Kunioの世界の切手紹介と海外写真集

Kunioの世界の切手紹介と海外写真集 海外写真集|ヨーロッパ・イタリア共和国(Repubblica Italiana)  世界遺産 アドリア海の女王・ヴェネツィア(Venice) 仮面舞踏会のマスク姿のヴェネツィアのカーニバル(謝肉祭)が有名です。 狭い通路とサンマルコ一色の町・ヴェネツィア、新約聖書「マルコの福音書」の聖マルコが守護聖人です。

ホーム>海外写真集>ヨーロッパ>イタリア共和国(Repubblica Italiana)) アドリア海の女王・ヴェネツィア(Venice)


イタリア共和国(Repubblica Italiana) 世界遺産 アドリア海の女王・ヴェネツィア(Venice、ベニス)

 イタリア共和国(Repubblica Italiana)。 世界遺産 アドリア海の女王・ヴェネツィア(イタリア語:Comune di Venezia)。 中世にはヴェネツィア共和国の首都として盛えた都市で、「アドリア海の女王」、「水の都」、「アドリア海の真珠」などの別名をもつ。 英語では「Venice」と呼ばれ、これに由来して日本語でもヴェニス、ベニス、ヴェネチアと呼ばれることもある。 アドリア海の最深部、ヴェネツィア湾にできた潟「ラグーナ(Laguna di Venezia または Laguna Veneta)」の上に築かれた、運河が縦横に走る水の都。 迷路のような街、海水面と差が無い陸地、歴史に彩られた古い建物が多い町です。 仮面舞踏会のマスク姿のヴェネツィアのカーニバル(謝肉祭)が有名です。 人口は27万人。 現実は海面上昇で結構大変だそうです。 本島のすぐ南には、「サン・ジョルジョ・マッジョーレ島」「ジュデッカ島」、さらに南に下ると映画『ベニスに死す』で有名な「リード島」がある。 また、本島のすぐ北には、墓地となっている「サン・ミケーレ島」、さらに北にはヴェネツィアン・グラスで有名な「ムラーノ島」、レース編み産業の地「ブラーノ島」、そして、もっとも古い時代に栄えた「トルチェッロ島」があります。 ヴェネツィアはやたらとサン・マルコの言葉が飛び交います。 ヴェネツィアの守護聖人及び「マルコの福音書」の聖マルコの意味です。 聖マルコはライオンがアトリビュートでそこかしこに有翼のライオンが。 絵葉書やMCも入れました。セピア色に見える世界に往時が蘇りますね。 ここのサン・マルコ寺院も歴史的なものや綺麗さ大きさ以上に強力なパワースポット!
説明資料作成では、Wikipediaを利用しています。 世界遺産の切手:イタリア
 


 海外旅行写真|ヨーロッパ(Europa travel picture) 世界遺産 アドリア海の女王・ヴェネツィア

■ [ オーストリア(Austoria (2005年(Wien)|2006年(Zaltburug))|チェコ(Cezh)|フランス(France (パリ(Paris)
  |ルーヴル美術館(Louvre))|オランダ(Holland、(スキポール空港アムステルダム))|ハンガリー(Hungary)
  |ドイツ(Germany (ベルリン、ポツダム(Berlin、Potsdam))|ロマンチック街道)|スイス(Switzerland)

■イタリア特別編 [ イタリアのトップミラノヴェローナヴェネツィア
フィレンツェドゥオーモヴェッキオ橋ウフィツィ美術館とアカデミア美術館 )|ローマコロッセウムフォロ・ロマーノ )|
バチカン市国
バチカン博物館ラファエロの間システィーナ礼拝堂 ) ]

下のサムネイルをクリックすると大きな写真で閲覧できます。   ご注意)写真は当方が撮影したもので著作権があります。

 イタリア共和国(Repubblica Italiana) 永遠の都・ローマ、アドリア海の女王・ヴェネツィア ほか

■イタリアは地中海に突き出した長靴型イタリア半島、および周辺の島(サルデーニャ島、シチリア島など。コルシカ島はフランス領)から構成されている。東はアドリア海、西でティレニア海とリグリア海、南でイオニア海と地中海に面している。国境を接する国としては、大陸部では西側をフランス、北側をスイスとオーストリア、東側をスロヴェニア。アドリア海を挟んで、クロアチア、アルバニア、ギリシアなどとも地理、歴史的に結びつきが強い。キリスト教・カトリック教会の治めるバチカン市国があるが、これはイタリアの首都ローマが周囲を囲んでいる。他にもアドリア海近くのサンマリノ共和国を包み込むように接する。 ルネサンス(仏: Renaissance 直訳すると「再生」)とは、一義的には、14世紀 - 16世紀にイタリアを中心に西欧で興った古典古代の文化を復興しようとする歴史的文化革命あるいは運動を指す。また、これらが興った時代(14世紀 - 16世紀)を指すこともある。 

 ヴェネツィア(Venice、ベニス)

ラグーナとヴェネツィアの街並み

アドリア海の女王・ヴェネツィア(Venice)

ヴェネツィア(イタリア語:Comune di Venezia、英語:Venice)は、イタリアの北東部に位置するコムーネ。ヴェネト州の州都、ヴェネツィア県の県庁所在地。中世にはヴェネツィア共和国の首都として盛えた都市で、「アドリア海の女王」「水の都」「アドリア海の真珠」などの別名をもつ。古来はラテン語でウェネティ人の土地を意味し、ウェネティ人が住んでいたアドリア海の奥に拡がる土地をウェネティア(Venetia)と呼んだことから来ている。アドリア海の最深部、ヴェネツィア湾にできた潟「ラグーナ(Laguna di Venezia または Laguna Veneta)」の上に築かれた、運河が縦横に走る水の都である。

 ヴェネツィア(Venice)への桟橋付近

水の都らしい風景(ヴェネツィア)

雨中 自動車用道路の「リベルタ橋」から見えた島 
ヴェネツィアングラスで有名なムラーノ (Murano) 、列車

水上バス
(ヴァポレット,vaporetto)

水の都らしい風景 自動車用道路の「リベルタ橋」から見えた島、列車 自動車用道路の「リベルタ橋」から見えた島、列車 水上バス(ヴァポレット,vaporetto)

■ヴェネツィア本島は大きな魚のような形をしており、本島全体が小さな島々からできている。その真ん中を全長約3kmにおよぶ逆S字形の「カナル・グランデ(Canal Grande、大運河)」がヴェネツィアの北西から南東へ、市街を2つに分けながら湾曲して流れる。鉄道路線と土手を走る車道が島々と本土を結び、ラグーナの外側の長い砂州や海岸の防波堤がこの町を海から守っている。

観光出発の波止場風景

水上バスが到着した波止場

観光出発の波止場風景 水上バスが到着した波止場 ヴェネツィア

リベルタ橋(伊:Ponte della Liberta =「自由の橋」)は、ヴェネツィア島と本土のメストレ地区とを結んで、ヴェネツィアの潟に架かる道路橋。長さ3850m。

■ヴェネツィア本島におけるトレニタリアのターミナル駅であるヴェネツィア・サンタ・ルチーア駅があり、モノレールが運行されていました。2011年3月。
サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂 (イタリア語:Basilica di Santa Maria della Salute、和名:救済の聖母マリア聖堂)は、一般にサルーテと縮めて呼ばれる、ヴェネツィアにあるカトリック教会のバシリカ。カナル・グランデとヴェネツィアの潟の一つバチノ・ディ・サン・マルコの間に横たわる、狭い指状の土地の上に建つ。水上からサン・マルコ広場へ上がる玄関口の目印となっている。マイナー・バシリカの地位であるが、美しい外観と顕著な履歴を持ち、イタリアで最も写真におさめられる場所となっている。1629年夏に始まった、イタリア全土を覆った黒死病大流行はヴェネツィアを急襲し、それから2年かけて人口の三分の一を失う結果となった。

水上バス ヴァポレットからのヴェエツィアの建物や風景

ヴェネツィアの地図


大きな地図で見る

サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂

サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂

サン・ジョルジョ・マッジョーレ (San Giorgio Maggiore)は、イタリア北東部ヴェネツィアの潟にある島の一つで、行政的にはヴェネツィアの一部となっている。 島のほとんどはサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会(San Giorgio Maggiore)となっているが、ACTVの水上バスが停まるため自由に上陸できる。 サン・マルコ広場から近く、島からはサン・マルコ運河 (Canale di San Marco) を隔ててドゥカーレ宮殿や鐘楼を眺めることができます。

サン・ジョルジョ・マッジョーレ島

サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂 ヴェネツィアの波止場風景からサン・マルコ広場へ向かう

サン・ジョルジョ・マッジョーレ島

ヴェネツィアの仮面舞踏会の仮面を付けた人(パフォーマー)

サン・ジョルジョ・マッジョーレ島を臨むヴェネツィアの波止場風景
海面が高いことがわかると思います

ヴェネツィアの恥かしがり屋の
可愛い子供

仮面舞踏会の仮面を付けた人 ヴェネツィアの可愛い子供

ベネツィアの波止場の記念碑

ベネツィアの波止場の記念碑

仮面舞踏会の仮面

ベネツィアの波止場の記念碑

■ヴェネツィアと本土の間を結ぶ自動車橋は全長が約4kmあるリベルタ橋で、それに並行して鉄道の橋が架けられている。後者が先に開業した。 ローマ広場には駐車場とバスターミナルが設けられており、自動車・バスで入島するものはここでヴァポレットへの乗り換えをすることになる。相当数の観光バスが駐車していました。
ヴァポレット(伊:Vaporetto)は、ヴェネツィアで運航されている水上バス。元々は小型蒸気船の意味であるが、ディーゼル船に取って代わられた現在もその名を残しています。

△TOP

 サン・マルコ広場 ムーア人の時計塔 (Torre del'Orologio) ,ドゥカーレ宮殿 (Plazzo Ducale)

絵葉書 20世紀初頭 往時のサン・マルコ広場

■サン・マルコ広場(Piazza San Marco)はヴェネツィアの中心的な広場で、回廊のある建物に囲まれ、ドゥカーレ宮殿やサン・マルコ寺院などがある。ヴェネツィアの広場は方言でカンポ(campo)と呼ばれるが、サン・マルコ広場は別格であり、ピアッツァ(piazza) と呼ばれる。世界で最も美しい広場とも言われており、観光名所のほか、海からの玄関口です。 サン・マルコは、ヴェネツィアの守護聖人である福音記者マルコに、由来する。サン・マルコ寺院の聖堂の正面部分は柱廊に囲まれた台形になっていて、実際より奥行きがあるようにみえる。この台形広場(piazza)に、海に面したサン・マルコ小広場(Piazetta San Marco)が続いており、全体としてL字型になっています。 小広場には2本の柱があり、それぞれ頂上にはサン・マルコの獅子の彫像と聖テオドーロの彫像が林立しています。

サン・マルコ広場と広場の聖マルコを象徴するライオン
Piazza San Marco in Venice, with St Mark's Campanile and Basilica in the background

ムーア人の時計塔 (Torre del'Orologio) 旧行政館側にある。
リアルト橋方面への出口の目印。

サン・マルコ広場の聖マルコを象徴するライオン

ムーア人(英: Moors)は、北西アフリカのイスラム教教徒の呼称。主にベルベル人を指して用いられる。ローマ時代に北西アフリカの住民(ベルベル人)をマウハリムと呼んだことに由来する。マウハリムはフェニキア人の言葉で「西国の人」を意味しています。

ムーア人の時計塔 (Torre del'Orologio) 旧行政館側にある。リアルト橋方面への出口の目印

ドゥカーレ宮殿 (Plazzo Ducale) の鐘楼 (Campanile di San Marco) 高さ約100m 
ワイン色のヴェネツィアングラスの街路灯

サン・マルコ広場のドゥカーレ宮殿 (Plazzo Ducale)

ドゥカーレ宮殿 (Plazzo Ducale) の鐘楼 (Campanile di San Marco) 高さ約100m ドゥカーレ宮殿 (Plazzo Ducale) の鐘楼 (Campanile di San Marco) 高さ約100m

ドゥカーレ宮殿 (Plazzo Ducale) の鐘楼 (Campanile di San Marco) の彫刻、不動明王風です。

サン・マルコ広場は時々水没をするそうです。訪問時は大丈夫。

ドゥカーレ宮殿 (Plazzo Ducale) の鐘楼 (Campanile di San Marco) は、サンマルコ広場のちょうど真中当りに位置しています。 当時ベネチア共和国総督が港の見張台として建設して1902年に1度倒壊、この鐘楼は1912年再建されたとか?時間がなく上れず。残念。ドゥカーレ宮殿 (Plazzo Ducale) は、総督邸兼政庁です。ため息橋で水路を隔てた牢獄と繋がっています。

△TOP

 サン・マルコ寺院

サン・マルコ寺院 黄金のモザイクが威厳を放つファサード

パラッツォ・ドゥカーレ正門
(紙の門)

イタリア・ベニスのサン・マルコ寺院南側にある 
the tetrarchs(4世紀の彫像)

パラッツォ・ドゥカーレ正門(紙の門) he tetrarchs(4世紀の彫像) ベニス 東ローマ帝国 ヴェネツィア テトラルキ

テトラルキ

サン・マルコ寺院(Basilica di San Marco)

サン・マルコ寺院

サン・マルコ寺院 聖アビリオ門

サン・マルコ寺院(Basilica di San Marco) サン・マルコ寺院(Basilica di San Marco) サン・マルコ寺院 聖アビリオ門

歴史的なものや綺麗さ大きさ以上に強力なパワースポット!サン・マルコ寺院のファサードに置かれた有名な4頭のブロンズの馬(複製)

サン・マルコ寺院 (Basilica di San Marco) は、11世紀に建てられたビザンティン建築(総督邸の礼拝堂が起源)です。サン・マルコ寺院は、福音記者マルコにささげられた、イタリアのヴェネト州の州都ヴェネツィアで最も有名な大聖堂です。 内部はみごとなモザイク画で装飾され、ビサンチン美術の影響が多く見られます。一番奥の主央祭壇の後ろには黄金の祭壇画「パラ・ドーロ(Pala d'Oro)」があり、聖人像が七宝や、黄金、無数にはめ込まれたの宝石によって描かれています。
■828年に 福音記者マルコの遺体を、エジプトのアレクサンドリアから運び、守護聖人としました。福音記者マルコ(イタリア語: San Marco Evangelista、英: Mark the Evangelist)は新約聖書の『マルコによる福音書』の著者とされる人物。
■福音書記者(ふくいんしょ・きしゃ、ドイツ語:Evangelist)とは、キリスト教の『新約聖書』に収められている四つの正典『福音書』の記者を指します。

サン・マルコ寺院(Basilica di San Marco)の内部 聖像壁

サン・マルコ寺院の内陣風景
クリプタ、聖像壁、主祭壇

サン・マルコ寺院 心廊と内陣
前にあるのが黄金の衝立

サン・マルコ寺院(Basilica di San Marco)の内部 サン・マルコ寺院 心廊と内陣

■リストランテ:イタリア語でレストランの意。一般的にトラットリア、ピッツェリア、オステリアに比べ高級で、コースで食事が供される(もちろん、リストランテとは名ばかりの店や、高級なトラットリアもある)。

サン・マルコ寺院 ファサード

サン・マルコ寺院

サン・マルコ寺院 

正門ファサード

サン・マルコ広場の
リストランテ

サン・マルコ寺院(Basilica di San Marco)

■サン・マルコ寺院はヴェネツィア随一の聖堂だが、他の多くの都市の中心的聖堂とは異なり、ヴェネツィア共和国時代はカトリック教会の司教座聖堂(ドゥオーモ)ではなく、公式には共和国総督の礼拝堂であった。これはヴェネツィア共和国のカトリック教会からの政治的独立性の象徴とされている。歴史的なものや綺麗さ大きさ以上に強力なパワースポット!ヒシヒシとパワーを感じます。

サン・マルコ寺院クーポラの内部

旅の仲間達と外人ガイド

サン・マルコ寺院

クーポラの絵画・天地創造

クーポラの内部 旅の仲間達と外人ガイド サン・マルコ聖堂内部の売店で販売のクーポラの絵画を表した切手風シール

サン・マルコ寺院内部の売店で販売の大クーポラの絵画を表した切手風シール(天地創造)

サン・マルコ聖堂内部の売店で販売のクーポラの絵画を表した切手風シール

絵葉書 20世紀初頭 往時のサン・マルコ大聖堂

絵葉書 20世紀初頭 往時のサン・マルコ広場

△TOP

 ゴンドラ(Gondola)

ゴンドラ (gondola)とは、ヴェネツィアの伝統的手漕ぎボートのことで、ゴンドラは何世紀にも渡って、ヴェネツィアでの主な交通手段であり続けた。現在も、カナル・グランデ(大水路)の岸と岸をつなぐ渡し船(トラゲット)として公共交通機関の役割を果たしている。 現在は殆ど観光用だそうです。 今では色も統一され殆どが黒色でした。 またゴンドリエーレ(船頭)さんが遊覧中はのべつ幕なし喋るか歌うかで煩い。

ヴェネツィア ゴンドラから見えるゲットー地区にある橋や家屋

ゴンドリエーレ(船頭)

ヴェネツィア ゲットー地区にある橋や家屋 ヴェネツィア ゲットー地区にある橋や家屋 ゴンドリエーレ(船頭)

ゴンドラは、舳先に向かって立つゴンドリエーレ(船頭)が、片方だけのオール(櫂)で、引くというより押す力によって推進する。一般に考えられているのとは違い、ゴンドラは海底を棒でつついて進んでいるわけではない。それにはヴェネツィアの海が深すぎるのである。

ゴンドラ出発地の船頭さん

ヴェネツィアの運河・ゴンドラ遊覧の様子 旅の仲間と一緒に

ゴンドラ出発地の船頭さん ヴェネツィア・ゴンドラ遊覧の様子 旅の仲間と一緒に

ゴンドラの乗船人数はこの位が精一杯、最初から最後まで口を開き話しや歌をしていた船頭さんも写っています

ゴンドラから見えた運河沿いの家々

オール(remo)は、オール留め(forcola)で留められている。オール留めは複雑な形をしており、オールを充てるポジションを変えることによって、ゆっくりした前進、速い前進、回転、減速、後進に対応できる。女性ならゴンドリエーラと言いう。

ヴェネツィアのゴンドラは船頭さん含め6人乗り 長さは6-7m
景色を見ての感想は、古い家が多いことと浸水は大丈夫?

バリア橋(Ponte.Paglia)から見た
「ため息橋(溜息の橋, Ponte dei Sospiri )」

ため息橋(溜息の橋, Ponte dei Sospiri ) ため息橋(溜息の橋, Ponte dei Sospiri )

ため息橋(溜息の橋, Ponte dei Sospiri )は、16世紀に架けられたヴェネツィアの橋の1つ。白の大理石で造られたこの橋には覆いがあり、石でできた格子の付いた窓が付けられている。Rio di Palazzoを渡り、ドゥカーレ宮殿(写真左手)の尋問室と古い牢獄(写真右手)を結んでいる。
地元の言い伝えによれば、恋人同士がこの橋の下で日没時にゴンドラに乗ってキスをすると永遠の愛が約束されるのだという。このため、橋の下の水路は、ゴンドラでヴェネツィアを観光する時の定番のコースとなっている。

絵葉書 20世紀初頭 往時のため息橋

ヴェネツィアのカナル・グランデの今にも浸水しそうな建物

ヴェネツィアのカナル・グランデのお洒落でカラフルな建物

カナル・グランデの今にも浸水しそうな建物
△TOP

 リアルト橋(Ponte di Rialto)

リアルト橋(Ponte di Rialto)は、ヴェネツィアのカナル・グランデに架かる4つの橋の一つ。「白い巨象」とも呼ばれています。
この橋の周辺は海抜が比較的高く洪水の被害も少ないため、ヴェネツィアでは最も早くこの周りに集落ができ商業の中心地となった。 最初は木製の跳ね橋で、銀行や商品取引所で賑わっていたため「富の橋」と呼ばれた。しかし、女公爵の結婚式の時、見物人の重みで崩壊したり、火災に遭ったりしたため、石造りの橋に変えようと提言され、1557年、ヴェネツィア共和国は橋の設計案を一般から募集した。 橋の上にはアーケードが作られ、商店が並んでいます。 ヨーロッパの橋としては珍しく、カナル・グランデを見晴らす欄干と花瓶型の手摺がついていました。

リアルト橋(ゴンドラから)

リアルト橋(ゴンドラから)

リアルト橋

リアルト橋の上から

リアルト橋(ゴンドラから) リアルト橋(ゴンドラから) リアルト橋の上から カナル・グランデ大運河 (Canal Grande)


ヴェネツィアのかっての賑わい
が髣髴としてきます。
カナル・グランデ大運河 (Canal Grande)を見晴らす

リアルト橋から
カナル・グランデを見晴らす

リアルト橋の上の
引っ切り無しの観光客

リアルト橋近くの仮面舞踏会の
仮面のお店

カナル・グランデ (Canal Grande) は、ヴェネツィアの運河。大運河の意で、そう訳されることもある。街を二分するようにS字形をしている。全長3800メートルにもおよぶ運河は、この町の象徴でもあり、美しいパレスやヴィラが立ち並びます。
仮面舞踏会(かめんぶとうかい)は、仮面をつけ身分素性を隠して行われる舞踏会のこと。マスカレード、マスカレイド(英語:masquerade)とも。ヴェネツィアが発祥。また音楽・文学ほか多数の作品に「仮面舞踏会」「マスカレード」という題名が付けられています。15世紀のルネサンス期のイタリアで、参加者が仮装して出席する公的な祭典が催されるようになった(イタリア語では maschera と呼ばれた)。これらは一般的に上流階級の成員のために行われる凝った舞踏会で、特にヴェネツィアでは、仮面をかぶって行われる「ヴェネツィアのカーニバル」の伝統と結びついたため人気を博したそうです。 仮面はヴェネツィアのそこかしこで販売してました。部屋の飾りに良いかな。

絵葉書 20世紀初頭 往時のリアルト橋

△TOP

 ヴェネツィアン・ガラスとヴェネツィアンレース

ベネチアン・グラスまたはヴェネツィアン・グラス(英語: Venetian glass; ヴィニーシャン・グラス、イタリア語: vetro di Murano; ヴェートロ・ディ・ムラーノ 「ムラーノ島のガラス」)は、イタリア北東部ヴェネト州の州都・ヴェネツィアで作られるガラス工芸品の地域ブランドです。

ヴェネツィアン・グラスの職人芸 高々数分で綺麗な馬の工芸品を作成しました。

シャンデリア

ヴェネツィアン・グラス シャンデリア


ヴェネツィアン・グラス

ヴェネツィアン・グラスの工芸品

■ムラーノ (Murano) は、イタリア北東部ヴェネツィア本島の北東、マラーニ (Marani) 運河に沿って位置する島、ヴェネツィアン・グラスの生産は世界中に有名。ヴェネツィアン・グラスはもはや芸術品の域です。

ヴェネツィアン・グラスは鉛を含まないソーダ石灰を使用する事が特徴で、コバルトやマンガンなどの鉱物を混ぜることで様々な色合いを表現することが出来る。 混ぜた鉱物により硬度が変化し、赤色のものが最も硬度が高い。 工芸品を持って、机に敲きつけても壊れないほどの強度があります。
割れないですね。

ヴェネツィアン・グラス

ヴェネツィアン・グラス

ヴェネツィアン・グラス

ヴェネツィアン・グラス 馬   ヴェネツィアン・グラス

ヴェネツィアン・グラスの工芸品(カップほか)

ヴェネツィアンレース (Venezianlace)の工芸品 ブラーノ島

ヴェネツィアンレース (Venezianlace) ヴェネツィアンレース (Venezianlace)

ブラーノ島のレースは少し高額

ヴェネツィアンレース (Venezianlace)は15〜16世紀のイタリア、ヴェネツィアを発祥として、ヨーロッパ各地に輸出されたレースの総称です。 ヴェネツィアはニードルレース(needlelace)発祥の地であり、ボビンレース(bobbinlace)の発展にも歴史的な役割を果たしてきた。 ヴェネツィア商人の交易が、ヨーロッパ全土にレース文化を広めた。 カットワークは、1540年代までにヴェネツィアの刺繍師たちにより発明された刺繍レースである 。高貴な人々の身を飾った最初のレースであり、ヘンリー8世 (イングランド王)の6番目の妃、キャサリン・パーの1545年の肖像画に描かれている。 16世紀のヴェネツィアでは、布の刺繍からレティセラ(reticella)(ポアン・クペ)やニードルレースが、飾り紐からパスマン(passement)(ブレードを組んで作ったレース)やボビンレースが発展した。 当初のヴェネツィアンレースは、これらレティセラやパスマンであり、幾何学模様を特徴としていた。レティセラはニードルレースではなく刺繍レースであった。これらのレースはヴェネツィア商人により各地に輸出された。

△TOP

 ヴェネツィアの街並みと建物

■ヴェネツィアでは、干潟に建物を建てるため、大量の丸太の杭を打ち込みそれを建物の土台とした。そのため、"ヴェネツィアを逆さまにすると森ができる"(地中に丸太が乱立するがごとく大量に打ち込まれたため)、と言われている。

ドージェ宮を含むヴェネツィアの綺麗な街並みと建築物

アドリア海の女王・ヴェネツィア(Venice)ドージェ宮を含むヴェネツィアの綺麗な街並みと建築物

大潮、気圧の変化、そしてアドリア海を南から吹く風「シロッコ(scirocco)」の3つの要因が重なると、「アックア・アルタ(acqua alta、高水の意)」と呼ばれる高潮がヴェネツィア湾で起こる。このとき、ヴェネツィアの街中まで水が入り込み、特に一番低い「サン・マルコ広場」は水没する(広場や道路には臨時の高床が組まれ、通行を確保する)。

   

更に今後の地球温暖化によって海面上昇が加速されることとなれば、将来ヴェネツィアの街全体がアドリア海に水没してしまうことが懸念されている。

リアルト橋から見たカナル・グランデのひしめき合った船や建物 MC(切手を貼った絵葉書)と一緒

ヴェネツィア街角のブロンズ像

リアルト橋から見たカナル・グランデのひしめき合った船や建物 ヴェネツィア街角のブロンズ像

ヴェネツィアの建物の風景 MC( 1972 UNESCO,Save Venice,Venezia,Venedig,3053,cards) ヴェネツィア救済

ヴェネツィアの建物の風景( 1972 UNESCO,Save Venice,Venezia,Venedig,3053,cards)  

ヴェネツィアの建物の風景 MC( 1972 UNESCO,Save Venice,Venezia,Venedig,3053,cards) ルーマニアの画家 Gheorghe Petrascu

ヴェネツィアの建物の風景( 1972 UNESCO,Save Venice,Venezia,Venedig,3053,cards)  
△TOP

 ヴェネツィアのお昼の食事・街角

ヴェネツィアの路地(幅1m位で京都の路地奥の老舗のイメージ) ごった返すレストランで昼食 イカ墨パスタ、海のもののフライ、ピザ

イカ墨パスタ、海のもののフライ、ピザ ヴェネツィア イカ墨パスタ、海のもののフライ、ピザ ヴェネツィア

イカ墨は曲者です。イカ墨の色素成分はメラニン(ユーメラニン)です。翌日の便も真っ黒。汚い話で御免なさい。中世のヴェネツィアではペスト(黒死病)に対する薬効があるとされ、好んで食べられた。 なお、イカスミを摂取した後は便が黒くタール状になり、また便潜血検査も陽性になるため消化管出血と間違われ易い。便の検査を受けるまえの数日間の摂取で、検査結果が誤って出る恐れがあります。お気をつけ下さい。

レストラン近くのお洒落なランタン

ごった返すレストラン入口

レストラン近くのお洒落なランタン ヴェネツィア ごった返すレストラン入口

レストランのリアルな性別表示
笑えました

レストラン近くのお洒落なランタン
ヴェネツィアングラス

ヴェベツィアのお洒落な路地

食後のデザート(ジェラート)

ヴェネツィア レストランのリアルな性別表示 笑えました レストラン近くのお洒落なランタン ヴェネツィアングラス ヴェベツィアのお洒落な路地 ヴェベツィア 食後のデザート(ジェラート)
△TOP

 ヴェネツィアのホテルと食事

ホテル アントニー パレス

ホテル アントニー パレスの部屋の中の様子

ワイン ソアーヴェ (Soave) 白

ワイン ソアーヴェ (Soave) 白

ブドウの自然アルコール度数 9.5% 、ワインの最低アルコール度数 10.5%

ホテルの朝食 肉系が多い

ホテル アントニー パレス入口の珍しい岩石

ヴェネツィアのホテルの朝食 肉系が多い

ホテル アントニー パレス (Hotel Antony Palace)Via Mattei 26, Marcon, 30020 イタリア
0120-998-705 (通話無料) +81-3-5539-2751 (海外から)
ホテルは可もなく不可もなく
ヴェネツィアから10km程度

ソアーヴェ (Soave) は、イタリア・ヴェネト州のソアーヴェ村とその周辺などで生産される白ワインである。イタリア原産地呼称制度(DOC)下に指定されている41銘柄のひとつ。この地域固有のぶどう品種であるガルガーネガ種単独か、それにトレッビアーノ・ディ・ソアーヴェ種をブレンドして作られており、軽い辛口のさっぱりした味わいを特徴とする白ワインである。大量に生産されているテーブルワインであり、現地でのボトル価格は日本円で100円程度からと安価なものが大半である。産地名である「ソアーヴェ」には、イタリア語で「気持ちいい」という意味もある。 お気に入りのワインです。 レチョート・ディ・ソアーヴェ (Reccioto di Soave) は、収穫したぶどうをいったん陰干ししてから醸造するもので、貴腐ワインによく似た独特の香りと、強い甘みを持ったデザートワイン。 

ヴェネツィアン・グラスの工芸品

仮面舞踏会の仮面
豪華な仮面 お洒落ですね

ホテル アントニー パレス近くの豪華なお宅

プラハ・サーカスが来ていた様で広告が路上に

ヴェネツィアン・グラスの工芸品 仮面舞踏会の仮面 ヴェネツィア お洒落 <p>プラハ・サーカスが来ていた様で広告が路上に</p>

Tourism has been a major sector of Venetian industry since the 18th century, when it was a major center for the grand tour, due to its beautiful cityscape, uniqueness, and rich musical and artistic cultural heritage. In the 19th century, it became a fashionable centre for the rich and famous, often staying or dining at luxury establishments such as the Danieli Hotel and the Caffe Florian. It continued being a fashionable city in vogue right into the early 20th century. In the 1980s, the Carnival of Venice was revived and the city has become a major centre of international conferences and festivals, such as the prestigious Venice Biennale and the Venice Film Festival, which attract visitors from all over the world for their theatrical, cultural, cinematic, artistic, and musical productions.

△TOP

 ヴェネツィア関連の切手とヴェネツィア派の絵画

■ヴェネツィアのラグーンに本土の住民が移ってきた。彼らは、潟の泥に杭をたくさん打ち込みその上に家を建てた。それがやがて海に浮かぶ迷宮都市へと発展する。オリエントとの貿易で巨万の富を得た海洋国家、その象徴は総督。総督の末裔の別荘も撮影。また地球環境の変化とともに年々増加するアックア・アルタという高潮の様子も撮影に成功。海水があふれ、サンマルコ広場を美しい池に変えてしまう。 下の切手は水没したサン・マルコ広場の様子です。

ヴェネツィア救済
ヴェネツィア救済 世界遺産

世界遺産 サン・マルコ寺院(Basilica di San Marco、サンマリノ)

嵐にあうサン・マルコ寺院(12世紀のモザイク画)、サン・マルコ寺院の絵画、ヴェニスの地図(バチカン市国、1972年)

サン・マルコ寺院(Basilica di San Marco) 嵐にあうサン・マルコ(12世紀のモザイク画)、サン・マルコ寺院の絵画、ヴェニスの地図。

■サン・マルコとは福音書記者マルコ(イタリア語: San Marco Evangelista、英: Mark the Evangelist)の意味です。マルコは新約聖書の『マルコによる福音書』の著者とされる人物。またマルコは伝承によればアレクサンドリアの教会の創建者であり、正教会(ギリシャ正教)とコプト正教会(非カルケドン派)の両派で初代アレクサンドリア総主教とされています。 マルコおよび『マルコの福音書』はしばしばライオンのシンボルであらわされる。 828年、十字軍はアレクサンドリアにあったマルコの聖遺物(ないしそうみなされていたもの)を奪い、ヴェネツィア共和国(現イタリアのヴェネツィア)に運んだ。そして聖マルコはヴェネツィアの守護聖人となった。 ヴェネツィアの国旗は聖マルコを指す聖書を持った有翼の金のライオンであり、ヴェネツィアの大聖堂はサン・マルコ大聖堂と名づけられている。 その前のサン・マルコ広場をはじめとして、ヴェネツィア共和国の勢力の及んだ各地には今も有翼のライオン像が残っている。
福音書記者(ふくいんしょ・きしゃ、ドイツ語:Evangelist)とは、キリスト教の『新約聖書』に収められている四つの正典『福音書』の記者を指します。

アルジェリアで発行されたヴェネツィア救済 ため息橋

アルジェリアで発行されたヴェネツィア救済 ため息橋

聖会話とペーザロ家の寄進者たち(ペーザロ家祭壇画)(Sacra conversazione con i donatori Pesaro (PalaPesaro))ティツィアーノ
サンタ・マリア・グロリオーサ・ディ・フラーリ聖堂

『ピエタ(Pieta)』 キリストと聖母マリア
ティツィアーノ アカデミア美術館(ヴェネツィア)

聖会話とペーザロ家の寄進者たち(ペーザロ家祭壇画)(Sacra conversazione con i donatori Pesaro ) 『ピエタ(Pieta)』

■サンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ聖堂 (Basilica di Santa Maria Gloriosa dei Frari)は、通常フラーリと縮めて呼ばれる、ヴェネツィアにあるカトリック教会のバシリカ。サン・ポーロ地区の心臓部カンポ・デイ・フラーリに建つ。教会は『聖母の被昇天』(Assunzione della Beata Vergine)に献堂された。 1250年、フランチェスコ会は教会を建てるべく土地を譲渡された。しかし建物は1338年まで完成しなかった。完成後ほとんどすぐに、より大きな後継者である現在の教会が1世紀で建てられた。鐘楼(カンパニエーレ)は、1396年に完成したサン・マルコ寺院の次にヴェネツィアで2番目に高い。


■ヴェネツィアは、黄金のモザイクが威厳を放つサン・マルコ大聖堂、ドゥカーレ宮殿や鐘楼のあるサン・マルコ広場、溜息の橋、ヴェネツィア派絵画の多いアカデミア美術館、大運河沿いの館カ・ドーロやリアルト橋、サンティッシマ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会やサンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会他、街並みすべてが見所といえるでしょう。運河をゴンドラが行き交うそのロマンチックで美しい姿は世界中の観光客の旅情を誘います。また、仮面が印象的なカーニヴァルや歴史的レガッタ、映画祭、ビエンナーレ等のイベントも世界的に有名です。
■(参考)『ヴェニスの商人』(ヴェニスのしょうにん、The Merchant of Venice)はウィリアム・シェイクスピアの喜劇用の戯曲で、1594年から1597年の間に書かれたとされている。『ベニスの商人』とも記される。中世イタリアのヴェネツィア共和国と架空の都市ベルモントを舞台に繰り広げられる商取引と恋の喜劇で、ユダヤ人の金貸しシャイロックが金を貸す際に取った、人命にかかわる内容の証文が現実になったことによって起こる裁判と、ベルモントの美しい貴婦人を射止めんとする若者の話を基軸としています。

 美術関係のページのサイト内リンク

■巨匠の絵画切手 [ ボッティチェッリダ・ヴィンチラファエロミケランジェロデューラーティツィアーノルーベンスベラスケスアングルエル・グレコレンブラントカラヴァッジオフェルメールダイクドラクロワゴヤ|ゴッホ(no.1|no.2)|ルノアールマネとモネセザンヌゴーギャンマチスピカソダリ葛飾北斎安藤広重クリムトシャガールモディリアーニミュシャ ]

■美術・工芸切手の索引 [ トップ先史代中世|ルネサンス ( ア行〜タ行ナ行〜ワ行その他 )|バロックロココロマン派とアカデミック絵画写実主義印象派象徴主義、耽美主義近代絵画日本|ポップ(モダン)|故宮博物館(絵画文物)|メトロポリタン美術館プラハ美術館世界の美術工芸品仏教美術デザインキリスト教絵画の見方 ]

ANAの旅行サイト【ANA SKY WEB TOUR】   カウンター
 

イタリア共和国(Repubblica Italiana) 世界遺産 アドリア海の女王・ヴェネツィア(Venice、ベニス)