アフリカ・エジプトの写真|カイロ カイロの市街地風景
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カイロの市街地風景
カイロ最大のシティースター・ショッピングモールは、貴金属を中心にみやげ物屋が軒を連ねる商店街。その歴史は古く、14世紀末には市ができたらしい。 19世紀初めには12の大スークがひとつになったといわれている。 現在は大半がみやげ物屋で、旅行者が必ず立ち寄るスポット。金銀銅などの金属細工や宝石類、ガラスの香水入れ、中世から形の変わらないシーシャ(水パイプ)、エジプトが誇る工芸品が並ぶ。 1階のスーパーでは日本と殆ど価格差は無い様に感じた。 エジプト人の好きな多種多様なパンが沢山並べられてました。 行った時の気温は30度前後でしたが、カイロの街ではオーバーを着る人達も多数見かけました。 カイロの現在時刻
ご注意)写真は2010年03月に当方が撮影したものです。著作権は保持しています。
朝もやに煙るカイロ中心街
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ナイル川と
カイロの市街地の遠望
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ナイル川に舫るクルージング用の観光ボート
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ナイル川とクルーズ用の船 カイロの市街地の遠望
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カイロの市街地にあった 日本製の超大型オートバイ
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カイロの町の朝の風景 (西向き)右がタリハール広場
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カイロの街中の建造物
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カイロの街中の
黄昏と自動車
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カイロの街中の
ヨーロッパ風の建造物
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ホテルや風景は、タハリール広場の近くで、カイロ博物館(エジプト考古学博物館)も歩いてゆけるところです。2011年3月、この近くのタリハール広場に100万人の群衆が埋め尽くし、「ムバラク・イルハル(去れ)」と叫んだ。
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カイロの街中の建造物
10月6日橋のたもと
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カイロの街中の建造物
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カイロの街中の建造物
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カイロの街中の建造物とコカコーラの大きな宣伝看板
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カイロの街中の建造物
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カイロ市内の親子連れ
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アル=アズハル大学
(切手)
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■アル=アズハル大学( Al-Azhar University)は、カイロ市に本部を置くエジプトの公立大学である。988年に設置された。 イスラム教スンニ派の最高教育機関として有名であり、現存する世界最古の大学の1つである。アル=アズハル学院とも呼称される。アル=アズハル・モスク(971年建立)に付属するマドラサとして988年に設立された。アズハルは「最も栄えある」の意味。 創立当初からの伝統では、イスラーム法学を志す者に対して誰にでもいつでも門戸を開放するという趣旨から、入学随時・出欠席随意・修業年限なし、という3原則を守っていた[1]。プラトン、アリストテレスなど古代ギリシアの研究が行われ、大学院にあたるコースも行っており、世界で最初の成熟した大学とみなされている。
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■タハリール広場はカイロ中心部のダウンタウン(ナイル川東岸)の中心に位置する。19世紀(ムハンマド・アリー朝時代)、イスマーイール・パシャがエジプト総督を務めていた時の都市計画で作られた広場。当時はイスマーイール広場と呼称されていたが、1919年のエジプト革命を境にしてタハリール広場と呼称されるようになり、ナーセルらによる1952年の革命で正式に名称が変えられた。「タハリール」はアラビア語で「解放」(英語:liberation)の意味である。
カイロ市街地の動物達
古代エジプトの歴史では、猫がライオンの代わりとして崇拝されてましたし、バステト女神として神格化もされてました。 飼い猫が死ぬと人々は眉毛を剃り落として悲しみ、また死んだ猫を丁寧にミイラにし、バスト女神の神殿に手厚く葬りました 。当時のエジプトでは猫は宝物でした。 紀元前500年頃になるとこの猫への崇拝はピークに達します。 丁度そのころエジプトに滞在したギリシアの歴史家ヘロドトスの著書にも記録されました。 「 猫の動物学〜猫の種類と習性」より転載。
※バステト(Bastet)はエジプト神話に登場する女神。ラーの娘で頭が猫。豊穣を司り、エジプトの町、ブバスティスを中心に篤く信仰され、町の近くには猫の大きな埋葬地があり、猫のミイラや彫像が大量に出土してる。 しばしば、セクメトと混同され、悪蛇のアポピスを退治した。 手には楽器「シストルム」と盾を持っている。
オールドカイロの野良猫
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オールドカイロにいた猫
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カイロ中心街の猫1
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カイロ中心街の猫 2
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カイロ中心街の猫3
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カイロ中心街の猫4
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カイロ市街地のショッピングモール前の人懐こい野良犬
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エジプトの首都・カイロ中心街マクドナルドの屋上で
ヤギの飼育?? パラボラアンテナも多数
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■ラムセス・ヒルトンから見えるこの店(1階はハンバーガーのマクドナルド)の3階の屋上は、朝になるとヤギが放たれています。猫とヤギが仲良く運動をしています。首都のカイロです。日本では決して見れない光景です。写真では2頭しか撮れなかったが10頭前後はいた。
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カイロの市内を行く馬車
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カイロでのショッピング
ベタですが、エジプト土産で有名なのが絨毯。ツアーなどですと、必ず絨毯屋に連れて行かれます。いいデザインは高いのでサイズを調整して価格を抑えるのが良いです。
ホテル前のラムセス・ヒルトン・アネックスという、
ヒルトンの別館ショッピング・モール
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■ラムセス・ヒルトン・アネックスは、入口にセキュリティ・チェックはあるも、ヒルトンの別館と思えないほど寂れて古いわ暗いわで妙な建物ですが、ここは全て良心的なお値段で定価売り(でもまけてと頼めばおまけしてもらえる)です。小さいながらもフードコート(おじさんが水タバコ)が有り、おみやげ物屋はもちろん、靴屋や服屋、CD屋さんなどいろいろそろっています。最上階に映画館もあり。 田舎のデパート風、店員が店先で立っています。 ドルも使えた。 他は全てエジプトポンド。
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婦人服の
ショー・ウインドウ
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シティースター・ショッピングモールの1階の
スーパーマーケット
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ホテル近くのジュース屋
の店先 キオスク
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シティースター・ショッピングモールの1階の
スーパーマーケット
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店先のチーズや魚介類、パンは非常に豊富でした
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カイロのイスラムの
花屋さん
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イスラムの花屋さん
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タハリール広場の
花屋さん
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花屋さんと言っても、確かに日本で見かける花屋さんとは多少違い、造花の花輪の販売もしていました。当時とはイスラムの祭りで遠方から出て来た人も多く、花を持ってマイクロバスで出掛けて行きました。 場所はホテルの傍の木賃宿風ホテルの隣にあった。
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カイロでの食事
エジプト人は「パン食い人」の異名を持つほど古代からよくパンを食べたそうです。 路上の販売だけでなく、数十個をカゴに入れ片手で自転車運転し配達する風景も良く見ました。 更に、キュリ1本がエジプト人にはおかずになる様です。 目の前のMAC(マクドナルド)ではひがな水パイプのオジサンの多い事。 鳩も出るそうですよ。 コーヒーは1エジプト・ポンドと言ってました。
エジプトの家庭料理とステラ・ビール(7ドル/本)
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カイロ街中の飲食スタンド
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ナン風パン(「アエーシ」というエジプトのパン、平たくて丸いパン)は必須の定番
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エジプトの
シャーベット・アイス
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ナイル川の船上で昼食
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白菜らしき野菜を沢山積んだトラック(カイロ市内で)
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イチゴとハイビスカス風味の
シャーベット・アイス
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エジプトの路上のパン屋さん
エジプトは女性が働き者
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カイロだけでなくエジプトのパン(アエ-シ)屋さんの販売スタイル
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エジプトのパンの中で、一番のオススメは、「アエ―シ」です。ぺったんこで丸く、見た目も味もインドの「ナン」に似ています。ほんのり酸っぱく、あっさりとしていて、一昔前のなつかしい味がする素朴なパンです。ちぎってタヒーナというゴマペーストをただつけて食べるだけで、いくらでも食べられます!
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2011年02月11日午後6時すぎ、カイロのタハリール広場で歓喜の声が上がった。「ムバラク辞任」のニュースが広場に広がった。「アッラー・アクバル(神は偉大なり)」や「フリーヤ(自由)」というかけ声が、広場に津波のように広がっていく。2月25日に若者たちが集まって以来、広場に集まる人々は増え続け、18日目で、30年間続いてきた強権体制が崩れた。広場はすでに夜になっていたが、広場には次々と人が集まり、さらに広場からあふれて、カイロの通りに広がりだした。人々はエジプトの国旗を振り、「ヤヒヤ・マスル(エジプトよ、永遠に)」と唱える。ナイル川のほとりで民衆による革命が達成された瞬間である。
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