Kunioの世界の切手紹介と海外写真集

Kunioの世界の切手紹介と海外写真集 国内写真集|中部の愛知県、岐阜県、静岡県、三重県 : 伊勢神宮、志摩スペイン村、鈴鹿サーキット、長島スパーランド、イルミネーションのなばなの里、鳥羽水族館、明治村、中山道、名古屋城、世界遺産の白川郷、久能山東照宮・・。

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中部の良い所・お気に入りの場所の写真集   愛知県、岐阜県、静岡県、三重県(別頁)

志摩・スペイン村

 中部の良い所やお気に入りの場所を旅行写真でご案内します。 中部では三重県が現住所であり、三重の名張をのぞいた地域の伊勢神宮、志摩スペイン村、鈴鹿サーキット、長島スパーランド、イルミネーションのなばなの里、鳥羽水族館、明治村、中山道や岐阜県、静岡県、愛知県などが中心となってます。 昔、家族でのオートキャンプで行った長野県の諏訪湖や霧ケ峰、上高地や槍ヶ岳・西穂高などの北アルプスも掲載。 地元の赤目四十八滝は、日本の滝百選、森林浴の森100選、平成の名水百選に選ばれ、遊歩百選に推薦されてます。 名張はぶどう狩りや滝、湖など風光明媚な良いところですよ。 三重県の俳人・松尾芭蕉の伊賀にも奈良東大寺の別所で鎌倉時代の快慶が作った大仏があります。 左の写真は志摩スペイン村のカーニバル風景。 愛知県、岐阜県、静岡県、三重県を対象に。 この地域は海・山だけでなくテーマパークが多い地域です。
 特に地元名張に関しては、「名張・昨今(三重県西部)のご紹介(トップページ)」で、「地元出身の俳諧師・松尾芭蕉」で詳しくご紹介してますのである程度割愛します。 

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■日本の写真・風景
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中部(岐阜県)

■白川郷・五箇山の合掌造り集落は、飛騨地方の白川郷(岐阜県大野郡白川村)と五箇山(富山県南砺市)にある合掌造りの集落で、1995年12月9日にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。

世界遺産・白川郷(荻町)の合掌造りの佇まい

世界遺産・白川郷(荻町)の合掌造りの佇まい

世界遺産・白川郷の合掌造りの佇まい 世界遺産・白川郷の合掌造りの佇まい

■岐阜県郡上八幡:戦国時代末期の永禄2年(1559年)、遠藤盛数が八幡山の上に砦を築いたことが郡上八幡城の起源となってる。現在の天守は、大垣城(当時)を参考に昭和8年(1933年)に造られました。模擬天守としては全国的にも珍しい木造。石垣が岐阜県史跡に、天守閣が郡上市有形文化財に指定されてる。内部は歴史資料館などとして利用されてます。山城であり、市街地を流れる吉田川のほとりに聳える。城自体は小規模だが、城下から眺める城の風景や、城から見下ろす城下町のたたずまいは大変美しいです。

岐阜・郡上八幡城
(ぐじょうはちまんじょう)

郡上八幡の町並み(見下ろす町並みは魚の形をしてる)

山内一豊と妻の銅像

郡上八幡の新橋から
肝試しで川に飛び込み

郡上八幡城(ぐじょうはちまんじょう) 郡上八幡の町並み 山内一豊と妻の銅像 郡上八幡の新橋から川に飛び込み

■山内一豊の妻千代は、1556年(弘治2年)初代郡上八幡城主遠藤盛数の娘として生まれました。千代が3歳のころ、盛数は病死、母の再婚、義父の敗北、流浪。波乱の時がはじまります。やがて千代は、縁あって尾張の一豊に嫁ぎました。一豊は信長、秀吉、家康に仕え、最後には土佐二十四万石の大名に出世しました。その影には、千代の内助の功があったといわれる。信長の「馬ぞろえ」や関ヶ原前夜の「傘の緒の密書」の逸話は有名です。

■中山道は、律令時代には、畿内を中心とした地方区分であったため、東山道は畿内から東の内陸部に伸びる道路として整備された。江戸時代に入り、江戸幕府は、1601年(慶長6年)から7年間で他の五街道とともに中山道を整備した。特に、重要伝統的建造物群保存地区に選定された長野県の妻籠宿と奈良井宿が有名である。他にも、かつての宿場町ではそれぞれ歴史資料館などを整備してます。
※旧中山道の宿場町、妻籠から馬籠峠を経て馬籠に至る木曽路の7kmのルートは、家族連れでも歩ける手頃なハイキングコースとして人気があります。観光地としても有名な2つの宿場町を結ぶルートは、江戸時代からの日本的情緒をたっぷり残し、最近は外国人旅行者にも広く知られる。その魅力は、単に「旧街道を歩く」というだけでなく、木曽の林の中を歩くことと、ちょうどいい高低差のある「峠越え」のコースだというところにもあります。 馬籠は、島崎藤村の故郷であり、小説「夜明け前」の舞台として有名です。 笹沢左保の小説「木枯し紋次郎」の中仙道を行くを紋次郎を彷彿とさせます。 この地域は現在は岐阜県中津川市。
 

妻籠・馬籠  木曽路

妻籠・馬籠

中山道(中仙道)妻籠(つまご)宿〜馬籠(まごめ)宿の風景

岐阜県中津川市

妻籠宿本陣
島崎藤村の母の生家

妻籠宿〜馬籠宿の景色

中山道・庚申塚

馬籠峠には昔風の茶店

妻籠宿本陣の庭木

中山道の大きな老木

女滝〜馬籠峠

妻籠宿の大きな水車

大妻籠宿

馬籠の清水屋資料館
(島崎藤村)

馬籠の民芸品・お面

馬籠のお店の前の
タヌキの剥製

■奈良井宿は、中山道十一宿のうち北から2番目の難所:鳥居峠を控えた宿場町。かつては街道を行き交う旅人で栄えました。その様は「奈良井千軒」と謳われ木曽路一番の賑わいでした。奈良井宿は鳥居峠の上り口の鎮神社を京都側の入口とし、奈良井川に沿って約1kmの中山道沿いに町並みが形成された。旅籠の軒灯、千本格子など江戸時代の面影を色濃く残してます。時代を超えた風格が感じられます。 昭和53年5月に、国の重要伝統的建造物群保存地区の選定を受けた。

奈良井宿の煙草屋兼旅館

鳥居峠付近の道しるべ

奈良井宿

馬籠峠・民宿・桔梗屋さん

■岐阜県郡上市・ひるがの高原の分水嶺公園(烏帽子岳付近)。ここは、2つの川の源流の分岐点となってます。向かって左側;太平洋へと流れる長良川、向かって右側;日本海へと流れる庄川。
■御母衣ダム(みぼろダム)は岐阜県大野郡白川村、一級河川・庄川本流最上流部に建設されたダム。 庄川は太平洋と日本海の分水嶺に当たる烏帽子岳付近を水源とし、白山連峰と飛騨高地の山間を概ね北に向けて流れ、富山湾に注ぐ北陸地方における大河川の一つ。地質が弱くても建設が可能なロックフィルダム(岩石や土砂を積み上げて建設する型式のダム)。 エジプトのアスワンハイダムと同じつくりです。

中津川・加子母 福崎公園
かしもの夏祭り(’96)

岐阜県郡上市・ひるがの高原の分水嶺公園 長良川と庄川

御母衣ダム(みぼろダム)

岐阜県郡上市・ひるがの高原の分水嶺公園

切手でめぐる中部地方(岐阜)の良い所

飛騨木曽川・木曽川
(1968年、国定公園)

岐阜城

岐阜・郡上おどり

飛騨木曽川・木曽川(1968年、国定公園) 岐阜城

■岐阜城(ぎふじょう)は、岐阜県岐阜市(旧・美濃国井之口)の金華山(稲葉山)にある山城跡。岐阜市指定史跡。織田信長が、斎藤龍興から奪取した稲葉山城の縄張りを破却して、新たに造営したものが岐阜城である。

岐阜・郡上おどり

飛騨・高山祭・岐阜県

岐阜・郡上おどり

高山祭・岐阜県

■岐阜県郡上郡八幡町の「郡上おどり」は、約400年前(寛永年間)に始まったとされる我が国を代表する盆踊りの一つで、美濃北部山村の豊富な民謡を背景にした独特の手を伝えるなど地域的特色が顕著であり、国の重要無形民俗文化財に指定されてます。 毎年7月中旬から9月初旬まで延べ30夜にわたって踊られ、中でも旧盆(8月13日から16日まで)の4日間は徹夜で踊り明かされます。時に数千人もの踊り子が音頭や手拍子に合わせて無心に踊る光景は、一大絵巻のようで圧巻です。 月明かりのなか、浴衣を着た男女が「郡上おどり」の一種「かわさき」を踊る姿。

長良川の鵜飼

岐阜城・金華山 、横蔵寺の紅葉、美濃和紙あかりアート展、 馬籠宿(岐阜、2010年)

長良川の鵜飼 岐阜城・金華山 、横蔵寺岐阜城・金華山 、横蔵寺美濃和紙あかりアート展、 馬籠宿

中部(愛知県)

桜と名古屋城(愛知県)

■名古屋城は、徳川家康が天下統一の最後の布石として築いた城です。
尾張国の東半分は永正15年(1518年)以降、駿河国の守護今川氏の支配下に置かれました。そして、今川氏は最前線である現在のニ之丸辺りに那古野城を築きました。尾張国勝幡城主織田信秀(織田信長の父)が、享禄5年(1532年)に奇策によって那古野城主今川氏豊を追放し、ここを居城としました。 信秀はその後、那古野城の南方に古渡城も築き、名古屋での勢力を強めて行った。 信秀のあとを継いだ信長は、清須城に拠点を移し、天下は統一に向けて動き出します。 信長が清須から小牧、岐阜、安土と居城を移す中で、役割の薄れた那古野城は天正10年(1582年)ころに廃城となり、その跡地は雉が多く住む野原となったと伝えられてます。

父親の会社の旅行・名古屋城('60) 昭和30年代の名古屋城

慶長5年(1600年)の関ヶ原合戦の勝利を経て江戸幕府を開いた徳川家康は、大坂城の豊臣秀頼との武力衝突に備えて、城の整備を進めました。名古屋城を築く場所は、名古屋台地の西北端で、台地の西面と北面は高さ10メートルの断崖になってた。そして、断崖の下には泥沼が広がり、その向こうには庄内川、そして木曽三川が流れる天然の要害でした

愛知県・明治村
■博物館 明治村は、明治時代の建物等を移築・復元し、当時の歴史や文化を今日に伝えようとする野外博物館。通称「明治村」。愛知県犬山市にあります。明治時代の貴重な建造物や街並みが復元されている事などから、映像作品のロケに使われることも多い場所。明治時代を追体験できます。

明治村・金沢監獄 正門

■金沢監獄が造られたのは明治40年(1907)のことである。南北250m、東西190mの敷地はレンガ造の高い塀で囲われ、唯一西面に開けられたのがこの門であった。閉鎖的でいかめしい感じを与えるものの、実に美しい門。

蒸気機関車(名古屋鉄道12号
- 旧鉄道院160形)

博物館 明治村

品川灯台

聖ヨハネ教会堂のステンドグラス

■品川灯台は、フランス人技師レオンス・ヴェルニーらの設計。明治3年点灯。避雷針先端までの高さは約9mである。現存する洋式灯台では日本最古である。1964年(昭和39年)移築。
■聖ヨハネ教会堂は、宣教師でもあるアメリカ人建築家ガーディナーの建築。日本聖公会京都五条教会として1907年(明治40年)に建てられた。 木造煉瓦造二階建て銅板葺。1964年(昭和39年)に移築。細部はゴシック風である。
■旧山田郵便局舎、山田郵便局は、1908年(明治41年)11月25に起工し、 翌年5月14日に三重県宇治山田市(現:伊勢市)の伊勢神宮外宮前に建てられました。 明治期に建てられた唯一現存する木造の普通郵便局舎です。

明治村・品川灯台

明治時代の病院・病室

明治村・宇治山田郵便局

宇治山田郵便局

切手でめぐる中部地方(愛知)の良い所

愛知・名古屋まつり

飛騨木曽川・犬山城と
木曽川(1968年、国定公園)

名古屋城と金の鯱(シャチホコ)
名古屋開府350年

■名古屋城は、徳川家康が天下統一の最後の布石として築いた城です。通称、「金鯱城」、「金城」とも呼ばれた。もともとは、尾張国の東半分は永正15年(1518年)以降、駿河国の守護今川氏の支配下に置かれました。そして、今川氏は最前線である現在のニ之丸辺りに那古野城を築きました。尾張国勝幡城主織田信秀(織田信長の父)が、享禄5年(1532年)に奇策によって那古野城主今川氏豊を追放し、ここを居城としました。

愛知 名古屋まつり 飛騨木曽川・犬山城と木曽川(1968年、国定公園) 名古屋城と金の鯱(シャチホコ) 愛知

聖ヨハネ教会堂(1907年)

ユリと名古屋城(愛知県)

聖ヨハネ教会堂 ユリと名古屋城(愛知県)

愛知の自然・バラ(2006年)

愛知の自然・菊(2006年)

愛知の自然・洋ラン(2006年)

愛知の自然・シクラメン

中部(静岡県)

静岡・富士山五合目の雲海

■朝霧高原(あさぎりこうげん)は静岡県富士宮市北部・富士山西麓(標高700〜1000m)の高原で富士山観光で有名。富士山を綺麗に望む著名なスポットであり、特に夏季には避暑地として観光客が訪れる。朝に霧が発生しやすいことからこの名前がついた。広々とした草原が広がっており、パラグライダーなども行われる。 さらに、冷涼な気候であることから酪農が盛んであり、ホルスタインを中心とする乳牛が群れ遊ぶ牧場が数多く点在してます。
■焼津市(やいづし)は、静岡県中部に位置する都市。漁港を中心に発展し、遠洋漁業・水産加工業は全国的に有名。

静岡・富士山五合目の雲海

朝霧高原からの富士山

朝霧高原からの富士山

朝霧高原の乳牛と富士山

焼津市は、深海湾と呼ばれる駿河湾に面してます。日本神話で、日本武尊(ヤマトタケル)が東征の途中で地元の賊衆に襲われた時、草薙剣で葦を薙ぎ倒し、そこで賊衆を迎えうち、火を放って難を逃れた。その様相が烈火のように見えた、あるいはその火で葦が焼け燃え盛ったという伝承から、「焼津」と命名された。

朝霧高原の牧場と富士山

休憩場所・富士ミルクランド
の鯉のぼりと富士山

休憩場所・富士ミルクランド
の変なフィギュア

焼津の辺りの駿河湾の夕暮れ

休憩場所の鯉のぼりと富士山 休憩場所の変なフィギュア

■富士ミルクランド(ふじミルクランド)は、静岡県富士宮市に所在するレジャー施設である。朝霧高原にある。入園料は無料。宿泊施設も存在し、ドッグランなど可能。

焼津の辺りの駿河湾の夕暮れ

浜名湖

浜名湖のうな丼

浜名湖

■浜名湖(はまなこ)は、静岡県浜松市、湖西市にまたがる湖。南部は海(遠州灘)に通じている。湖の面積としては日本で10番目の大きさである。ウナギ、ノリ、カキ、スッポンなどの養殖が盛ん。特に養殖ウナギは有名で、鰻丼(鰻飯)、ウナギボーン、うなぎパイなどの特産品がある。

浜名湖 浜名湖のうな丼 浜名湖

切手でめぐる中部地方(静岡)の良い所

■サンコウチョウ(三光鳥:学名Terpsiphone atrocaudata)はスズメ目カササギヒタキ科の鳥類。日本へは夏鳥として渡来する。頭から胸にかけてと脇(わき)が紫色がかった黒色である。体より長い尾も黒色。背面はアズキ色がかった紫色で下面は白い。目の周囲と嘴はよく目立つコバルトブルー。尾羽は8月には抜ける。

ツツジと城ヶ崎海岸(静岡県)

静岡・サンコウチョウと富士山

天竜奥三河・天竜峡
(1973年、国定公園)

天竜奥三河・鳳来寺山
(1973年、国定公園)

ツツジと城ヶ崎海岸(静岡県) 静岡・サンコウチョウと富士山 天竜奥三河・天竜峡(1973年、国定公園) 天竜奥三河・鳳来寺山(1973年、国定公園)

■鳳来寺山(ほうらいじさん)は愛知県新城市(旧・鳳来町)にある山。標高は684.2m。「声の仏法僧(ブッポウソウ)」(コノハズク)が棲息することや紅葉の名所として、更に鳳来寺があることで知られる山である。。国の名勝及び天然記念物に指定されてます。
 

久能山東照宮(静岡県)

久能山東照宮

■静岡県・久能山東照宮は、1616年(元和2年)4月17日に徳川家康の薨去後、2代将軍秀忠の命により僅か1年7カ月という短期間で造営されました。 権現造・総漆塗・極彩色の社殿は、彫刻・模様・組物などに桃山時代の技法を取り入れた江戸時代初期の代表的建造物として、重要文化財に指定。 全国に500社以上鎮座する東照宮の根本大社として、2015年に御鎮座四百年を迎えるに当たり、御社殿を始め諸建造物の漆塗替え、参道及び石垣の修復工事が行われてます。 この写真付き切手(Pスタンプ)には、葵御紋、御本殿、家康公愛用置時計、金陀美頭形兜、東照大権現画像、拝殿向拝「甕割り」、拝殿組物、唐門袖壁唐獅子牡丹、本殿側面獅子、唐門の10点が選ばれ、初穂料の一部は修復工事費に充てられます。 近くは静岡の石垣イチゴで有名です。

■石廊崎(いろうざき)は静岡県伊豆半島最南端の賀茂郡南伊豆町にある岬である。荒々しい海岸の景色で観光地になってます。太平洋に突き出たこの岬より西は駿河湾、東は相模灘。先端付近には石廊埼灯台、その先には石室神社、岬の最突端には熊野神社の祠(ほこら)がある。

石廊崎・蓑掛岩(1962年

石廊崎・蓑掛岩(1962年 伊豆箱根国立公園

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