アフリカ・エジプトの写真|ルクソールの西岸 カルナック神殿(KARNAK) |
ルクソールのカルナック神殿(KARNAK))
エジプト最大の神殿であるカルナック神殿(KARNAK)とは、アメン大神殿、ムート神殿、コンス神殿(夫婦と子供)などからなる巨大な神殿群で、アモン神(別名アメン神、元々はテーベ(現・ルクソール)地方の大気の守護神、豊饒神)をまつった神殿で、東西540m、南北600mの周壁で囲まれた壮大な神殿、世界最大の神殿建造物といわれる。 ルクソールにある古代エジプト宗教の総本山と言えるところ。「カルナック神殿」と言えば「多柱室」というくらい、134本の柱が林立する部屋が超有名。 B.C.4世紀のアレキサンダー大王まで1300年を掛けて増改築(他の説は別項で)された。 ルクソール神殿とはスフィンクスが立ち並ぶ参道で結ばれていた。 未だ20%程しか発掘されていない。 入った時に悪寒が走った、パワースポットの一つ。 この神殿から南に2.5のKm離れたところにルクソール神殿があるが、アメン神の妻ムート神をまつった神殿である。
※アメン(Amen 、エジプト語ラテン文字転写:imn)は、古代エジプトの太陽神。アモン(Ammon)、アムン(Amun)と表記もある。神々の主とされることから、ギリシア人はゼウスと、ローマ人はユピテルと同一視した。 神殿の大列柱室などに見られる数々の壁画には、2枚の羽を冠した人物像として刻み込まれている。また牡羊として表現されることもある。 また、アンモナイト、アンモニウム塩、アンモニアなどの語源にもなっている。 [ ブログ・FB ]
アメン(Amen)、ムト (MWT,MuT) 、コンス (Khons, Chons)の神々 |
アンモナイトは「Ammon (アモン神) + -ites (…石)」から来ており、「アモンの石」の意。古代ローマの博物学者プリニウスは、古代エジプトの太陽神アモンが持つ螺旋状に巻いた牡羊様(入口にある)スフィンクスの角を連想し、同様の石を総称して「ammonis cornua(アンモーニス・コルヌア、アモンの角(複数形))」と呼んだ。 |
|
※ムートは、「禿鷹」 天空の女主人。コンスは、月の神
カルナック神殿の写真
ルクソール東岸には他には、ツタンカーメンの墓をはじめ、ルクソール周辺で発掘された遺物を展示するルクソール博物館、人をはじめとして羊や猫、ワニなどをミイラにしたミイラ博物館などがあります。 エジプトは太陽の国。 夜明けとともに生まれた太陽は、輝いた末に夕方西の彼方へ没す。そして翌朝、再び姿を現す。 この太陽を死と復活を続けると考えたエジプト人は、独特の死生観を作ったと思う。 ルクソールを分断するナイル。 何だか古代人の考え方も分かった気がする。幅113メートル、高さ32メートルに及ぶ石灰岩製の第一塔門から入りましょう。
■一説によると、ピラミッド時代の紀元前27〜25世紀に最初の神殿が創建されたと言うから、古代エジプト時代とグレコ・ローマ時代を通して、実に、3000年以上にわたって増改築が繰り返されたことになる。神殿建設に携わった歴代ファラオは約30人にも上るという。そして、紀元後4世紀に、コンスタンティヌス大帝によりキリスト教が認可されると、ローマ帝国内の古代神殿閉鎖命令が下され、すでに廃虚に近かったカルナック神殿が、今度は、キリスト教会として再生する。
■スフィンクスは、アメン神の聖獣で、昔はカルナック神殿とルクソール神殿まで続いていたようです。カルナック神殿の第二塔門をくぐる。するとそこには巨大な開花式のパピルス柱(高さ21m、134本)が林立している。 多柱室の大きさは、奥行きが52m横幅が102m。ラムセス1世から建築が始まり、セティ1世が引き継ぎ、ラムセス2世が完成させた物だ。
■アガサ・メアリ・クラリッサ・クリスティ(Dame Agatha Mary Clarissa Christie, DBE、旧姓:ミラー (Miller)、1890年9月15日
- 1976年1月12日)は、イギリス生まれの推理作家。
『ナイルに死す』(Death on the Nile)は、イギリスの女流作家アガサ・クリスティが1937年に発表した推理小説。 名探偵エルキュール・ポアロが船上での怪事件に挑む。
■アテン、アトン (Aten) は、エジプトの太陽神。動物的、人間的形態である他のエジプトの神々とは異なり、先端が手の形状を取る太陽光線を何本も放ち、光線の一つに生命の象徴アンクを握った太陽円盤の形で表現される。初期には従来の太陽神ラーと同一視されるが、その後神性は薄れ、天体としての太陽を表すようになった。ツタンカーメンの父でもある、アメンホテプ4世が特に崇拝した。 アメンホテプ4世の治世に於いて、アメン信仰は全盛期を迎える。だが、アメンを讃えていたエジプトの神官たちがファラオをも凌ぐ権勢を誇ったために、王権を強化する目的でアメンホテプ4世はアマルナ宗教改革を断行した。妻ネフェルティティの影響もありアテンを唯一神とし、自分の名も『アクエンアテン』に改めた。
※エジプトでモテル女性のタイプは、ポッチャリで色白がモテルと先ほどの女性添乗員さんも言ってました。 「美人=色白」の図式が鮮明です。 その方も若い時分は、エジプトの男性にモテタそうです。 また男性は、20-30代では坊主頭で大仏様のような貌の方が多かった。 男性の場合も「肌の色が白い男性」が「ハンサム」という感覚らしい。
■ムート神殿は今も発掘中です。ムート神殿内にはムート女神の姿をしたメスライオンの石像が数多く残っています。国家の最高神アモン・ラー神の妻のムート女神は、大母神となり、「歴代ファラオの母」、「歴代ファラオの王妃」として崇敬された。また、夫のアモン神と共に国王と国家の守護者となり、反乱や国王暗殺を企てて国家反逆罪に問われた者は、この女神像の前で火あぶりの刑に処せられたといい、ムート神殿内では、エジプトの敵をロウで形作り、それを破壊する呪術が繰り返し行われた。
The Karnak Temple Complex-usually called Karnak-comprises a vast mix of ruined temples, chapels, pylons, and other buildings, notably the Great Temple of Amun and a massive structure begun by Pharaoh Ramses II (ca. 1391-1351 BC). Sacred Lake is part of the site as well. It is located near Luxor, some 500 km south of Cairo, in Egypt. The area around Karnak was the ancient Egyptian Ipet-isut ("The Most Selected of Places") and the main place of worship of the eighteenth dynasty Theban Triad with the god Amun as its head. It is part of the monumental city of Thebes. The Karnak complex takes its name from the nearby, and partly surrounded, modern village of el-Karnak, some 2.5 km north of Luxor.
ブログとFacebook
ブログ |
|
|
|
アフリカ・エジプトの写真|ルクソールの西岸 |