Kunioの世界の切手紹介と海外写真集

Kunioの世界の切手紹介と海外写真集 衣装・仮面・舞踊の切手|世界のバレエやショーの切手:バレエ(Ballet)は、ルネサンス期に西ヨーロッパ(イタリア)で発生し広まった。及びその作品を構成する個々のダンス。音楽伴奏・舞台芸術を伴いダンスによって表現する舞台で、もとはオペラの一部として発達した。(「くるみ割り人形」「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「ドン・キホーテ」など)

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世界のバレエやショー・ビジネスの切手

 世界のバレエやショー・ビジネスの切手です。 バレエ(Ballet)は、ルネサンス期に西ヨーロッパ(イタリア)で発生し広まった、歌詞・台詞を伴わない舞台舞踊の事です。及びその作品を構成する個々のダンス。音楽伴奏・舞台芸術を伴いダンスによって表現する舞台で、もとはオペラの一部として発達した。そのため物語性をもち、複数の幕をもつ舞踊劇が多い(「くるみ割り人形」「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「ドン・キホーテ」など)。 「世界三大バレエ団」といえば、イギリス「ロイヤルバレエ団」・フランス「パリ・オペラ座バレエ団」・ロシア「ボリショイ・バレエ団」のことを指すし、古くにフランスのルイ14世がバレエを奨励していたという話も有名である。 最後には、シェークスピアの戯曲『ロミオとジュリエット(ハムレット)』で有名なイタリアのヴェローナのジュリエットの家の写真も追加しました。 


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バレエやショーの切手

■バレエ(Ballet)は、ルネサンス期に西ヨーロッパ(イタリア)で発生し広まった、歌詞・台詞を伴わない舞台舞踊。及びその作品を構成する個々のダンス。音楽伴奏・舞台芸術を伴いダンスによって表現する舞台で、もとはオペラの一部として発達した。そのため物語性をもち、複数の幕をもつ舞踊劇が多い(「くるみ割り人形」「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「ドン・キホーテ」など)。しかし20世紀以降には物語性を否定する作品も生まれた。フランス派、ロシア派、チェケッティ派、レガット派、ワガノア派などの派があります。

ニカラグアのバレエの切手
(1977年)

バレエのシーン(「シェヘラザード」「火の鳥」「ペトルーシカ」)ロシア、1995年 

ニカラグアのバレエの切手 ニカラグアのバレエの切手

タブに振付師フォーキンの肖像
バレエのシーン(シエラザード、火の鳥 他)ロシア、1995年 舞踊 踊り

ニカラグアのバレエの切手

ニカラグアのバレエの切手

ヴァルナ国際バレエコンクール(ブルガリア、1980年)

バレエ・リュス100年(モナコ、2009年)
ヴァルナ国際バレエコンクール(ブルガリア)

■バレエ・リュス(Ballets Russes)は、ロシア出身の芸術プロデューサー、セルゲイ・ディアギレフ(1872年 - 1929年)が主宰したバレエ団で、「ロシア・バレエ団」とも呼ばれ、1909年にパリのシャトレ座で旗揚げしてから、ディアギレフ死去後の1929年に解散するまでの間、パリを中心として活動し、今日のモダンバレエの基礎を築いた。

バレエ・リュス100年(モナコ、2009年)

バレエの伝説 アンナ・パヴロヴナ・パヴロワ MC

バレエ 『白鳥の湖』

バレエの伝説 アンナ・パヴロヴナ・パヴロワ MC バレエ 『白鳥の湖』

■アンナ・パヴロヴナ・パヴロワ ( Anna Pavlovna Pavlova, 1881年2月12日 - 1931年1月26日)は20世紀初頭のロシアのバレリーナ。サンクトペテルブルクの貧しい家庭に生まれる。9歳の頃、母親とともに 『眠れる森の美女』 の初演を観てバレエダンサーを志す。帝室バレエ学校に学び、1899年に卒業する。卒業時の試験が優秀であったため群舞を経ずにコリフェとしてマリインスキー・バレエに入団した。色白・細長の顔に狭い肩幅、美しい足という理想的な体型を持っており、最晩年のM・プティパに才能を認められたため、貧しい家の出であったにもかかわらず順調な昇進を果たした。

1911年、自前のバレエ団パヴロワ・カンパニー (Pavlova Company) を作る。翌年ロンドンに移住し、英国を中心に世界を巡演した。1922年 (大正11年) に全国8都市で行われた来日公演では西洋舞踏を初めて日本に広く知らしめ、のちに日本においてバレエが定着・普及するきっかけを作った。このため、エリアナ・パヴロワ、オリガ・パヴロワ (オリガ・サファイア) とともに日本バレエ界の恩人「三人のパヴロワ」の一人に数えられている。
パヴロワというデザートは、彼女の名にちなんでいるが、由来については議論が多く、ニュージーランドとオーストラリアが発祥地をめぐって争っている。だが最も古い記録はニュージーランドで見つかっている。

バレエ・キューバ

バレエ・キューバ

バレエ・キューバ

バレエ・キューバ

バレエ・キューバ バレエ・キューバ

バレエ・キューバ

バレエ・キューバ

バレエ・キューバ

バレエ・キューバ

バレエ・キューバ バレエ・キューバ

現在、アメリカは20世紀以降におけるバレエの中心地の一つであるし、ドイツ・オランダなどのその他のヨーロッパ諸国もレベルが高いことで有名である。そして、注目すべきことに、カリブ海に浮かぶ小さな島国・キューバも、バレエ大国として現在世界に認められているのである。もしかすると、キューバがバレエ大国であるということに対して、驚いたり違和感を覚えたりする人がいるかもしれない。だが、実際にヨーロッパやアメリカの有名なバレエ団の多くには、キューバ出身のダンサーがプリンシパルやソリストとして存在する。さらに、今の時代を代表するキューバ人ダンサー、カルロス・アコスタの名前を知らないバレエ関係者はいないことだろう。キューバ国立バレエ団が世界的な人気を博していることからも、もはやキューバが世界有数のバレエ大国であるということは疑いのない事実なのだ。

オーストリアのバレエ

バレリーナ(米国)

オーストリアのバレエ

■1533年、イタリア、フィレンツェのメディチ家からフランス王室に嫁いだカトリーヌ・ド・メディシスによりバレッティ(Balletti)がフランスにもたらされ、バレ(Ballet)と呼ばれた。

バレリーナ(米国)

バレエ(ソ連)

Red-Flower(ソ連、1962年) バレエ 

■バレエはルネッサンス期の時期は、宮廷では余興として詩の朗読、演劇などが演じられていたが、その一部としてバロ(Ballo)と呼ばれるダンスが生まれた。宮廷の広間で貴族たちが歩きながら床に図形を描いていくもので、それをバルコニーから眺めるのが当時の楽しみ方であったようです。

バレエ:ドビュッシー作「牧神の午後への前奏曲」、モーツァルト作「魔笛」ほか。 (フィンランド、1993年)

バレエ ロミオとジュリエット
(スウェーデン1975年)

ドビュッシー作「牧神の午後への前奏曲」、モーツァルト作「魔笛」ほか。 (フィンランド、1993年) バレエ バレエ ロミオとジュリエット(スウェーデン1975年)

白鳥の湖(ロシア、1993年)

■バレエ『ロメオとジュリエット(Romeo and Juliet)』は、ソ連の作曲家、セルゲイ・プロコフィエフが作曲したバレエ音楽である。イギリスの劇作家シェイクスピアによる悲劇『ロミオとジュリエット』に基づく。バレエ音楽からプロコフィエフ自身によって管弦楽組曲3つとピアノ独奏用組曲1つが作られている。

右の切手の図案の題材は、1979年にインドで開催された、「世界でもっとも美しい切手」コンテストで第1位に選ばれたスラニアの代表作品のひとつ、バレエ「ロミオとジュリエット」。 詳細は上段に掲載。


■『魔笛』(まてき、The Magic Flute)K. 620は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが1791年に作曲したジングシュピール(歌芝居。現在では一般にオペラの一種として分類される)。モーツァルトが生涯の最後に完成させたオペラ。バレでも採用されています。

凹版彫刻の技術・バレエ「ロミオとジュリエット」(アイルランド)

ロメオとジュリエット バレエ

民族舞踊やバレエ、ダンスに関する書籍類

ロイヤル・ニュージーランド・バレエ50周年(ニュージーランド、2003年) 『白鳥の湖』他

ロイヤル・ニュージーランド・バレエ50周年(ニュージーランド、2003年) 『白鳥の湖』他 ロイヤル・ニュージーランド・バレエ50周年(ニュージーランド、2003年) 『白鳥の湖』他

■『白鳥の湖』は、ピョートル・チャイコフスキーによって作曲されたバレエ音楽、およびそれを用いたバレエ作品。『眠れる森の美女』、『くるみ割り人形』と共に3大バレエと言われる。『白鳥の湖』では、通常オデット(白鳥)とオディール(黒鳥)は同じバレリーナが演じる。全く性格の違う2つの役を踊り分けるのはバレリーナにとって大変なことであり、32回のフェッテ(黒鳥のパ・ド・ドゥ)など超技巧も含まれる。

キューバ国立バレエ団60年

「白鳥の湖」

「ジゼル」

スウェーデン・バレエ(1983年)「モダン・バレエ」レジェのスケッチ
キューバ国立バレエ団60年

キューバ国立バレエ団60年
「白鳥の湖」、「ジゼル」、「コッペリア」、「ロミオとジュリエット」、「くるみ割り人形」、「眠れる森の美女」の背景幕。


 

スウェーデン・バレエ(1983年))

「コッペリア」

「ロミオとジュリエット」

「くるみ割り人形」

「眠れる森の美女」

キューバ国立バレエ団60年

キューバ国立バレエ団60年

オペラ「建・takeru」の衣裳)とバレリーナのシルエット(日本、1997年)

「ハバナ・国際バレエ・スティバル」での群舞
キューバ国立バレエ団60年 「ハバナ・国際バレエ・スティバル」での群舞

オペラ「建・takeru」の衣裳)とバレリーナのシルエット 日本

■切手の意匠について
 新国立劇場内オペラ劇場舞台から見た観客席を背景に、開場記念公演オペラ「建・takeru」の衣裳デザイナー・緒方規矩子(きくこ)氏による主役・建(タケル)の衣裳デザイン画と、バレエで最初に公演される「眠れる森の美女」をイメージするバレリーナのシルエットを描いています。

『バレリーナ(踊り子)(Danseuse)』(ルノワール)

ウクライナのバレエ劇場

印象派 絵画切手 ルノワール  『バレリーナ(踊り子) (Danseuse)』

■バレリーナ(伊: ballerina)とは、女性のバレエダンサーを指し、フランス語ではバレリーヌ (ballerine) といい、19世紀半ばにイタリア人女性ダンサーの活躍が顕著になると同時にイタリア語から移植されて初めて使われた。20世紀初頭にバレエ・リュスがパリで旋風を巻き起こすと、主役を踊ったT・カルサヴィナやアンナ・パヴロワらを指して用いられた。

ウクライナのバレエ劇場

ウクライナの有名なバレリーナ:エレーナ・フィリピエワ(Elena Philipieva) はウクライナの国家的アーティストです。タチアナ・ビレツカヤ (Tatyana Biletsukaya) はウクライナの名誉ダンサーであり、他にもドイツで活躍しているオルガ・キフヤック (Olga Kifyak)、イリーナ・シュリプニク (Irina Skripnik)、オクサナ・カルチスカヤ (Oksana Kulchiskaya) やオルガ・オニケンコ (Olga Onikeenko)、オクサナ・ストロシュク (Oksana Strozhuk) などが代表的です。

バレエ 『ロミオとジュリエット』(ソ連、1961年)

バレエ 『ロミオとジュリエット』(ソ連、1961年)

中国・文化大革命時代(1967年-1973年)

バレエ「白毛女」(文5)

バレエ「紅色娘子軍」(文5)

文化大革命時代の革命的バレエ「白毛女」(絵葉書)

中国 文化大革命 バレエ「白毛女」 中国 文化大革命 バレエ「紅色娘子軍」 文化大革命 バレエ 白毛女 絵葉書 中国
文化大革命 バレエ 白毛女 絵葉書

白毛女・主人公シーアル(革13)

白毛女・革命へ(革13)

中国 文化大革命 バレエ 白毛女・主人公シーアル(革13) 中国 文化大革命 バレエ「白毛女」 白毛女・革命へ(革13)

白毛女・髪が白く(革13)

白毛女・大春の再会(革13)

白毛女・髪が白く(革13) バレエ 白毛女・大春の再会(革13) バレエ

■『白毛女』(はくもうじょ)は、中国の革命歌劇。文化大革命期間中、上演が許された8つの『様板戯』(模範劇)、『紅色経典』(共産主義模範作品)の一つ。映画化・バレエ化も行われた。貧農の父親の借金の肩に、中国国民党とつながる悪辣な反動地主から暴行を受けた貧農の娘が山奥の洞穴に逃亡、隠れている間に白髪となったものの、解放軍に救い出され、地主を打倒するまでの姿を描く。延安の魯迅芸術学院の集団創作。(Wikipedia)
■日本の松山バレエ団が1958年に日中文化交流協会の日本側使節として初の訪中公演をおこなった際に上演したことがあります。

ドガ(印象派)の作品から

■印象派の巨匠エドガー・ドガの父はアマチュアの音楽家で、週末に友人のオーケストラメンバーを招いていたので、ドガ自身、幼少から音楽に触れる機会も多かったが、ファゴット(木管楽器のひとつ)奏者デジレ・ディオとの交友によって、1860年代後半からオペラや舞台の雰囲気に強い興味を示すようになりました。

『花を持った踊り子』(フランス)

ドガ画『バレエのレッスン』(モナコ)

ドガ『踊り子』(ルワンダ)

ドガ『踊り子』(ユーゴスラビア)

印象派 絵画切手 ドガ 踊り子 バレエ 印象派 絵画切手 ドガ画『バレエのレッスン』 印象派 絵画切手 ドガ 踊り子 バレエ 印象派 絵画切手 ドガ 踊り子 バレエ

■左から2枚目の絵画は、ダンス教室(バレエの教室) (Classe de danse) 1875年頃 85×75cm | 油彩・画布 | オルセー美術館(パリ)です。熱心な収集家であった当時のバリトン歌手ジャン・バティスト・フォールの依頼により制作された作品で、近距離から描かれる踊り子と奥の壁際の踊り子らとの極端な構図的展開は、観る者に強い印象を与えます。バレエ教師ジュール・ペロが指導する踊り子らの、本番の舞台では決して見せない日常的な姿や人間性に溢れた年相応の仕草が、ドガの鋭い観察眼によってありありと示されている。 

南アフリカ発行のショーダンス

デンマークのバレリーナ(1986年)

■バレリーナ(ballerina)とは、イタリア語でバレエの女性舞踏手、もしくは主要ダンサーを指す言葉。男性舞踊手は「バレリーノ」と呼ぶこともある。最近は、公的にはバレリーナという言葉は使われないようになってきており、男女問わず「バレエダンサー」と呼称されることが増えてきている。なお、フランス語ではバレリーヌ(ballerine)となるが、単にダンサーを指す場合には男性はダンスール(danseur)、女性はダンスーズ(danseuse)と呼ばれる。 「バレリーナ」という言葉はすべての女性バレエ・ダンサーに対して使われているが、もともとはロシア帝国バレエ団内で例外的にソリストを務めるダンサーに与えられた階級のことであった。 

南アフリカ発行 ショーのダンサー

ショーのダンサー

デンマークのバレリーナ(1959年)

デンマークのバレリーナ(1959年)右は初日カバー(FDC)

「美しく青きドナウ」のバレエ
(オーストリア1967年)

デンマークのバレリーナ(1959年) デンマークのバレリーナ(1959年) 「美しく青きドナウ」のバレエ(オーストリア1967年)

■『美しく青きドナウ』(An der schonen blauen Donau)作品314は、ヨハン・シュトラウス2世によって1867年に作曲されたワルツ。非常に有名で人気が高く、作曲者の、またワルツの代名詞的な曲として広く親しまれている。毎年1月1日に行われる、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のニューイヤーコンサートのアンコールの定番曲でもあり、この曲の序奏部を少し奏した後、拍手によって一旦打ち切り、指揮者や団員の新年の挨拶が続くという習慣となっている。

 ヴェローナのハムレットで有名な「ジュリエッタの家」

「ジュリエットの家」

イタリア・ヴェローナには中世の町並みがよく残っている。 シェイクスピアの戯曲『ヴェローナの二紳士』、『ロミオとジュリエット(ハムレット)』の舞台としても知られる。2000年、ヴェローナ市街として、世界遺産(文化遺産)に登録された。 ロミオとジュリエットに肖りたい若い男女が大勢いました。

「ジュリエッタの家」の庭

「ジュリエッタの家」の観光客

「ジュリエッタの家」
のバルコニー

「ジュリエッタの家」
あやかりグッズ ハート

「ジュリエッタの家」のブロンズ像

「ジュリエッタの家」の像

ヴェローナの結構派手目の市内観光バス

ヴェローナの観光バス

■「ジュリエッタの家」は、、ヴェローナの細いカペッロ通りから入口を入ると中庭で、ここにバルコニーがあります。その手前にジュリエット像が立っているのですが、この胸に触ると幸せになると言われているので摩擦でつるつるになっています。 シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の舞台であり、映画や舞台でおなじみのバルコニーは観光名所となっている。ここは「ジュリエッタの家」と呼ばれており、館内には当時の家具や日用品が展示されている。 前庭にはジュリエッタの像もあります。 ジュリエット像の右胸を触ると、幸せな結婚が出来るという言い伝えがあるそうです。だから、ジュリエット像の右胸は、みんなが触る為、銅色のままです。 写真でも女性が触っています。

ヴェローナにはジュリエットクラブがあります。ジュリエットへの手紙はこちらへどうぞ。 返事がくることもあるそうです!!
CLUB DI GIULIETTA via Galilei 3  37100 Verona  Italy    e-mailでも大丈夫です
■イタリア旅行写真 [ トップミラノヴェローナヴェネツィアフィレンツェドゥオーモヴェッキオ橋ウフィツィ美術館とアカデミア美術館 )|ローマコロッセウムフォロ・ロマーノ )|バチカン市国バチカン博物館ラファエロの間システィーナ礼拝堂 ) ]


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