地へと繋がっています。 ミラノをを象徴する美しいアーチ型ガラス天井のガッレリアは、こじんまりしてるが最高でした。

ガッレリアの入口(スカラ座側)

ガッレリアの内部

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア ミラノの中心街

ミラノ ガッレリアのクーポラ

ガッレリアの有名リストラント

ガッレリアのマック

ガッレリアの伝説

ガッレリアの入口(スカラ座側)
のクーポラ

ガッレリアの入口(ドゥオーモ側)

ガッレリアの伝説:十字路の交わる付近に青いタイルで囲まれた牡牛のモザイクがあり、その股間部分がやや窪んでいる。この窪みに踵を合わせてクルリと一回転(一度に三回転以上出来ると、との説もあり)すると幸せが訪れる、旅行者は再びミラノに戻れる等の言い伝えがある。トレビの泉等と異なり一人ずつしかできないので観光シーズンには行列ができる事も珍しくない。一日に数千回も踵で踏みつけられるため損傷も激しく頻繁に修復もなされているが、修復直後の新品でも股間にはあらかじめうっすらと窪みが付けられている。
アーチ型ガラス天井のガッレリアの47メートルにおよぶアームの交差する丸天井部分にはアジア、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカの4大陸の絵がモザイクで描かれています。

ガッレリアの入口(ドゥオーモ側) ミラノ

ボルサリーノ (イタリア語: Borsalino) は、イタリアのアレッサンドリアに本社を置く帽子メーカーならびにブランド。1857年にジュゼッペ・ボルサリーノにより創業。創業150周年を経た今日でも、今世紀初頭の機械と木製型を使った職人の手作りである。 ソフト帽やパナマ帽が有名だが、チロル・ハット、ハンチング帽、ベレー帽のほか、サファリ帽、ヘルメット(バイク専用)なども製造しており、他にもスカーフ、ネクタイ、手袋、また意外なところでは自転車も製造している。

ガッレリアにある多数のブランド゙ショップ

ミラノ(Milano)のガッレリアにあるプラダの本店

ルイ・ヴィトン

ルイ・ヴィトン

ボルサリーノ(帽子)

ミラノ ブランド・ネクタイ

ミラノのマリリンモンローのお店

ボルサリーノ(帽子) ブランド・ネクタイ ミラノ ミラノのマリリンモンローのお店

最初の落成から130年以上を経た現在、4階建てのアーケードにはオートクチュール店から書店に至るまでの上品な各種店舗、グッチ、プラダ、ルイ・ヴィトンなどの高級ファッションブランド店の他、レストラン、カフェ、バーが入居している。ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリアへ直接つながっているのは、ミラノでも最高級のパーク・ハイアット・ホテルで、都市の中でも最も豪華な(最も高価でもある)部屋と設備を有している。
1971年にヴァレンチノ・ガラバーニがミラノにブティックを開店、これを機にイタリアン・ファッションのメッカはローマから徐々にミラノへ移っていくこととなった。ミラノのヴィットリオ・エマニュエレ通りは今はファストファッションメーカーの競合するストリート。 ドゥオーモとスカラ座を結ぶ通路としても知られるこの一帯はおしゃれなカフェやレストランがあることでも有名です。中には創業100年以上のカフェもあり、多くの人がこのカフェにてゆったりとした都会のひと時を楽しんでいます。

ガッレリア ショップ屋上の絵画

ガッレリア ショップ屋上の絵画

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 ミラノの世界最大のイタリア後期ゴシック建築 ドゥオーモ

ミラノの象徴

ミラノのドゥオーモ (イタリア語:Duomo di Milano、ドゥオーモ・ディ・ミラーノ) は世界最大のイタリア後期ゴシック建築。5世紀もの歳月をかけて多くの芸術家によって完成された。聖堂の上に昇ることもできる。残念ながら登頂は出来なかった。1386年にジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティの望みにより着手し、奥行き57メートル、幅92メートル、面積11700uのこの巨大な大聖堂はかって古い教会のあった場所に建てられました。建設には500年以上の年月を使い、マッジョーレ湖のカンドリアの薄桃色の大理石が使われています。この大理石はティチーノ川を運搬船で運ばれ、その後、ナヴィーリオ・グランデを通り、現在のラゲット通りVia Laghettoの位置にあたるダルセナ(船だまり)まで運ばれてきたのです。 「ゴシック」という呼称は、もともと蔑称で、15世紀から16世紀にかけて、アントニオ・フィラレーテやジョルジョ・ヴァザーリらが、ルネサンス前の中世の芸術を粗野で野蛮なものとみなすために「ドイツ風の」あるいは「ゴート風の」と呼んだことに由来する(ゴート族の建築様式というわけではない)。綺麗さ大きさ以上に強力なパワースポット!

ミラノのドゥオーモの全体(左がガッレリア) ドゥオーモ広場から

ミラノのドゥオーモ前のドゥオーモ広場の
イタリアを統一した偉い王様 ヴィットリオ・エマヌエーレ2世騎馬像

ミラノのドゥオーモ ヴィットリオ・エマヌエーレ2世騎馬像

■ファサードは約3世紀にもわたる大論争(1500年代のペッレグリーニにはじまり、1813年になってやっと最終結論に至る)の結果、出来上がったものであり、他のどの部分にもまして様々な様式があわせ加わっています。大門は17世紀様式で中央バルコニーは1790年の作であり、三つの上部窓は1800年代初頭につくられました。5つの身廊で構成されている聖堂内部は、圧倒されるほど壮大なものです。
■ドゥオーモ広場は、悪名高い鳩おじさんや傘おじさんでいつもごった返していました。

ミラノのドゥオーモ  ファサード

ミラノのドゥオーモの荘厳な内部

ミラノのドゥオーモの聖母子

ミラノのドゥオーモ 大聖堂内部 綺麗なステンドグラス 内部は当然ながら非常に荘厳な感じです

ドゥオーモのステンドグラス(参考資料より転載) 拡大せず

ドゥオーモのステンドグラス

■ミラノのドゥオーモ (イタリア語:Duomo di Milano、ドゥオーモ・ディ・ミラーノ) は、ロンバルディア州都ミラノの象徴。
都市の中心の同名のドゥオーモ広場に位置し、初期の聖母マリアに献納されているドゥオーモである。
■ミラノのドゥオーモは世界最大のゴシック建築。5世紀もの歳月をかけて多くの芸術家によって完成された。聖堂の上に昇ることもできる。
ミラノのドゥオーモは500万人のカトリック信者がいる世界最大の司教区であるミラノ大司教区を統括する首都大司教の司教座聖堂です。

ミラノ ドゥオーモのステンドグラス


ミラノのドゥオーモ内部の大きなステンドグラス 絵からキリストの事を知ったのでしょうね。

■ドゥオーモには135本の尖塔があり尖塔の天辺には一つ一つに聖人が立っている。一番高い位置に金のマリア像が輝いていて、昔はこのマリア像より高い位地に建物を建ててはいけないとされた。
ドゥオーモの体積はフランスのボーヴェ大聖堂に次いで世界で2番目で、広さもバチカンのサン・ピエトロ大聖堂に次いで2番目である。

ドゥオーモの主尖塔 
金のマリア像

ドゥオーモ 聖母子のレリーフ

ミラノのドゥオーモ 大聖堂内部 綺麗なステンドグラス
内部は当然ながら非常に荘厳な感じです

主尖塔 金のマリア像 ミラノのドゥオーモ 聖母子レリーフ ミラノのドゥオーモ 大聖堂内部 綺麗なステンドグラス 内部は当然ながら非常に荘厳な感じです

■ドゥオーモは内部も繊細な細工で溢れています。床の大理石の模様も美しいです。 また、135本の尖塔、2245体の彫刻との融合美はまさに圧巻の一言です。 聖堂の内部には光の反射によって微妙な色を弾くステンドグラスやキリスト教の歴史を描いた油絵、そして彫刻などが並び、ミラノで一番神聖な空気が漂う空間です。 スペインでは有名な建築家「ガウディ」がサクラダ・ファミリアを設計し、未だに建築中であることで有名ですが、500年という建築期間というものはカソリック大国のイタリアだからできたと言えるでしょう。このドゥオーモのどっしりとしたゴシック建築はイタリアでもっともゴシックらしいゴシック建築であり、そのオリジナリティ溢れるデザインは独特の美しい姿をしています。

ミラノのドゥオーモの彫刻

ミラノのドゥオーモの彫刻

ミラノのドゥオーモの彫刻 ミラノのドゥオーモの彫刻

ミラノのドゥオーモのファサード
入口の彫刻

ミラノのドゥオーモ
ゴシック建築の粋 ファサード

ドゥオーモのファサード彫刻

精緻なドゥオーモの彫刻

ミラノのドゥオーモ ゴシック建築の粋 ファサード ミラノ ドゥオーモのファサード彫刻 精緻なドゥオーモの彫刻 ミラノ

ファサード(facade)は、建築物の正面(デザイン)である。フランス語に由来し、英語の faceと同根。最も目に付く場所であり、重要視される。
■ミラノ市街地の写真(ドゥオーモを出て左手)の左はデパートで前は古本屋多数あり美術関係の本や古雑誌を多数安価で販売してました。 また、ミラノのドゥオーモの中は、広くて大きな空間です。入口が狭くチェックには良いが、行動が不便で、玉に瑕です。

ミラノのドゥオーモの主尖塔と外壁の彫刻

ドゥオーモの主尖塔

ミラノのドゥオーモの主尖塔と外壁の彫刻 ミラノのドゥオーモの主尖塔と外壁の彫刻

世界遺産 ミラノのドゥオーモから見たミラノの市街地 

世界遺産 ミラノのドゥオーモの内部の大きな絵画とステンドグラス
全てが立派の一言に尽きます

世界遺産 ミラノのドゥオーモの内部の大きな絵画とステンドグラス 世界遺産 ミラノのドゥオーモの内部の大きな絵画とステンドグラス

ミラノのドゥオーモは世界最大のゴシック建築。5世紀もの歳月をかけて多くの芸術家によって完成された。

【ドゥオーモ内の子午線】 天井にあけられた穴から入った光が正午にこの線の上に来る。線の両側には黄道十二宮の星座が描かれており、季節によって光が当たる星座が変わっていくそうだ。 考えたものですね。エジプトのアブ・シンベル神殿にも同じ様なものが、こちらは年2回だが。

ドゥオーモの大聖堂内部の黄色い線と黄道十二宮のサイン

ドゥオーモの大聖堂内部の黄色い線と黄道十二宮のサイン 【ドゥオーモ内の子午線】 家族の星座を撮影

【ドゥオモ内の子午線】

ミラノのドゥオーモの彫刻 ガーゴイル
(人間の肩にいる、参考資料より転載)

ミラノのドゥオーモの彫刻(参考資料より転載) 拡大せず
上段右端はダビデ、下段中間は慈善、右端はSt. Mustiola

ミラノのドゥオーモの彫刻 ガーゴイル(人間の肩にいる)

ガーゴイル(英語:gargoyle)とは怪物をかたどった彫刻、またはその怪物である。イタリア語ではdoccione、ドイツ語ではAusguss、Wasserspeierとも呼ばれる。ガーゴイルの語源は、口やのどを意味するフランス語のgargouilleに由来する。なおgargouilleは、ラテン語で水が流れるときのゴボゴボというような音を表すgarから派生した言葉である。
■参考資料は、ドゥオーモ内で販売している「The DUOMO catedral of milan」で、補足で利用してます。

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 ミラノの宿泊場所とイタリア周遊の車

ミラノのホテルとバス(後方)

ミラノのホテル前のロータリー

ミラノのホテル 清潔だがツインにしては狭い感じです

ミラノのホテルとバス(後方) ミラノのホテル前ロータリー ミラノのホテル ツインにしては狭い感じです

■ミラノは古代にはメディオラヌムと言い、紀元前600年のケルト人の町を元にしている。前222年にローマが征服したが、そのどちらにもMediolanum(平原の真中)と呼ばれた。293年から402年まではMailandとも言った。その後はローマ帝国のもとで繁栄し、4世紀、司教アンブロジウスと皇帝テオドシウス1世の時代には西ローマ帝国皇帝の宮殿が置かれ、西ローマ帝国の首都であった。450年ごろ、アッティラに指揮されたフン族の略奪をうけ、539年にはゴート族に破壊されたが、8世紀末ごろに再び繁栄し始めた。中世を通じてミラノは大司教に統治されたが、都市の独立性をある程度保ちながら、下層の封建貴族たちは次第に大司教の世俗的支配から脱していった。東ゴート王国、東ローマ帝国、ランゴバルド王国の時代を過ぎ、11世紀にはそうした貴族たちがミラノを富裕な自治都市へと変化させ、成長の回復と神聖ローマ帝国からの独立を果たした。
下の写真はホテルの周辺、大きな像がありました。裏は学校のようです。
ホテル エリティス(Hotel Elitis) Piazza Frua 1 Legnano Milan 20025 ホテル エリティスはレグナーノに位置するビジネス向けホテルです。

ミラノのホテルの部屋

ミラノのホテルとバス(後方)

ミラノのホテルとバス(後方)

入口では現地の人が災害を心配していました。
ホテル エリティス(Hotel Elitis)

早朝のミラノのホテルの近くの風景 チラシや豪華なお宅、大きなビルと前に有った彫像(ロータリークラブ云々を記載してた)

■ミラノは、2010年の近郊を含む都市的地域の人口は434万人であり、ローマを凌ぎ同国第1位。ミラノ・コレクションなどで知られるように古くから服飾・繊維産業などファッション関連の産業が盛んな土地柄であるが、近年は航空産業や自動車産業、精密機器工業なども発達しておりイタリア最大級の経済地域を形成している。

 ミラノの古い絵葉書(セピア色の20世紀初頭、100年以上前の写真)

ミラノのドゥオーモ 20世紀初頭 人気もまばら

ミラノのドゥオーモとガッレリア 20世紀初頭

ミラノのダンテ通り(VIA DANTE)昔の栄光 20世紀初頭

ミラノのドゥオーモ 切手 ルーマニア発行

ダンテ通り(VIA DANTE)。ドゥオモ広場を背にして、オレフィチ通り。両側には屋台が並んでにぎやか。絵葉書では場所もドゥオーモの雄姿も見えますね。ダンテ通りはミラノのドゥオモ(DUOMO)広場から西方向へと延びている通り。ミラノの中心街、ドゥオーモ(大聖堂)広場からコルドゥーズィオ広場を通ってスフォルツェスコ城をむすぶまっすぐな道をダンテ通りといいます。旅行者たちは到着するやいなや店を見渡し、もっとシックなところがいいわとモンテナポレオーネ通りやスピーガ通りへそそくさと逃げ去ります。あちらにはアルマーニ、グッチ、プラダ、ドルチェ&ガッバーナといった、ミラノを世界のファッションの中心地のひとつにしたファッションの神々のウィンドゥがあります。ダンテ通りは、最先端の粋なファッションが並ぶというよりは、メルカート(露店)が立ったり、伝統的なおもちゃ屋さんがあったり、子どもたちが何の問題もなく夢を見られる場所だったのですから。


■イタリアを統一した偉い王様 ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世(Vittorio Emanuele II di Savoia、1820年3月14日 - 1878年1月9日)は、サルデーニャ王国の最後の国王(在位:1849年 - 1861年)、およびイタリア王国の初代国王(在位:1861年 - 1878年)。サルデーニャ王カルロ・アルベルトとトスカーナ大公女マリーア・テレーザの子。1854年にクリミア戦争に参戦して、国際社会における王国の地位を高めた。1859年、イタリア統一戦争を開始する。フランス皇帝ナポレオン3世との間にプロンビエールの密約を取り付け、その支援のもとにオーストリア帝国を退けたものの、代償として王国発祥の地サヴォワとニースを失った。トリノ、フィレンツェと首都を移転させた後、1870年に教皇領を併合し、ローマに都を構え、イタリア統一を果たした。

The city contains several cultural institutions, museums and galleries, some of which are highly important at an international level, such as the city's Duomo and Piazza, the Convent of Sta. Maria delle Grazie with Leonardo da Vinci's The Last Supper, the San Siro Stadium, the Galleria Vittorio Emanuele II, the Castello Sforzesco, the Pinacoteca di Brera and the Via Monte Napoleone. Most tourists visit sights such as Milan Cathedral, the Castello Sforzesco and the Teatro alla Scala, however, other main sights such as the Basilica of Sant'Ambrogio, the Navigli and the Brera Academy and district are less visited and prove to be less popular.
The Pinacoteca di Brera is one of Milan's most important art galleries. It contains one of the foremost collections of Italian paintings, an outgrowth of the cultural program of the Brera Academy, which shares the site in the Brera Academy. It contains masterpieces such as the Brera Madonna by Piero della Francesca. The Castello Sforzesco hosts numerous art collections and exhibitions. The best known of the current civic museums is the Pinacoteca del Castello Sforzesco, with an art collection which includes Michelangelo's last sculpture, the Rondanini Pieta, Andrea Mantegna's Trivulzio Madonna and Leonardo da Vinci's Codex Trivulzianus manuscript. The Castello complex also includes The Museum of Ancient Art, The Furniture Museum, The Museum of Musical Instruments and the Applied Arts Collection, The Egyptian and Prehistoric sections of the Archaeological Museum and the Achille Bertarelli Print

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イタリア共和国(Repubblica Italiana) ミラノ ドゥオーモは世界最大のゴシック建築、スカラ座・・