Kunioの世界の切手紹介と海外写真集

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世界遺産の切手|日本 石見銀山遺跡とその文化的景観 : 石見銀山(いわみぎんざん)は、島根県大田市にある戦国時代後期から
江戸時代前期にかけて最盛期を迎えた日本最大の銀山(現在は閉山)で、大森銀山とも呼ばれ、江戸時代初期は佐摩銀山と呼ばれた。

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日本の世界遺産・遺跡の切手 石見銀山遺跡とその文化的景観

 日本のユネスコ世界遺産(UNESCO World Herittage)の石見銀山遺跡とその文化的景観の切手(Stamp)です。 M石見銀山遺跡とその文化的景観 - (2007年、文化遺産、Iwami Ginzan Silver Mine and its Cultural Landscape)・ 石見銀山(いわみぎんざん)は、島根県大田市にある戦国時代後期から江戸時代前期にかけて最盛期を迎えた日本最大の銀山(現在は閉山)であり、大森銀山(おおもりぎんざん)とも呼ばれ、江戸時代初期は佐摩銀山(さまぎんざん)と呼ばれた。一般に銀山開発においては銀の精錬のため大量の薪炭用木材が必要とされたが、石見銀山では適切な森林の管理がなされたことにより環境への負荷の少ない開発がなされ、今日に至るまで銀山一帯には広葉樹などを含む森林が残されてきている点が特に評価されている。環境に配慮し人と自然が共生しながら銀生産を実現させたアジア初の産業遺産です。 参考:社団法人 日本ユネスコ協会連盟のHP(世界遺産活動

  
 

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ブログ:古代日本のロマン:卑弥呼と邪馬台国のニュース(箸墓古墳)(2009年5月29日)

日本の世界遺産と遺跡・古墳

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M世界遺産「石見銀山遺跡とその文化的景観」

島根県大田市

■安土桃山時代から江戸時代まで、日本は世界有数の銀産出国でした。その日本産の銀の大半は、産出量年間約1万貫(約38d)と推定される、島根県の石見銀山から産出された銀だったと言われています。 石見銀山は、鎌倉時代末期に周防の国守大内氏により発見されました。本格的な開発は、16世紀に博多の商人神屋寿禎により始められ、16世紀中頃から17世紀にかけて銀山としての最盛期を迎えました。 近代には銀の産出が減り、1923年(大正12年)に閉山となりましたが、開山時代から20世紀初頭にかけての多くの鉱山遺跡が良い状態で保存されていたため、1969年(昭和44年)に国指定史跡となりました。 

タルタリア図
(1570年頃の地図)

龍源寺間歩(坑道)

大正期の製錬工場と
明治期の清水谷製錬所跡

城上神社(きがみじんじゃ)の
天井画『鳴き龍』

世界遺産 石見銀山 日本 タルタリア図(1570年頃の地図) 世界遺産 石見銀山 日本 龍源寺間歩(坑道) 世界遺産 石見銀山 日本 大正期の製錬工場と清水谷製錬所跡 世界遺産 石見銀山 日本 城上神社(きがみじんじゃ)天井画『鳴き龍』

城上神社(きがみじんじゃ)祭神は、大物主命(おおものぬしのみこと)〜〔大国主命〕(おおくにぬしのみこと)〜で、大久保長安にゆかりの遺物「能面」 3 面、「熨斗目」 1 領を伝えています。重層式拝殿で入母屋造り(いりもやづくり)瓦葺きという、江戸の亀井戸天満宮様式の建物です。永享 6 年( 1434 年)、大内氏によって仁摩町馬路(にまちょうまじ)の高山から大森町愛宕山(あたごさん)に遷座され、天正 5 年( 1577 年)に毛利(もうり)氏によって現在位置に遷座、造営されましたが、寛政の大火により類焼し、文化 9 年( 1812 年) 4 月に現在の拝殿が再建されました。 拝殿の鏡天井に描かれた極彩色の天井絵「鳴き竜」は、三瓶山麓の絵師梶谷円林斉守休(かじたにえんりんさいもりやす)の手によるもので、描かれたのは寛政の大火後の文化 15 年( 1818 年)です。 絵の真下に立って手をたたくと、天井がリンリンと鳴り響きます。島根県指定有形文化財(建造物)
 

石室山羅漢寺五百羅漢

大森銀山地区

銀地狛犬(厳島神社へ奉納)

熊谷家住宅

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■石見銀山の発見について『石見銀山旧記』は鎌倉時代末期の延慶2年(1309年)に周防の大内弘幸が石見に来訪して北斗妙見大菩薩のお告げにより銀を発見したという伝説について記しており、この頃からある程度の採掘がなされていたものと考えられているが、今日、石見銀山を本格的に開発したのは博多の商人・神谷寿貞(姓については神屋、名については寿禎・寿亭とも表記される)であるとされている。

石見銀山の「御取納丁銀」
(日本,2008年) 

近くの生野銀山の銀鉱石
(本物)

御公用丁銀と銀山稼方絵巻 (部分)

温泉津(ゆのつ)の内藤家屋敷

石見銀山の「御取納丁銀」(日本,2008年) 世界遺産 石見銀山の銀鉱石 世界遺産 石見銀山 日本  世界遺産 石見銀山 日本 御公用丁銀と銀山稼方絵巻(部分) 世界遺産 石見銀山 日本 温泉津(ゆのつ)の内藤家屋敷

■徳川幕府による慶長丁銀は基本通貨として広く国内(主に商人が活躍した上方を中心とする西日本)で流通したばかりでなく、中国・明、16世紀後半からマカオを拠点に来航するようになったポルトガル、17世紀初めに来航したオランダ東インド会社などとの間で、石見銀山の銀を媒介とする世界規模の交易が行われた。
■世界遺産・石見銀山一帯には、寺社や民家も当時の状態で残り、この写真付き切手(Pスタンプ)において、往時の繁栄の跡を今に語りかけています。・・・企画制作・ 太田市観光協会

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石見銀山観光 - 島根県大田市観光サイト - 大田市観光協会
 


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