名張市|箕曲・百合が丘・青蓮寺地区 |
はじめに
この地区は、弥生期の遺跡や古墳群が多く、壬申の乱で有名な隠駅家(なばりのうまや)がある。
・中村(箕曲中村)は名張川の中流で、支流の宇田川との合流地点付近の東側に位置する。川沿いの平地から丘陵地にかけての地である。 この地には弥生期の遺跡がある。古墳群もある。 古代から夏見郷の中村であったが、昭和29年に名張市が誕生した時、美旗の中村と区別するために、箕曲中村と言われるようになった。
・瀬古口は名張川中流の左岸で、支流の宇田川が合流する地点付近に位置する。箕曲中村の対岸にある。 古代は、大和から伊勢に行くのに宇田川の右岸沿いを東へ歩き、この瀬古口で名張川を越えて対岸の中村に渡り、柳瀬にある駅家(うまや)へと向った。
・青蓮寺は、名張川支流の青蓮寺川左岸の山間部に位置する。 地内には古墳期の遺跡があり、古墳も群在する。戦後、青蓮寺ダムが完成し、周辺にぶどう畑が広がり、現在は関西でも有数の観光ぶどう園となっている。
・中知山は、名張川上流と青蓮寺川との間の山間部に位置する。 江戸期に長瀬の農家が入植して開かれた新しい集落である。
2020年現在は、コロナが蔓延している状況で、写真や情報は2020年以前のものです。
ご注意)画像の無断転用はお断りします。
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青蓮寺 青蓮寺ダムと青蓮寺湖
■青蓮寺ダムは建設省からの継承事業ではなく、水資源公団が実施計画調査から手掛けた事業第1号のダムとして1964年(昭和39年)から建設が開始され、1970年(昭和45年)に完成した。 青蓮寺川に建設された青蓮寺ダムは奇勝香落渓の玄関口にあり、春の桜や秋の紅葉など四季折々に美しい姿を湖面に映しだしています。また、周辺環境整備により、テニス、バードウォッチング、ブラックバス釣り等も楽しめます。 青蓮寺湖畔に広がる果樹園では天候に関係なく、家族連れやグループで、ぶどう狩り・いちご狩りを楽しめます。(駅や電車の中の広告が近畿一円に掲載されています。)
★名張川(なばりがわ)は、木津川水系の支流で奈良県・三重県・京都府の県境付近を流れる一級河川。 奈良県内では五月川と呼ばれる。 奈良県宇陀郡御杖村の高見山地三峰山北麓に発し、程なく奈良県から三重県に入って北流。 比奈知ダム付近で西流に転じ、名張市街で青蓮寺川・宇陀川を相次いで併せる。 市街地西部で大きく蛇行した名張川は渓谷を刻み、再び奈良県に入ったり、奈良・三重県境となったりを繰り返す。 奈良市月ヶ瀬付近から、高山ダムが迫るため川面が谷全体に広がり出し、そのまま京都府に入る。 高山ダムを過ぎるとすぐ、木津川に合流する。
青蓮寺川と三ヶ村井堰
■青蓮寺川(別名:曽爾川、流入先 〜名張川〜木津川〜淀川 ☆淀川水系一級河川)
奈良県宇陀郡御杖村南境の土屋原の請取峠付近に発する諸流を集め北流、奈良県宇陀郡御杖村西部・奈良県宇陀郡曽爾村中央部・三重県名張市南部の山峡を蛇行しながら流れ、名張市夏見で名張川左岸に注ぐ。 一級河川の起点は奈良県宇陀郡御杖村のタコラ川合流点。 平野に出る直前の名張市青蓮寺に青蓮寺ダムがあり、山峡に長大な青蓮寺湖を成す。 中流に峡谷を刻み、香落渓・奥香落渓(こおちだに・おくこうちだに)と称し景勝地となっている。
★三ヶ村井堰 (青蓮寺川左岸(名張市) 農業用水)は、名張市春日丘団地(青蓮寺川右岸)入口付近にあります。 灌漑用水として利用したのちは名張川に流入します。
三ヶ村井堰 |
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★井堰(いせき)の最初は、付近の木や石で川を堰き止めたものなどこわれ易いつくりだったので、流量の小さい渓流や小支流にしかつくることができなかった。しかし水田が増えて必要な用水量が増加すると、堰上げ期間も長くなり、堰を設ける河川の規模も大きくならざるを得なくなる。簡単な堰を築いては洪水のたびに流失や埋没のために再建する、そんな過程を数限りなく長年にわたってくり返したのち、各地に大きな河川を堰き止める大規模で堅固かつ恒久的な井堰が出現した。技術の進歩した近世以降のことである。
青蓮寺 香落渓
■香落渓(こおちだに、 Kaochidani Valley , Nabari City)は、名張川の支流・青蓮寺川に沿う香落渓は、関西の耶馬渓と呼ばれる渓谷で、まるで斧で断ち割ったかのような柱状節理の
岩肌が約8kmに渡って続いています。中でも天狗柱岩・屏風岩などの眺めは素晴らしく、その雄大な光景は自然の造形美を楽しませてくれます。蓮寺川上流に展開する、室生火山群の活動がつくりだした雄大な渓谷で、断崖や奇岩が連続する柱状節理の岩壁が、川に沿って8kmくらい続く。紅葉の名所としても有名。
室生赤目青山国定公園の指定区域。
Kaochidani Valley (香落渓), Nabari City : The Kaochidani Valley of the Shorenji River, a tributary of the Nabari River, has rock walls shaped like pillars split by an axe and which extend for about 8km. This majestic scenery lets you enjoy the beauty created by nature. In spring, Japanese yellow roses and azaleas bloom in vivid color, and in autumn, the foliage covers Kaodachi Valley and makes the entire mountain appear to be on fire.
名張の奥座敷 青蓮寺川の上流に 香落渓 |
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晩秋の香落渓 |
晩秋の香落渓 |
青蓮寺川の紅葉 |
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紅葉谷 |
青蓮寺川の紅葉 |
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青蓮寺川の紅葉 |
赤目滝近道 |
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★私の住まいからは青蓮寺湖(ブラックバス釣大会やマラソンが最近行われている)の奥であり、本当に直そこにこんな景色があります。写真の下は川でもみじの頃はそれは賑わっています。 一帯を構成するのは室生火山群にて1500万年前に起こった火山の噴火によって堆積した安山岩であり、それが幾年もの歳月を掛けて侵食され続けたことで今日の景観が形作られた。
★柱状節理(columnar joint)は、岩体が柱状になった節理。六角柱状のものが多いが、五角柱状や四角柱状のものもある。玄武岩質の岩石によく見られ、マグマの冷却面と垂直に発達する。
青蓮寺 地蔵院青蓮寺
■名張市青蓮寺の地蔵院青蓮寺(真言宗醍醐派の寺院。正式名は、「多宝山地蔵院青蓮寺(たほうざんじぞういんしょうれんじ)」)です。 所在地は、〒518-0443三重県名張市青蓮寺327。 伊賀四国八十八ヶ所第四十八番霊場ならびに三重四国八十八ヶ所番外の寺。 十七世一弘大僧正(前住職)を輩出した古寺でもある。 同寺院の歴史は、今から約1200年前、真言宗の開祖である弘法大師空海が近隣の室生寺から現在の青蓮寺地区入り教えを広め、その後、地域住民が力を合わせて寺を作り上げたのが起源とされる。 その後、室町時代に青木信定によって、青蓮寺城(伊賀青蓮寺城)が築かれたため、寺院は広大な敷地を持つ。 弘法大師空海が青蓮寺で「青い蓮が咲き開く風景を見た」という言い伝えから、8月には寺院内に120以上の様々な蓮の花が咲き乱れる。中には、貴重な1951年に千葉県で発見された弥生時代の蓮である、「大賀ハス」もあり、多くの観光客が訪れる。
地蔵院青蓮寺 |
地蔵院青蓮寺・山門の |
地蔵院青蓮寺の鐘楼 |
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■自宅近所の名張市青蓮寺の地蔵院青蓮寺の蓮の花(2009年8月6日撮影) |
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右の森が青木城 |
多宝山 青木城 |
青木城への入口階段 |
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■青木城は、地蔵院青蓮寺の裏手にあたり、天正9(1581)年、天正伊賀の乱で織田軍の攻撃を受けて落城。 青木氏は宇喜多と改姓し、赤目の瀧野城(柏原城)に逃走して最後の抵抗を試みている。 また、青木氏の城ではなく青蓮寺新兵衛の城という説もある。 青蓮寺城は、築城年代は定かではない。 寺の裏手から公園へと遊歩道を進むと高さ8m程の土塁がまず目に飛び込んでくる。「コ」の字型に土塁と空堀が残っていて、南側にもかつては土塁も空堀もあったのだろが、ここは地蔵院となり今はない。
青蓮寺 國津神社と首切り地蔵
中知山 八柱神社と弁天堂
■八柱神社 由緒碑 古くは伊賀国名張郡大字中知山村として開村以来、集落の高所に鎮座まします村社八柱神社(やはしらじんじゃ)の祭神は五男三女神(ごなんさんにょのかみ)を始めとする後記の神々をお祀りし、時を経て、明治十年十月十六日本殿を建立し、現在に至っています。
古くは伊賀国名張郡大字中知山村として開村以来、集落の高所に鎮座ま明治四十一年官許をもって積田神社(せきたじんじゃ)に合祀された。 八柱神社に上る際に、近寄るなの合図かキーンという大きな金属音が幾度も響いた。 本殿の奥の林を見ると何やら大きなものが動いていた。 鹿かも知れない。 そういえば階段には多数の鹿の糞があった。
八柱神社 鳥居 急で相当な階段 / 由緒書き |
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八柱神社 手水所 |
八柱神社 拝殿 |
八柱神社 本殿 |
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■弁天堂 八柱神社の右隣にある。山に分け入る前には弁天社があった。 人の気配がないので、詳細は不明。
弁天堂の鐘楼? |
正面の山が八柱神社 |
弁天堂 |
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★中知山は、名張川上流と青蓮寺川との間の山間部に位置する。 江戸期に長瀬の農家が入植して開かれた新しい集落。
中知山 市杵島姫神社
■ダムを通過して、赤い橋(弁天橋)と青い橋(青蓮寺橋)との間に小さな神社があります。青蓮寺ダムを作るときに湖底に沈むことから移設したとありました。
市杵島姫命(イチキシマヒメ)は、天照大神と須佐之男命が誓約(うけい)をした際、須佐之男命の剣から生まれた三女神のなかの一人です。 市杵島姫命と七福神の一人「弁財天」が神仏融合した例も多く、こちらの神社も「弁財天」と合わせて祭神としています。
市杵島姫命社 石碑 |
市杵島姫命社 鳥居 |
市杵島姫命社 |
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市杵島姫命 |
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箕曲中村 福成就寺と箕曲神社
■福成就寺 名張市箕曲中村1041 名張地方最大の石造十三重塔(正応6年(1293年)の紀年銘)あり。舎利をおさめる黒漆厨子(高さ約21cm)は国の重要文化財に指定されている。 創建は不詳。 当寺所蔵の大般若経に「名張
中村壬生寺」の表記があることなどから平安時代名張市中村にあった壬生寺と関わり深い寺院とみられ、壬生寺の後身寺院であるとも考えられる。 天正9年(1581年)に伽藍が焼失するまでは大寺であった。 名張市赤目町丈六の真言宗東寺派
丈六寺、名張市黒田の真言宗醍醐派 無動寺、名張市平尾の高野山真言宗 宝蔵寺と合わせ名張郡の四大寺といわれた。
■箕曲神社 祭神:應神天皇、宇迦之御魂神、五男三女神 箕曲神社の本殿は、隣にある福成就寺 の本堂とわずかな距離で向き合っています。社伝によると創建は、永禄年間(1558〜1570年)に鶴岡八幡宮(未参拝)からの勧請とされています。弓矢使いの名家であった郷士、中村氏によるもので弓矢八幡神社と称されていたとか。
百合が丘 百合が丘市民センター
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2021年1月9日 生憎の降雪の中、市民センターにてどんど焼きが行われた |
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注)Wikipediaと公式パンフレットを参考にさせてもらっています。
名張市|箕曲・百合が丘地区 |
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