Kunioの世界の切手紹介と海外写真集

Kunioの世界の切手紹介と海外写真集 国内写真集|関西・奈良の世界遺産・東大寺 : 
東大寺は、奈良の大仏や二月堂のお水取りで有名な華厳宗総本山のお寺。仏の加護により国家を鎮護しようとした聖武天皇の発願で建立。751年に金堂(大仏殿)が、翌年には盛大な大仏開眼供養。

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奈良・東大寺の良い所・お気に入りの場所の写真集

奈良・東大寺金堂の盧舎那仏坐像

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 関西・奈良・東大寺の良い所やお気に入りの場所を旅行写真と切手でご案内します。 世界遺産の東大寺は、奈良の大仏や二月堂のお水取りで有名な華厳宗総本山のお寺です。8世紀に再興された東大寺の金堂は世界最大の木造建物です。境内には大仏殿をはじめ、お水取の二月堂、三月堂、四月堂、開山堂、四天王像を安置する戒壇院等。 東大寺・大仏殿は江戸時代の再興で世界最大の木造建築 。南大門は鎌倉時代再興で、仁王は運慶、快慶の合作。草創以来の堂舍・・・法華堂、転害門(てがいもん)、経庫、正倉院があります。 東大寺は、仏の加護により国家を鎮護しようとした聖武天皇の発願で建立されました。751年に金堂(大仏殿)が完成、翌年には盛大な大仏開眼供養が行われ、伽藍全体がほぼ完成したのは奈良時代末でした。その造営は国の総力を挙げた大事業であり、空前絶後の巨大な建物群が建設されました。 法華堂は本尊・不空羂索(けんじやく)観音像や日光・月光両菩薩像などが安置され、「天平仏」の宝庫として知られる。 切手も交えてご紹介します。 古都奈良の文化財(世界遺産登録年:1998年) 最下段に東大寺のニュースも。 東大寺もパワースポット。 平城遷都1300年祭ホームページ


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■「日本三大大仏」とは、奈良県奈良市の東大寺にある奈良の大仏(「盧舎那仏坐像」)と神奈川県鎌倉市の高徳院(国宝の銅造阿弥陀如来坐像、いわゆる鎌倉大仏が本尊)にある鎌倉大仏(詳細)は、「日本三大大仏」という概念が語られた時代の中では、常に第1の大仏、第2の大仏に挙げられている。しかし、第3の大仏は時代や地域によって変遷・変化し、定まりがない。 因みに、奈良の大仏、その大きさ/ 座高, 1498cm/ 顔の長さ, 533cm/ 顔の幅, 320cm/ 目の長さ, 102cm/ 鼻の幅, 98cm/ 鼻の高さ, 50cm/ 口の長さ, 133cm/ 耳の長さ, 254cm/ 手のひらの長さ, 148cm です。

奈良・東大寺(古都奈良の文化財(世界遺産登録年:1998年))

■東大寺・大仏殿(金堂)は創建から2度にわたって焼失、鎌倉と江戸時代に再建された。江戸期には柱とする材が調達できず、芯となる槻(つき)を檜板で囲い、鉄釘と銅輪で締めて柱とした。そのため、創建時に11間(けん、86m)あったが7間(57m)となった。現在でも世界最大級の木造建築であるが、往時の壮大さがうかがえる。毎年、大晦日から元旦に正面唐破風(からはふ)下の観相窓が開かれ、大仏尊像のお顔を外から拝しながら新年を迎えることができる。大仏様も無料観覧で窓からのぞく神々しい顔には仕事の憂さも吹っ飛ぶようです。大仏の正式名称は「盧舎那仏坐像」、大仏殿の正式名称は「東大寺金堂」で世界遺産にも登録されています。
Toodai-ji (東大寺, Eastern Great Temple), is a Buddhist temple complex located in the city of Nara, Japan. Its Great Buddha Hall (大仏殿 Daibutsuden), the largest wooden building in the world, houses the world's largest bronze statue of the Buddha Vairocana, known in Japanese simply as Daibutsu (大仏). The temple also serves as the Japanese headquarters of the Kegon school of Buddhism. The temple is a listed UNESCO World Heritage Site as "Historic Monuments of Ancient Nara", together with seven other sites including temples, shrines and places in the city of Nara. Sika deer, regarded as messengers of the gods in the Shinto religion, roam the grounds freely. 
■華厳宗大本山 東大寺は聖武天皇の発願で天平17年(745年)に制作が開始され、天平勝宝4年(752年)に開眼供養会(かいげんくようえ、魂入れの儀式)が行われたが、現存する像は中世・近世の補修がはなはだしく、当初の部分は台座、腹、指の一部など、ごく一部が残るにすぎない。「銅造盧舎那仏坐像」の名で彫刻部門の国宝に指定されています。

奈良・東大寺の南大門(国宝)

奈良・東大寺の金堂(国宝) 窓からご尊顔が見えます

東大寺の賓頭盧尊者像
(おびんずる様)

東大寺の南大門 奈良 東大寺 大仏殿 東大寺のおびんずる様

■賓頭盧尊者、おびんずるさまは東大寺大仏殿の庇の下、入り口においでです。なんとも近付きがたいおどろどろしい姿形をしておいでですが、とっても霊験あらたかなお方です。体の悪いところをなでると治ってしまう「なで仏」さまです。が、なぜか内陣にいれてもらえず外に安置されています。おびんずるさまが外に安置されているのには実は訳があります。お酒が好きで、お釈迦さまとの「禁酒」の約束を破ったので、生涯、内陣にはいることを許されなかったとか。
■南大門:天平創建時の門は平安時代に大風で倒壊した。現在の門は鎌倉時代、東大寺を復興した重源上人(ちょうげんしょうにん)が再建したもので、今はない鎌倉再建の大仏殿の威容を偲ばせる貴重な遺構である。正治元年(1199)に上棟し、建仁3年(1203)には門内に安置する仁王像とともに竣工した。入母屋造、五間三戸二重門で、ただ下層は天井がなく腰屋根構造となっている。また屋根裏まで達する大円柱18本は、21mにも及び、門の高さは基壇上25.46mもある。大仏殿にふさわしいわが国最大の山門です。阿形像は大仏師運慶および快慶が小仏師13人を率いて造り、吽形像は大仏師定覚および湛慶が小仏師12人とともに造ったものであると言われています。 

Agyo, one of two great Nio gate guardians within Nandaimon, was created by Unkei in 1203.

東大寺南大門(国宝) の国宝
金剛力士(仁王)像・阿形

東大寺南大門(国宝) の国宝
金剛力士(仁王)像・吽形

奈良・東大寺金堂の盧舎那仏坐像と窓からのぞく大仏様の尊顔

南大門の金剛力士(仁王)像 南大門の仁王像 奈良・東大寺金堂の盧舎那仏坐像 奈良・東大寺金堂の盧舎那仏坐像

正面唐破風(からはふ)下
の観相窓のご尊顔

大仏殿・木造の虚空蔵菩薩坐像

大仏殿・四天王の広目天像

大仏殿・四天王の多聞天像

大仏殿・木造の如意輪観音坐像

木造の虚空蔵菩薩坐像 四天王の広目天像 四天王の多聞天像 奈良 東大寺 木造の如意輪観音坐像

■千里眼(せんりがん)とは、その場にいながら千里先をも見通せる超能力、及び、その能力を持つ者の名前。透視と呼ばれることもある。浄天眼(じょうてんがん)とも言う。 広目天がこの能力を行使出来たとされるほか、媽祖に使役されている鬼に、この能力を持つ千里眼と呼ばれる鬼がおり、順風耳と呼ばれる鬼と共に一対で仕えている。
■東大寺・大仏殿(金堂)の木造如意輪観音坐像・虚空蔵菩薩坐像(重文)は、大仏の左右に脇侍として安置されている。これらの像は大仏(銅造)とは異なり木造である。京都の仏師山本順慶一門と、大坂の仏師椿井賢慶一門らにより、30数年をかけて制作されたもので、江戸時代の代表的な仏教彫刻です。大仏の左右には脇侍として木造の如意輪観音坐像と虚空蔵菩薩坐像を安置。堂内北西と北東の隅には四天王のうちの広目天像と多聞天像を安置する。いずれも江戸時代復興期の像である。四天王のうち残りの2体(持国天、増長天)は未完成に終わり、両像の頭部のみが大仏殿内に置かれている。
■如意輪観音(にょいりんかんのん)、梵名チンターマニチャクラは、仏教における信仰対象である菩薩の一尊。観音菩薩の変化身(へんげしん)の一つで、六観音の一尊に数えられます。 三昧耶形は如意宝珠、紅蓮華。種子(種字)はキリーク(hriiH)。如意とは如意宝珠(チンターマニ)、輪とは法輪(チャクラ)の略で、如意宝珠の三昧(定)に住して意のままに説法し、六道の衆生の苦を抜き、世間・出世間の利益を与えることを本意としています。如意宝珠とは全ての願いを叶えるものであり、法輪は元来古代インドの武器であったチャクラムが転じて、煩悩を破壊する仏法の象徴となったものである。六観音の役割では天上界を摂化するという。古来著名なものは、滋賀・石山寺の秘仏本尊像である。飛鳥の岡寺の本尊像も二臂です。

■正倉院(しょうそういん)は、奈良県奈良市の東大寺大仏殿の北西に位置する、高床の大規模な校倉造(あぜくらづくり)倉庫で、聖武天皇・光明皇后ゆかりの品をはじめとする、天平時代を中心とした多数の美術工芸品を収蔵していた施設。「古都奈良の文化財」の「東大寺」の一部としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。
元は東大寺の倉庫であったが、明治以降、国の管理下におかれ、内務省、農商務省と所管省庁は変遷し、1884年宮内省所管となった。

東大寺・正倉院

東大寺・二月堂

■東大寺二月堂は旧暦2月に「お水取り(修二会)」が行われることからこの名がある。二月堂は平重衡の兵火(1180年)、三好・松永の戦い(1567年)の2回の戦火には焼け残ったが、寛文7年(1667年)、お水取りの最中に失火で焼失し、2年後に再建されたのが現在の建物である。

東大寺・西大門跡
雲井坂石碑

東大寺・二月堂

■雲井坂は、南都八景のひとつ「雲井坂の雨」で有名。南都八景に詠まれた当時は、急な登り坂に霧雨が降る様が美しかったのでしょう。この付近は「押上郷」といいます。雲井坂で荷車を押し上げたからついた名前です。東大寺西大門があったころ、この門に掲げられた額を舐めに毎夜のように龍が舞い降りました。この龍が雲を巻き上げたことから雲居坂の名がついたと言うことです。奈良公園の北、東大寺の西。

■転害門は、東大寺境内西北、正倉院の西側にあり、三間一戸八脚門の形式をもつ堂々とした門。平重衡の兵火(1180年)、三好・松永の戦い(1567年)の2回の戦火にも焼け残った寺内で数少ない建物のひとつで、天平時代の東大寺の伽藍建築を想像できる唯一の遺構です。誰でも直ぐに見れます。佐保路門、景清門とも言われる3間1戸8脚の堂々たる木組みの門です。鎌倉時代に修理されていますが、東大寺創建以来、1250年間の歴史ある門で国宝になっています。

東大寺の転害門

東大寺の転害門

平城旧跡

東大寺前の「なら燈花会」

東大寺前の「なら燈花会」

■「なら燈花会」とは、1300年前に都として栄えた奈良。 広大な自然の中に古代日本のおもかげが今も残る。そんな奈良にふさわしい、どこか懐かしさを感じ、心を癒してくれるろうそくのやさしい灯り。『なら燈花会』はゆったりと時の流れる世界遺産の地、奈良に集う人々の祈りをろうそくの灯りで照らし出します。毎年、奈良公園を中心にお盆の時期に開催されています。

奈良公園の「なら燈花会」 奈良公園の「なら燈花会」

■法華堂は、東大寺建築のなかで最も古く、寺伝では東大寺創建以前にあった金鍾寺(きんしょうじ)の遺構とされる。752(天平勝宝4)の東大寺山堺四至図(さんかいしいしず)には「羂索堂(けんさくどう)」とあり、不空羂観音を本尊として祀るための堂である。旧暦3月に法華会(ほっけえ)が行われるようになり、法華堂、また三月堂ともよばれるようになった。正堂は天平初期の建築だが、礼堂は大仏様(だいぶつよう)の特色が見られる鎌倉時代の建築。

東大寺大仏殿と大仏

奈良・東大寺・大仏殿(国連)

東大寺・法華堂

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The beginning of building a temple where the huge Toodai-ji complex sits today can be dated to 728, when Emperor Shoomu established Kinshoosen--ji (金鐘山寺) as an appeasement for Prince Motoi, his first son with his Fujiwara clan consort Koomyooshi. Prince Motoi died a year after his birth.
During the Tenpyoo era, Japan suffered from a series of disasters and epidemics. It was after experiencing these problems that Emperor Shoomu issued an edict in 741 to promote the construction of provincial temples throughout the nation. Toodai-ji (still Kinshoosen-ji at the time) was appointed as the Provincial temple of Yamato Province and the head of all the provincial temples. With the alleged coup d'etat by Nagaya in 729, an outbreak of smallpox around 735-737, worsened by consecutive years of poor crops, then followed by a rebellion led by Fujiwara no Hirotsugu in 740, the country was in a chaotic position. Emperor Shoomu had been forced to move the capital four times, indicating the level of instability during this period.

切手でめぐる奈良県東大寺

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東大寺・大仏殿、東大寺・南大門、東大寺・大仏蓮弁毛彫、東大寺・戒壇院広目天

東大寺南大門金剛力士像

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754年(天平勝宝6)、聖武上皇は光明皇太后らとともに唐から渡来した鑑真(がんじん)から
戒を授かり、翌年、日本初の正式な授戒の場として戒壇院を建立した。

東大寺南大門金剛力士像

月光菩薩(東大寺)

東大寺・戒壇院広目天像

音声菩薩(おんじょうぼさつ)像

■東大寺の大仏殿前にある銅製八角燈籠の扉に付いている音声菩薩像は平安時代に作られた。
■南大門:天平創建時の門は平安時代に大風で倒壊した。現在の門は鎌倉時代、東大寺を復興した重源上人(ちょうげんしょうにん)が再建したもので、今はない鎌倉再建の大仏殿の威容を偲ばせる貴重な遺構である。
Openwork playing flute Bodisattva in Octagonal Lantern Tower (8th century).

月光菩薩(東大寺) 奈良 日本 切手 大仏 広目天像 東大寺 切手 日本 音声菩薩(おんじょうぼさつ)

■東大寺・戒壇院:754年(天平勝宝6)、聖武上皇は光明皇太后らとともに唐から渡来した鑑真(がんじん)から戒を授かり、翌年、日本初の正式な授戒の場として戒壇院を建立した。戒壇堂・講堂・僧坊・廻廊などを備えていたが、江戸時代までに3度火災で焼失、戒壇堂と千手堂だけが復興された。戒壇院の塑造四天王立像(国宝) は法華堂の日光・月光菩薩像とともに、奈良時代の塑像の最高傑作の1つ。怒りの表情をあらわにした持国天、増長天像と、眉をひそめ怒りを内に秘めた広目天、多聞天像の対照がみごとである。記録によれば、創建当初の戒壇院四天王像は銅造であったので、今ある四天王像は後世に他の堂から移したものであることが明らかである。
■聖武天皇による盧舎那大仏(大仏さま)造顕は、河内国知識寺において天皇が盧舎那仏を拝した事がきっかけであったといわれており、『華厳経』の教理が明らかにされて初めて盧舎那大仏造顕という大事業の発願が可能だったのであろう。

世界遺産・東大寺、正倉院へのアクセス地図

■世界遺産・東大寺へのアクセス情報
所在地 :奈良市雑司町406-1   
拝観時間 :7:30〜17:30(11月〜2月:8時〜16時半、 3月:8時〜17時、 4月〜9月:7時半〜17時半、 10月:7時半〜17時)
休業日 :無休     
入場料: 大人500円 小人300円     
駐車場 :無・県営駐車場有り(奈良公園に駐車場多い)
アクセス: JR、近鉄奈良駅から市内循環バスで7分、大仏殿春日大社前下車    
問合せ先 :東大寺  TEL 0742-22-5511

■シルクロード(Silk Road)は、中国と地中海世界の間の歴史的な交易路を指す呼称で、絹の道とも呼ばれる。日本では、奈良の正倉院に残る数多くの中国製やペルシア製の宝物、天平時代に遣唐使に随行してペルシア人が日本に来朝したことに関する記録などがある。当時の日本は唐代の東西交通路に連なっていたと認識されており、摂津国の住吉津(現在の大阪市住吉区)は「シルクロードの日本の玄関」、飛鳥京や平城京は「シルクロードの東の終着点」と呼ぶことがあります。

切手でめぐる奈良・正倉院(シルクロードの終点)

■五絃琵琶「螺鈿紫檀五絃琵琶」:この琵琶は世界で唯一残る5弦の琵琶で、長さ108センチ、幅31センチ、厚さ8センチ。ラクダに乗って琵琶を弾く人の姿がデザインされている。 螺鈿は、夜光貝やアワビなどの貝殻を加工して木地などにはめ、研ぎ出す装飾技法。北村さんの検証によると、琵琶を弾く人やラクダなどは厚さ2ミリ程度の夜光貝で表現。人の足、敷物部分は縦5センチ、横3・9センチ、ラクダの下半身などの部分は縦6・1センチ、横2・5センチの大きさの貝が使われ、これらは宝物中でも最大級の貝になるという。

正倉院・麟鹿草木夾纈屏風(りんろくくさききょうけちのびょうぶ)

正倉院宝物の一つである
「羊木昴兆風」

五絃琵琶「螺鈿紫檀五絃琵琶」(正倉院宝物、奈良時代)

昭和すかしなし切手「らでん模様」正倉院宝物の花鳥のらでん模様(1949年) クリックで拡大

麟鹿草木夾纈屏風 正倉院 切手 鹿 世界遺産 正倉院宝物の一つである「羊木昴兆風」 五絃琵琶「螺鈿紫檀五絃琵琶」(正倉院宝物、奈良時代) シルクロード

■正倉院・麟鹿草木夾纈屏風(りんろくくさききょうけちのびょうぶ)は、国家珍宝帳記載品。夾み染めの染織屏風。今日、麟鹿草木屏風は失われ、鹿草木の図様の1扇をそれにあてている。樹下の2頭の鹿が相対し周囲に花卉〔かき〕、草花〔そうか〕、岩などがある。

第2次新昭和切手「らでん模様」正倉院宝物の花鳥のらでん模様

第2次新昭和切手「らでん模様」正倉院宝物の花鳥のらでん模様

■奈良・正倉院宝物「羊木昴兆風」は、上端には花喰い鳥、中央には羊と樹木、下段には山岳を配した、ササン朝ペルシャ風の構図となっており、樹木の幹には2匹の小猿、山岳中には立ち止まって見返る1匹の仔鹿が表されています。この屏風に描かれている羊の大ぶりの巻き角や、連珠文様の胸帯をかけている姿態は、エジプトのアンチノエ発見のササン朝期の羊文錦と通じるところがあるともいわれています。下端には「天平勝宝三年十月」(天平勝宝3年は751年)と墨書があり、当時の税(租庸調)の一つである調のあしぎぬの銘識の一部ではないかといわれています。


■奈良特別編 [ 奈良 全体東大寺春日大社法隆寺薬師寺、唐招提寺長谷寺室生寺談山神社
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  旧月ヶ瀬、都祁山辺郡山添西ノ京(歴史の道)宇陀市宇陀郡(曽爾、御杖)天理市(山の辺の道1)
  天理市(山の辺の道2)桜井市(泊瀬の道)橿原(飛鳥の道)明日香村御所市(葛城の道)生駒郡(平群の道)
  大淀・下市の道吉野山奈良・吉野・宮滝吉野・洞川温泉※特別 壬申の乱  ]
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      特別編 奈良の古墳の壁画(高松塚、キトラ) 

奈良・東大寺の良い所・お気に入りの場所の写真集

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