西洋美術切手 ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ(Michelangelo Merisi da Caravaggio)
ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ(Michelangelo Merisi da Caravaggio、1571年 - 1610年)は、ミラノの有力者スフォルツァに仕える父フェルモ・メリージと、母ルチア・アラトーリの子として誕生し、ミケランジェロ・メリージと名付けられました。 カラヴァッジオ(カラヴァッジョ) は、後年故郷に因んで名乗った通称です。 徒弟時代をミラノで過ごしたカラヴァッジョは、当時世界の文化の中心地となりつつあったローマへと旅立ち、ここで創作意欲の赴くままに制作を始めました。 自らの意志に忠実であったカラヴァッジョは、制作の依頼に対しても世俗的な要素を採り入れた独自の解釈で取り組んだため、時にはこれらの作品が伝統や品位を欠いているという理由によって、依頼主から受け取りを拒否されることもありました。カラヴァッジョにはこのようなエピソードが数多く残されています。 華やかなルネサンス文化が終焉した時代に、徹底した写実描写、劇的な明暗対比や感情表現によって、バロックという絵画革命を起こした天才。
アルテミジア・ジェンティレスキ Artemisia Gentileschi (1593-1652)は弟子です。 索引 [ カラヴァッジオ|ジェンティレスキ ]
■巨匠の絵画切手 [ ボッティチェッリ|ダ・ヴィンチ|ラファエロ|ミケランジェロ|デューラー|ティツィアーノ|ルーベンス|ベラスケス|アングル|エル・グレコ|レンブラント|カラヴァッジオ|フェルメール|ダイク|ドラクロワ|ゴヤ|ゴッホ(no.1|no.2)|ルノワール|マネとモネ|セザンヌ|ゴーギャン|マチス|ピカソ|ダリ|葛飾北斎|安藤広重|クリムト|シャガール|モディリアーニ|ミュシャ ] |
|||
◎カラヴァッジョは1571年にミラノで三人兄弟の長男として生まれた。両親はミラノ近郊のカラヴァッジョ村の住人で、父親が1577年に流行したペストで亡くなると、家族は故郷に戻り、カラヴァッジョ自身も幼少から青年期をそこで過ごしたためこの通称となった。父フェルモ・メリージはカラヴァッジョ公爵家の執事で、カラヴァッジョ村にそこそこの土地資産を持っており、スフォルツァ家とも人脈を持っていた。なお、母親は1584年に亡くなっている。 |
|||
カラヴァッジオ |
カラヴァッジョの自画像 |
『果物籠を持つ少年』 |
『果物籠を持つ少年』 |
ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ(オッタヴィオ・レオニ画) |
ボルゲーゼ美術館 |
||
■『エマオの晩餐(Cena in Emmaus)』は、復活の日に二人の弟子がエマオに向かう道中に主(イエス)と出会い、主(イエス)だと気付かぬまま夕食を共にするも、食卓でパンを分け祝福する姿から主(イエス)であることに気付く場面を描いた≪エマオの晩餐≫で、初期作品の特徴である食卓の果物の写実的な描写や、正確な光源による光の色彩、迫真性を増す人物表現など画家の才能が余すところなく示されている。 |
|||
『キリストの捕縛』1602 カラヴァッジオ |
^『悔悛するマグダラのマリア』 カラヴァッジオ |
||
『キリストの捕縛』1602 |
カラヴァッジオ |
||
『キリストの埋葬』1603c カラヴァッジオ バチカン絵画館 |
|||
『慈悲の七つのおこない』 |
『洗礼者聖ヨハネ』 |
カラヴァッジョ 『イサクの犠牲』1602 |
|
■カラヴァッジョの全作品中、最も複雑な構図で描かれた傑作『慈悲の七つのおこない』。殺人罪によりナポリへと逃亡したカラヴァッジョが同地でピオ・モンテ・デラ・ミゼリコルディア同信会の依頼により制作された本作は≪マタイ福音書≫に由来する≪慈悲の七つのおこない≫を主題に描かれたもので、各場面をひとつの場面の中に配するという極めて斬新な構図が取られている。各場面は複雑に交錯しながらも、カラヴァッジョの自然主義的写実性で描写された誇張されない事象は明確に表現されており、わずか数ヶ月の滞在中に、圧倒的な知性と創造力によって描かれた本作は、バッティスチッロやフセペ・デ・リベーラなどナポリ派の画家たちに多大な影響を与えた。また『慈悲の七つのおこない』は、右部の≪死者の埋葬≫と≪囚人の慰問、食物の施与≫、中央の≪衣服の施与≫、左部の≪病気の治癒≫、≪巡礼者の歓待≫、≪飲物の施与≫と構成されている。 |
|||
カラヴァッジョ 『エジプトへの逃避途上の休息』、『女占い師』ルーブル美術館、『音楽家たち』メトロポリタン美術館、『マグダラのマリアの回心』デトロイト美術研究所 |
カラヴァッジョ 『慈悲の七つの行い』、『ダマスカスへの途中での回心』、『ダヴィデとゴリアテ』、『羊飼いの礼拝』、『聖母の死』ルーブル美術館 ほか |
||
■『執筆する聖ヒエロニムス』。ローマのボルゲーゼ美術館に所蔵される本作の主題は、ラテン教会四大博士のひとりで、ローマで神道を学んだ後19歳で洗礼を受け、シリアの砂漠で数年間隠修生活をおくり数々の誘惑に打ち勝ったほか、聖パウラを弟子にしウルガタ聖書の翻訳をおこなった聖人≪聖ヒエロニムス≫を描いたもの。 カラヴァッジョ。 |
|||
『執筆する聖ヒエロニムス』ボルゲーゼ美術館 カラヴァッジオ |
『聖トマスの懐疑』 カラヴァッジオ サンスーシ宮殿、ポツダム |
||
『エマオの晩餐』、『Ecce Homo』、『勝利のキューピッド、アモルの勝利』、『円柱のキリスト』 カラヴァッジオ |
|||
◎1592年、カラヴァッジョはローマに移り、1595年頃にフランチェスコ・マリア・デル・モンテ枢機卿にその才能を見いだされ、画家として一本立ちする。彼の描いた革新的な宗教画は教会において物議をかもしたが、裕福な人々は彼の作品の劇的な構成力を評価し、独創性を認めた。この時期のカラヴァッジョの代表作は『聖母の死』、『聖マタイの殉教』などである。この時期に既にカラヴァッジオは彼の特徴である画面の明暗の差が激しい作風を確立している。また人物モデルに当時のローマの市井の人々を起用し、目に見えるものを見たまま画布に細密に描くという徹底したリアリズム表現を行った。 |
|||
『勝利のキューピッド、アモルの勝利 (Amore vittorioso)』 |
『聖ペテロの磔刑 (Crocifissione di San Pietro)』、『ホロフェルネスの首を斬るユディト』、『トランプ詐欺師 (Bari)』 カラヴァッジオ |
||
■カラヴァッジョ最大の傑作のひとつ『アモルの勝利』は、ジュスティアーニ侯爵の依頼により制作された本作は、俗世間を軽蔑し勝ち誇る笑みを浮かべる愛の神アモル(キューピッド)を描いたもので、死や時間に縛られるが故に一時の享楽に溺れる人間全てに対する軽蔑の眼差しと笑みを浮かべた自由な愛の神の表現は、見る者の心象を大きく揺さ振り動揺させる。 ベルリン国立美術館。 |
|||
■『ホロフェルネスの首を斬るユディト』。カラヴァッジョ自身の持つ暴力性と残虐性によって表現される本作は、軍を率いてベツリアの街を侵攻する将軍ホロフェルネスを殺害するため、美しい未亡人であったユディットが将軍ホロフェルネスに近づき、泥酔したところを剣で斬首する架空の物語≪ホロフェルネスの首を斬るユディト≫を典拠として描かれており、その類稀な暴力性と残虐性によって、17世紀に活躍した女流画家アルテミジア・ジェンティレスキなど、幾多の画家に多大な影響とインスピレーションを与えた。 |
|||
『執筆する聖ヒエロニムス』 |
『洗礼者聖ヨハネの斬首 (Decollazione del Battista)』(マルタ) |
『エマオの晩餐』(1992年) |
|
カラヴァッジョ最大の傑作『洗礼者聖ヨハネの斬首』。『執筆する聖ヒエロニムス』(マルタ島の聖ヨハネ大聖堂付属美術館)、『洗礼者聖ヨハネの斬首』(同大聖堂付属祈祷所の祭壇画)。サロメの望みによりヨハネは斬首された。 |
|||
『エジプトへの逃避途上の休息』(1594-1596年頃 ローマ、ドーリア・パンフィーリ美術館) カラヴァッジョ、サンマリノ クリックで拡大 |
ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ『エマオの晩餐』 |
『果物籠を持つ少年』(パラグアイ) |
|
|
|||
■『エジプトへの逃避途上の休息』(1594-1596年頃 ローマ、ドーリア・パンフィーリ美術館) カラヴァッジョは、徹底した写実性と劇的な明暗対比や感情表現など、特に宗教画においては品位に欠けるとして非難を浴びることも多かったが、カラヴァッジョ初期の代表的な宗教画であるこの作品は、ヴェネツィア派の影響を思わせる豊かな色彩や崇高に描かれた聖家族、音楽を奏でる天使の後ろ姿など、強烈すぎる表現が特徴のカラバッジョの他の作品とは一線を画すような優美でメランコリックな趣をみせている。 |
|||
『エマオの晩餐』、『女占い師(ジプシー女) (Buona ventura (La zingara))』ルーヴル美術館 『病める少年バッコス (Bacchio
malato)』 |
『洗礼者聖ヨハネの斬首 (Decollazione del Battista)』、『ホロフェルネスの首を斬るユディト(Santa Caterina d'Alessamdria)』 ローマ国立美術館、『イサクの犠牲 (Sacrificio d'Isacco)』ウフィツィ美術館、『メドゥーサの首(自画像)』 カラヴァッジオ |
||
◎カラヴァッジョは、1599年 7月23日、サン・ルイジ・デイ・フランチェージ聖堂コンタレッリ礼拝堂に『聖マタイの召命』と『聖マタイの殉教』の制作を依頼される(1600年完成)。この作品の成功により名声が一挙に広まる。
1606年、35歳の時に喧嘩で一人の男と決闘、相手を刺し殺しローマから逃亡。殺人犯として追われる身となったが、逃亡先のマルタ共和国で『洗礼者聖ヨハネの斬首』を描き、これが認められ教皇より免罪される。しかし一年も経たずして再度些細なことで決闘し投獄される。一度は脱走を試みるも、数日後に逮捕、同作品の目前で斬首刑を宣告される。 |
『リュートを弾く若者』1596c メトロポリタン美術館 カラヴァッジオ |
||
『音楽家たち (The Musicians)』(1595 - 96年)|ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ(Michelangelo Merisi da Caravaggio) |
『リュートを弾く若者』1596c メトロポリタン美術館 カラヴァッジオ |
||
カラヴァッジョ 『キリスト降架』若しくは『キリストの埋葬 (Deposizione nel sepolcro) 』 バチカン博物館・絵画館 クリックで拡大 |
カラヴァッジョ 『キリスト降架』若しくは『キリストの埋葬 (Deposizione nel sepolcro) 』 バチカン発行 |
||
カラヴァッジョの最も有名な作品のひとつ『キリストの埋葬』((Deposizione nel sepolcro) 1600年)。元々サンタ・マリア・イン・ヴァリチェッラ聖堂内礼拝堂のために描かれ、現在はバチカン絵画館に所蔵される本作の主題は、磔刑に処され死したイエスの肉体を、ゴルゴダの丘の麓の小さな園に岩を掘らせて建てた墓へ埋葬する場面≪キリストの埋葬≫を描いたもので、カラヴァッジョのローマ滞在での作風の変化が示されている。 |
|||
『女占い師 1597c』ルーブル美術館 の一部 カラヴァッジオ |
『洗礼者ヨハネ』1610c ボルゲーゼ美術館 ほか カラヴァッジオ |
||
△TOP | |||
■アルテミジア・ジェンティレスキ(Artemisia Lomi Gentileschi 、1593年7月8日 - 1653年)は17世紀イタリア、カラヴァッジオ派の女性画家。画家としてのその業績の偉大さにも関わらず女性であることで、20世紀後半までその名を広く知られることがなかったこと、その生涯においてレイプ事件の被害を訴訟した公文書が残ることなどから、ジェンダー研究の対象としても知られる。アルテミジアは1593年7月8日、ローマに画家であるオラツィオ・ジェンティレスキ(1563-1639)の第一子として生まれた。アルテミジア・ジェンティレスキ
(女流画家) |
|||
オラツィオ・ジェンティレスキ |
『窓辺でリュートを弾く女』 |
『窓辺でリュートを弾く女』 |
|
バチカン絵画館 拡大 |
■『窓辺でリュートを弾く女』と一応そのタイトルにしましたが『リュートを調弦する女』ともよばれています。 |
||
アルテミジア・ジェンティレスキの絵画 『自画像』 |
アルテミジアは父よりデッサン、色彩、明暗法などを習得、父の技巧を継承した。父の画法は、カラヴァッジオ派の画風を明瞭に伝えるものであったので、彼女も深くその影響をうけた。初期の作品に Susanna e i Vecchioni『水浴のスザンナと老人たち』がある。アルテミジア・ジェンティレスキ ホロフェルネスの首を斬るユーディットアルテミジアはそのあり余る才能にも拘らず、女性であるが故に美術のアカデミズムと接触することは決して叶わなかった。また、学者のガリレオ・ガリレイとの手紙のやりとりも現存している。フィレンツェにおいては Allegoria dell'Inclinazione、La conversione della Maddalena(ピッティ宮所蔵)などの作品を残した。 |
||
■Gentileschi's best works(最高傑作) are ”Saints Cecilia and Valerian”(聖人セシリアとバレリアン
), in the Galleria Borghese of Rome; ”David after the death of Goliath
"(c. 1610), in the Palazzo Doria, Genoa; and some works in the royal
palace, Turin, noticeable for vivid and uncommon coloring. The Annunciation
(1623), painted in Genoa and now in the Galleria Sabauda of Turin, is considered
by several authorities his masterpiece. Its plenty of graceful details,
as well as the total absence of the earlier chiaroscuro, show the lessening
of Caravaggio's influence at the time. |
Esther before Ahasuerus|メトロポリタン美術館 |
||
その他美術関係の切手・写真(切手が主体) |
|||
■美術・工芸切手・写真の索引 [ トップ|先史代|中世|ルネサンス ( ア行〜タ行、ナ行〜ワ行、その他 )|バロック|ロココ|ロマン派、新古典主義とアカデミック絵画|写実主義|印象派|象徴主義、耽美主義|近代絵画|日本(画家|作品)|ポップ(モダン)|故宮博物館(絵画|文物)|ルーヴル美術館|メトロポリタン美術館|プラハ美術館|ウフィツィ美術館とアカデミア美術館|バチカン美術館|世界の美術工芸品|仏教美術|デザイン|キリスト教絵画の見方|美術用語集(備忘録) ] |
|||
掲載のバロック絵画と17-18世紀の風俗画の主要な画家一覧: |
|||
■イタリア特別編 [ イタリアのトップ|ミラノ|ヴェローナ|ヴェネツィア|フィレンツェ、ウフィツィ美術館とアカデミア美術館|ローマ| |
|||
バロックの絵画 ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ(Michelangelo Merisi da Caravaggio) |
|||