Kunioの世界の切手紹介と海外写真集

Kunioの世界の切手紹介と海外写真集 国内写真集|山陽・山陰 : 
山口県の天然記念物の秋吉台・秋芳洞、湯田温泉、関門海峡。島根は縁結び出雲大社、津和野、世界遺産の石見銀山遺跡、広島は原爆ドーム・宮島、岡山は桃太郎、岡山城と庭園・後楽園、蒜山高原、ロマン漂う倉敷、ゲゲゲの女房。

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山陽・山陰の良い所・お気に入りの場所や歴史の風景の写真集

 山陽・山陰の良い所やお気に入りの場所、風化が懸念される歴史の風景を写真でご案内します。 山陽・山陰地方では山口県の天然記念物の秋吉台・秋芳洞、湯田温泉、関門海峡、巌流島、壇ノ浦などが有名です。 島根は出雲大社、広島は世界遺産の原爆ドームや安芸の宮島、岡山は桃太郎伝説、岡山城と庭園・後楽園、蒜山高原、ロマン漂う倉敷。 また、一昔前はヒバゴンと言うUMAで比婆山系は有名になった事もありますね。 山陰・鳥取県 境港市(さかいみなとし)はゲゲゲの鬼太郎やをはじめとする妖怪と、サバ、アジ、カニなどのお魚が いっぱいのまち です。 鳥取では他に鳥取砂丘と二十世紀なし。 他には山陰では島根の縁結びの神・出雲大社や宍道湖、松江城、小京都・津和野、世界遺産(Herittage)の石見銀山遺跡が有名です。 日本で最初にピラミッドと呼ばれたのが広島県にある葦嶽山(あしたけやま)です。木々が生い茂っていますが、きれいな三角形の山です。人工的に建てられたであろう石の柱や巨石群、頂上には太陽石の崩れたあとも伺えます。 是も有名かな。 最近はゲゲゲの女房(ゲゲゲの鬼太郎)ですね。 島根県の境港と安来の特集を。 出雲大社は日本の最大級の有力なパワースポットです。 切手以外の画像はクリックで拡大します。


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山陽・山陰地方

■秋吉台(あきよしだい)は、山口県美祢市中・東部に広がり、台地上の総面積54km2の日本最大のカルスト台地。厚東川より東部は、1955年に国定公園(秋吉台国定公園)に、また1961年に天然記念物に、1964年に特別天然記念物に指定された。

秋吉台・秋芳洞

秋吉台・秋芳洞 柿

地表には多数のドリーネ(窪地)が見られ、地下に秋芳洞、大正洞、景清洞など450を超える鍾乳洞がある(近年も新しい洞窟が発見されている)。秋吉台は、約3億5千万年前(古生代石炭紀)、古太平洋上に海底火山が生じ、海面近くのその頂上に珊瑚礁が形成された。この海底火山は複数生じ、秋吉海山列と名付けられている。その後、太平洋プレート運動により北西へ移動し、プレートは海溝から地球内部へ沈降していったが、秋吉海山列は付加体としてユーラシア大陸の一部となった(約2億5千万年前)。このとき、珊瑚礁だった部分は、化石化して石灰岩となっていた。しばらく、秋吉海山列からなる付加体は、海底下の地中深くにあったが、約2億年前に大規模な地殻変動(秋吉造山運動)が起こり、付加体は地上に押し上げられるとともに大きく褶曲し、地層の上下が逆転する逆転構造を呈することとなった。 天然記念物に指定されています。

秋吉台・秋芳洞 秋吉台・秋芳洞

秋吉台・秋芳洞 空滝

秋吉台(カルスト地形、鍾乳洞
、国定公園)

秋吉台
(カルスト地形、国定公園)

秋吉台・秋芳洞の入口

秋吉台・秋芳洞 秋吉台(カルスト地形、国定公園) 鍾乳洞

■出雲大社(いずもおおやしろ、いずもたいしゃ)は島根県出雲市にある神社。出雲大社は、縁結びの神様としても知られ、神在月(神無月)には全国から八百万の神々が集まり神議が行われる(神在祭 旧暦10月11日〜17日)。パワースポット。

出雲大社

山口・湯田温泉街

世界遺産 厳島神社・大鳥居

世界遺産 厳島神社・大鳥居

日本の世界遺産・遺跡の切手 
広島・厳島神社(国宝、安芸の宮島)

■湯田温泉(ゆだおんせん)は、山口県山口市(旧国周防国)にある温泉。山陽路にはあまり温泉街は存在しないが、そんな中で山陽路随一の温泉街である。開湯は約600年前といわれる。白狐が毎夜温泉に浸かっていたところを権現山の麓のお寺のお師匠さんが発見したとされる。田んぼの真ん中から金色のお地蔵さんや、源泉が湧出したことが、「湯田」の名前の由来である。 部下の結婚式で。 江戸時代末期には、尊王攘夷派の藩士や公家がこの地に滞在していた。 中原中也出身地で、生家が存在する。種田山頭火が暮らしていたこともある。

絵葉書・広島 原爆ドーム

絵葉書・広島

絵葉書・広島 広島城

絵葉書・広島 慰霊碑

絵葉書・広島 原爆ドーム 平和記念公園 慰霊碑

絵葉書・広島平和記念公園

絵葉書・広島 原爆ドーム

絵葉書・広島 原爆ドーム

絵葉書・広島 原爆ドーム

絵葉書・広島 原爆ドーム 絵葉書・広島 原爆ドーム

広島平和記念公園は、広島県広島市中区中島町にある無料の市民公園。世界に向けて人類の平和を願い訴える目的と、過去の過ちを繰り返さないために、爆心地に近いこの周辺に公園の建設が計画され、1954年4月1日に完成した。設計は丹下健三 。

■山陰のB級グルメ、出雲そば」はまさにB級グルメの最高峰ではないでしょうか。地域の文化、歴史を感じさせ、気取らず、低料金で、それでいて旨さ格別、決して手抜きをしないでひたむきに精進しているお店が山陰にはたくさんあります。鳥取の牛骨ラーメン。

 ゲゲゲの鬼太郎の町・鳥取県境港市とゲゲゲの女房の生まれた町・島根県安来市 の特集

 ゲゲゲの鬼太郎の町・鳥取県境港市

■境港市は三方が海に囲まれ、日本海側の重要港湾として栄えてきた街。白砂青松の続く弓ヶ浜半島は東南にそびえる大山を背景に風光明媚な景観を呈しており、「日本の白砂青松100選」や「日本の渚100選」に選ばれている。日本の著名な漫画家・水木しげるの出身地であり、「ゲゲゲの鬼太郎」に登場するキャラクターの銅像がならぶ水木しげるロード、市が発行する住民票の写しの透かしにゲゲゲの鬼太郎に登場するキャラクターが使われていること、米子駅と境港駅を結ぶ境線に「鬼太郎列車」が運転されていることでも有名。奈良時代ごろには、境港あたりは『出雲国風土記』にみる「夜見島」に該当する。
■1933年から1935年頃にかけて、民話の『子育て幽霊』を脚色した、伊藤正美作の富士会の『ハカバキタロー(墓場奇太郎)』という紙芝居が存在し、『黄金バット』をも凌ぐほどの人気であった。1954年、紙芝居の貸元である阪神画劇社と紙芝居作者として契約していた水木は、同社社長・鈴木勝丸に前述のハカバキタローを題材にした作品を描くよう勧められた。作者承諾の上で、水木はオリジナルの紙芝居『蛇人』『空手鬼太郎』『ガロア』『幽霊の手』の4作を仕立てた。これが鬼太郎シリーズの原点である。1965年、劇画路線を推進していた『週刊少年マガジン』で読み切り作品『墓場の鬼太郎』「手」が掲載された。当初は不定期掲載で人気も出ず、3話で打ち切りを検討された。だが夏休みが終わる時期に、当時の貸本読者や大学生たちからの激励の葉書が届き、打ち切りは回避された。

「ゲゲゲの鬼太郎」に登場するキャラクターの銅像がならぶ水木しげるロード

ゲゲゲの鬼太郎と一反木綿

目玉のおやじ

水木しげるロード

ゲゲゲの鬼太郎と一反木綿

目玉のおやじ

水木しげるロードの
三平茶屋と鬼太郎

水木しげるロード

境港-米子間をはしる
「鬼太郎列車」

水木しげるロードの三平茶屋と鬼太郎 境港-米子間をはしる「鬼太郎列車」

ゲゲゲの鬼太郎かまぼこ」:境港の鬼太郎ロードではすでに定番の商品

ゲゲゲの鬼太郎と目玉親父

水木しげるロード

駐車場の目玉のおやじ

ゲゲゲの鬼太郎かまぼこ

ゲゲゲの鬼太郎と目玉親父 ゲゲゲの鬼太郎かまぼこ

水木しげるの世界「ゲゲゲの鬼太郎」(平成21年2月23日)

「水木しげるの妖怪ワールド」

ゲゲゲハウスの日常1(鬼太郎と目玉おやじ)

リモコンげた

獄炎乱舞

水木しげるの世界「ゲゲゲの鬼太郎」 ゲゲゲハウスの日常1(鬼太郎と目玉親父)  水木しげるの世界「ゲゲゲの鬼太郎」 リモコンげた 獄炎乱舞 

「ゲゲゲの鬼太郎」 日本の悪党妖怪

■水木 しげる(みずき しげる、1922年3月8日 - )は日本の漫画家である。本名は武良 茂(むら しげる)。鳥取県境港市出身。東京都調布市在住。ペンネームは、紙芝居作家時代に、当時経営していたアパート「水木荘」から周りに名付けられた。兵隊として戦争を体験したのち、終戦後より紙芝居、貸本漫画などを執筆。1964年に『ガロ』にて商業誌デビューし、妖怪を扱った作品により人気作家となる。代表作『ゲゲゲの鬼太郎』は5度TVアニメ化。2007年、『のんのんばあとオレ』によりフランス・アングレーム国際漫画祭で日本人初の最優秀作品賞を受賞。また妖怪研究家として、世界妖怪協会会長、日本民俗学会会員、民族芸術学会評議委員などを歴任、調布市名誉市民にも選ばれている。水木しげる記念館は境港市にある。   「さかなと鬼太郎のまち 境港市

水木しげるの世界「ゲゲゲの鬼太郎」 日本の悪党妖怪

「ゲゲゲの鬼太郎」 妖怪横丁のアイドル(猫娘 ほか)

「ゲゲゲの鬼太郎」 鬼太郎と仲間たち(一反木綿、
ぬりかべ、ねずみ男、砂かけ婆、猫娘、子泣き爺)

水木しげるの世界「ゲゲゲの鬼太郎」 妖怪横丁のアイドル(猫むすめ ほか) 水木しげるの世界「ゲゲゲの鬼太郎」 鬼太郎と仲間たち(一反木綿、ぬりかべ、ねずみ男、砂かけ婆、子泣き爺)

 ゲゲゲの女房の生まれた町・島根県安来市

■安来市(やすぎし)は、島根県の市。慣用的には安来は「ヤスギ」と発音しているが、風土記伝承から考えると古代においては「ヤスキ」と読まれていた。弥生/古墳時代の間にかけて出雲に強力な王権が発生するが(古代出雲)、その中心地(東部出雲王朝)だったという説がある。全国最大級の方墳である造山古墳群や出雲文化圏特有の四隅突出型墳丘墓(国内最大級の集中地帯)などを含む多くの古墳が発掘されており、弥生から古墳時代にかけて約500年の間、連綿と栄えた地域である。安来でも弥生期の製鐵遺構が竹ヶ崎・柳遺跡で見つかっているため、これらの鉄が当時鉄不足であった大和地方へ供給されヤマト朝廷建国の原動力となったという説がある。漫画家・水木しげるの妻・武良布枝が生まれた所。
■安来節(やすぎぶし)は島根県安来地方の民謡。安来節とともに踊る伝統的な民俗舞踊として「どじょうすくい」があり、代表的な御座敷芸とされている。どじょうすくいのひょっとこ顔で有名。男踊りのどじょう掬いは実は、この周辺の名産である安来鋼を作るたたら吹き製法の際に原料として使われる砂鉄採取の所作を踊りに取り込んだものとされる。一説には「どじょう」は「土壌」であると云う。安来のどじょうすくいをモチーフにした山陰地方の代表銘菓「どじょう掬いまんじゅう」も出来てます。

島根県安来市の飯田家(ゲゲゲの女房)

島根県安来市ののどかな風景 延々と田圃が広がります

島根県安来市の飯田家(ゲゲゲの女房) 島根県安来市の飯田家(ゲゲゲの女房)

安来・ガラス戸の一反木綿

島根県安来市の街並み

境港・ガラス戸の一反木綿

■NHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』の著者は、『ゲゲゲの鬼太郎』の生みの親であり、妖怪研究の第一人者としても知られる巨人・水木しげるの夫人である。 赤貧の時代、人気マンガ家の時代、妖怪研究者の時代、「幸福とは何か」を語る現在……結婚以来半世紀、常に水木の傍らに寄り添い、見守ってきた。漫画家・水木しげるの妻・武良布枝。 

島根県安来市の飯田家(ゲゲゲの女房)の風景 裁縫道具や古いミシン 昭和を感じます


生家は商家だったの
かもしれません。

釋迦ヶ嶽の実物大の人形

釈迦ヶ嶽雲右衛門は、228センチ180キロのウルトラ巨人。
釋迦ヶ嶽は島根県安来市に寛延 2年(1749)に生まれた。本名は天野久富。 父は 182cm、母は 176cmという大型の家系に生まれ、5〜6歳の頃から急速に大きくなり、 10歳のとき大病にかかって半年ほど寝込んで全快してみると、着物の着丈が30cm余も短くなっていたという。 14歳ですでに 195cmという。 雲州抱えの雷電為五郎の養子という形で弟子入りした。
はじめ大坂相撲の看板大関として初土俵を踏み、この時の四股名は大鳥井(または大鳥居)。半年後の明和 7年(1770)11月の江戸番附に突如として大鳥井改め釋迦嶽雲右衛門の名が現れたのである。看板大関としての登場だったのだが、また稀代の巨人であり、実力にも圧倒的なものがあったために一躍脚光を浴びた。

ANAの旅行総合サイト【ANA SKY WEB TOUR】

■「ゲゲゲの女房」こと武良(むら)布枝さん(78)のめいにあたり、勤め先の安来市観光協会で布枝さんの故郷安来や、放送中のNHK連続テレビ小説をPRしている。 奈良の短大に進学した時以外は、布枝さんの生家でもある安来市大塚町の実家で暮らす。水木しげるさん(88)と布枝さん夫婦とは「中学生の時、一緒にファッションショーごっこをして遊びました。ちゃめっけがある自然体の夫婦です」という。 市役所から観光協会に異動になったのは昨年12月。布枝さんのめいということでの抜てきだった。「ゲゲゲの女房」にちなんだイベントの企画や、全国から訪れる観光客の案内をしている。「もともと人とつきあうのが大好き。お客さんが喜ぶ顔を見ると励みになります」と語る。 今年3月に、生家前に建てられた記念モニュメント「つなぎ石」の設置にも携わった。「つなぐ」というテーマに合わせ、御影石(みかげいし)製のモニュメントの中をくり抜き、手をつなげるようにしたのは飯塚さんのアイデア。「最初はぬりかべみたいなデザインだったんですよ」と明かす。 休日は、約20年前から続けている料理教室と生け花教室で指導する。その時だけが、「ゲゲゲの女房」から離れられる時間という。[ 毎日新聞 2010年5月23日 ]

切手でめぐる山陽・山陰地方(岡山、広島、鳥取、島根、山口)の良い所

■山陰・鳥取県大山町は大山隠岐国立公園の中でも山陰地方の独立峰として有名な大山の麓の町です。大山は、日本有数規模の成層複成火山。伯耆大山(ほうきだいせん)とも呼ばれる。 古来より日本四名山に数えられた。また、登山家 深田久弥選出の日本百名山の一つであり、日本百景にも選定されている。大山の主峰は剣ヶ峰(けんがみね、1,729m)。中国地方の最高峰であり、中国山地から離れた独立峰である。180万年前から50万年前にかけて噴火形成された巨大な成層火山である古期大山のカルデラ上に、5万年〜1万年前にかけて成長した巨大な溶岩ドームである新期大山から成る。

大山(1939年、国立公園)

鷲羽山・岡山県
(1963年、瀬戸内海国立公園)

赤松の池と大山
(1965年、国立公園)

西山陽山地・深入山
(1973年、国定公園)

大山(1939年、国立公園) 鷲羽山(1963年、瀬戸内海国立公園) 赤松の池と大山(1965年) 国立公園 西山陽山地・深入山(1973年、国定公園)

比婆道後帝釈・同道山からの比婆連峰(1972年、国定公園)

屋島と瀬戸内海(1939年)

山陰海岸・鳥取砂丘と因幡の傘踊り(1961年、国定公園)

瀬戸内海・鳴門の渦巻
(1963年、国立公園)

比婆道後帝釈・同道山からの比婆連峰(1972年、国定公園) 屋島と瀬戸内海(1939年) 国立公園 山陰海岸・鳥取砂丘と因幡の傘踊り(1961年、国定公園) 瀬戸内海・鳴門の渦巻(1963年、国立公園)

大山隠岐・隠岐浄土ケ浦
(1965年、国立公園)

島根・津和野(2008年)

比婆道後帝釈・帝釈峡
(1972年、国定公園)

島根・国賀海岸(2008年)

大山隠岐・隠岐浄土ケ浦(1965年) 国立公園 島根・津和野(2008年) 島根・国賀海岸(2008年)

■隠岐の島:縄文時代には、隠岐は有数の良質の黒曜石が産出され貴重な産地であったことから、北陸地方や遠くは大陸までの海上交通が開かれたと云われています。 奈良時代から平安初期にかけては、隠岐は渤海外交の中継基地として大陸文化の伝来に大きな役割を果たし、中世以降は遠流の島と定められ多くの貴人、文化人が配流され彼らが伝えた都の文化は、時空を超え今なお伝統芸能や行事の中に確実に伝承されています。 かつて日本海を航行する船の標識ともみなされたという、隠岐島後の最高峰大満寺山の一帯には、オキシャクナゲの群落や、オキフウランの自生地が今も残されています。 遙か遠い歴史を伝える蓮華会舞、御霊会風流、武良祭風流、牛突きなどのまつりごとは、それぞれの想いを秘め次の世代に伝えられています。 

北長門海岸・青海島(1962年)

■岡山城(おかやまじょう)は日本の城。所在地・岡山県岡山市北区。別名・烏城(うじょう)、金烏城(きんうじょう)。国指定の史跡。戦国時代に、備前西部から美作、備中に勢力を伸ばした宇喜多氏が本拠としたことで近世城郭の基礎が生まれ、その後小早川氏、両池田氏により整備、拡張が行われた。城跡は烏城公園として整備されており、復元天守の内部は博物館。

岡山城(岡山県)

松江城(島根県)

北長門海岸・青海島(1962年) 国定公園 熊本城 松江城(島根県)

岡山・後楽園と鶴(1966年)

明々庵(島根県) 侘介

茶室を主とする古庵

松江城(島根県)

岡山・後楽園と鶴(1966年) 明々庵 お茶の文化

■明々庵(めいめいあん)は島根県松江市の塩見繩手にある松平不昧ゆかりの茶室を主とする古庵。 茶人としても知られる松江藩7代当主・松平不昧(松平治郷)によって、1779年(安永8年)に家老有沢弌善のために殿町にある彼の邸内に建てた茶室を主とする古庵である。

浦富海岸と松葉がに(鳥取)

鳥取砂丘(鳥取)

流しびな(鳥取)

大山(鳥取)

■ヒバゴンは、日本に生息すると言われている類人猿型の未確認動物(UMA)のひとつ。1970年代に広島県比婆郡西城町油木・比婆郡比和町・庄原市(現在は全域が庄原市)の山陽山地にある比婆山連峰において目撃された。ヒバゴンの名称は比婆山(ひばやま)からきている。
1971年4月に地元の自治体(広島県比婆郡西城町役場)に類人猿相談係が創設された。その後、1975年3月に類人猿相談係は廃止されている。同時に自治体による「ヒバゴン騒動終息宣言」が出された。
■吉備津神社は、三備(備前、備中、備後)の一の宮と称せられる山陽道屈指の大社で、仁徳天皇の時代(5世紀前半ころ)に創建されたといわれています。 現在の本殿は、応永32(1425)年に再建された、「比翼入母屋造り」と呼ばれる形式のもので、国宝に指定されています。また、本殿と同年に再建された拝殿も国宝に、南北の随神門は重要文化財に指定されています。 ※ 比翼入母屋造り内々陣と内陣からなる中心部の周囲に中陣と外陣をめぐらせた吉備津神社に限って呼ばれる神社本殿形式で、側面から見た入母屋破風を二つ比翼に並べて縦の棟でつないだ屋根の軽快な姿からこのように呼ばれる。

 

吉備津神社本殿・南随神門

吉備津神社本殿・南随神門 

山陽・山陰に関する書籍やDVDの紹介


 

石見銀山の「御取納丁銀」
(日本,2008年) 

世界遺産 「石見銀山遺跡とその文化的景観」

城上神社(きがみじんじゃ)の
天井画『鳴き龍』

石見銀山の「御取納丁銀」(日本,2008年) 世界遺産

■世界遺産・石見銀山(いわみぎんざん)は、島根県大田市にある戦国時代後期から江戸時代前期にかけて最盛期を迎えた日本最大の銀山(現在は閉山)であり、大森銀山(おおもりぎんざん)とも呼ばれ、江戸時代初期は佐摩銀山(さまぎんざん)と呼ばれた。一般に銀山開発においては銀の精錬のため大量の薪炭用木材が必要とされたが、石見銀山では適切な森林の管理がなされたことにより環境への負荷の少ない開発がなされ、今日に至るまで銀山一帯には広葉樹などを含む森林が残されてきている点が特に評価されている。

世界遺産 石見銀山 日本 城上神社(きがみじんじゃ)天井画『鳴き龍』

岡山県・倉敷美観地区 倉敷川の景観

岡山県倉敷市・大原美術館 倉敷美観地区
倉敷美観地区 大原美術館

瀬戸大橋

■倉敷美観地区(くらしきびかんちく、Kurashiki Bikan historical quarter)は岡山県倉敷市にある伝統的建造物群保存地区。 国選定の重要伝統的建造物群保存地区としての名称は倉敷川畔伝統的建造物群保存地区。 江戸時代初期の寛永19年(1642年)、江戸幕府の天領に定められた際に倉敷代官所が当地区に設けられ、以来備中国南部の物資の集散地として発展した歴史を持つ。倉敷川の畔から鶴形山南側の街道一帯に白壁なまこ壁の屋敷や蔵が並び、天領時代の町並みをよく残しており、1979年に県内2件目となる重要伝統的建造物保存地区に選定されている。 また、1930年(昭和5年)に建てられた日本最初の西洋美術館大原美術館や1888年(明治21年)に代官所跡地に建てられた旧倉敷紡績工場の建物を改修・再利用した観光施設倉敷アイビースクエア等も当地区を代表する建築物である。

瀬戸大橋

■瀬戸大橋(せとおおはし)は、瀬戸内海を跨いで本州(岡山県倉敷市)と四国(香川県坂出市)を結ぶ10の橋の総称であり、本州四国連絡橋のひとつ。

鉄道井原線開通

山口七夕

鉄道井原線開通

「井原線」は、岡山県総社市を起点として、清音村、真備町、矢掛町、井原市を経て広島県神辺町に至る延長41.7kmを結ぶ鉄道で、岡山県南圏域と備後圏域を結ぶ都市間旅客輸送路線として、平成11年1月11日(月)に開通。切手は小田川橋梁を雄壮に走る「井原線」の列車。

山口七夕

錦帯橋(1953年)

関門橋(1973年)

船とニジッセイキナシの花

鳥取県境港市

錦帯橋(1953年) 関門橋(1973年)下関と門司間

下関と門司 間

「山陰・夢みなと博」鳥取 船とニジッセイキナシの花

■山陰・夢みなと博覧会(さんいん・ゆめみなとはくらんかい)とは、1997年7月12日から9月28日にかけて鳥取県境港市で開催された地方博覧会である。来場者は約193万人にのぼった。
テーマ:翔け、交流新時代へ
サブテーマ:環日本海交流…夢の発展、世界に広がる独自技術…夢の発信、新たな「とっとりライフ」…夢の発見

■錦帯橋は、山口県岩国市の錦川に架橋された木造のアーチ橋である。日本三名橋や日本三大奇橋に数えられており、名勝に指定されている。5連のアーチからなるこの橋は、全長193.3m、幅員5.0mで、継手や仕口といった組木の技術によって造られている。

たまがき書状(岡山)

■たまがき/たまかき(生没年不詳)は、京都東寺領の新見庄(岡山県新見市)の荘官、惣追捕使の福本刑部丞の妹とされる。たまがきに関する直接的な史料は「東寺百合文書」(京都府立総合資料館蔵)の中の「たまかき書状」と「祐清注進状」などに限られている。文献などによると、たまがきは、寛正3年(1462年)、東寺から直務代官として、新見に着任した東寺の僧・祐清(ゆうせい)の身辺の世話をしていたらしい。東寺に向けて祐清の遺品を求めた手紙が「たまかき書状」で、中世農村女性の自筆書状として全国的に珍しい史料といえる。新見市西方の新見公立短期大学南のJR伯備線線路脇には彼女の生家である福本刑部丞邸跡地があり、そこに「たまがきの碑」があり、書状の一部が抜粋され刻まれている。
■関門橋(かんもんきょう、KANMONKYO BRIDGE)は、山口県下関市と福岡県北九州市門司区の間の関門海峡を跨ぐ道路橋の名称。

「出雲の阿国と出雲大社」
中国・島根県

たまがき書状(岡山、国宝) 「出雲の阿国と出雲大社」

■「毛利敬親大名行列錦絵」は、明治時代に活躍した浮世絵師・橋本周延(1838-1912)の作。萩市郷土美術館所蔵。最後の萩(長州)藩主毛利敬親の参勤交代行列を描いた錦絵。1,000人といわれる行列が、江戸高輪付近を通る様子を表す。図中の長持ちや旅箱には、毛利家の家紋「一文字ニ三ツ星」が見られ、また槍を投げ渡しする様子も見られるなど、大名行列の一シーンを現在に伝える貴重な絵図資料。

萩開府400年=「毛利敬親大名行列錦絵」』2種連刷

萩開府400年=「毛利敬親大名行列錦絵』2種連刷

■浮世絵師・橋本周延について
 天保9(1838)〜大正元(1912)年。越後(新潟県)生まれで、本名・橋本直義。 初め歌川国芳、後に豊原国周に師事し、「揚州」、「一鶴斎」と号しました。 美人画を得意とし、明治風俗画で多くの佳作を残しています。

■金子 みすゞ(1903年(明治36年)4月11日 - 1930年(昭和5年)3月10日)は、大正時代末期から昭和時代初期にかけて活躍した童謡詩人。本名、金子テル(かねこ てる)。大正末期から昭和初期にかけて、26歳の若さでこの世を去るまでに512編もの詩を綴ったとされる。1923年(大正12年)9月に『童話』『婦人倶楽部』『婦人画報』『金の星』の4誌に一斉に詩が掲載され、西條八十から「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛された。

国宝・投入堂

■妻木晩田遺跡は、総面積は約152haに及び、建物跡は約900棟、墳丘墓30基以上が発見され国内最大級の弥生時代の集落跡です。遺物は、土器、石器(調理具・農工具・狩猟具・武器)、鉄器(農工具・武器)、破鏡等が出土している。鉄器は?・斧・穿孔具・鍬鍬先・鎌・鉄鏃等、弥生時代のもののみで197点が出土しており、大陸性のものも確認されている。

妻木晩田遺跡

国宝投入堂 妻木晩田遺跡

■三仏寺(さんぶつじ)は鳥取県東伯郡三朝町にある天台宗の仏教寺院。山号を三徳山(みとくさん)と称し、開山は慶雲3年(706年)に役行者が修験道の行場として開いたとされ、その後、慈覚大師円仁により嘉祥2年(849年)に本尊釈迦如来・阿弥陀如来・大日如来の三仏が安置されたとされる。鳥取県のほぼ中央に位置する三徳山(標高900メートル)に境内を持つ山岳寺院である。古くは三徳山全体を境内とした。「投入堂」(なげいれどう)の通称で知られる奥院の建物は、垂直に切り立った絶壁の窪みに建てられた他に類を見ない建築物で、国宝に指定されている。草創の時期や事情についてははっきりわかっていない。近世の地誌『伯耆民談記』によれば、慶雲3年(706年)、修験道の開祖である役小角(えんのおづぬ、役行者)が子守権現、勝手権現、蔵王権現の三所権現を祀ったのが始めとされている。

みすゞとふるさと長門(金子みすゞ生誕100年) 
金子みすゞ・「大漁」の詩

みすゞとふるさと長門(金子みすゞ生誕100年) 金子みすゞ・「大漁」の詩

21世紀未来博覧会(山口きらら博)
「山口きららバンド」、「トモエガモ(別名アジ)」

■21世紀未来博覧会(山口きらら博)は、新たな未来を創造し、地域社会のより一層の発展を目指して山口県吉敷郡阿知須町きらら浜で2001年に開催。博覧会のマスコットキャラクター「山口きららバンド」と会場のシンボルである「月の海」と「テーマ館」と「きらら浜自然観察公園」に飛来する「トモエガモ(別名アジ)」が、虹の中を未来に向かって羽ばたく姿。

フラワーパーク「とっとり花回廊」(鳥取,2004)

21世紀未来博覧会(山口きらら博)「山口きららバンド」、「トモエガモ(別名アジ)」 フラワーパーク「とっとり花回廊」


フラワードームと花々と大山

山陰地方(さんいんちほう)は、本州西部のうち日本海に面する地方である。名称は五畿七道の山陰道に因む。範囲は中国地方の北部(中国山地の北側)、あるいはそれに北近畿を加えた範囲を指すことが多い。鳥取県・島根県・山口県
山陽地方(さんようちほう)は、本州の瀬戸内海側に位置する地方である。岡山県・広島県・山口県

山陽・山陰の良い所・お気に入りの場所や歴史の風景の写真集

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