Kunioの世界の切手紹介と海外写真集

Kunioの世界の切手紹介と海外写真集 国内写真集|東北 :平泉周辺には、奥州藤原氏四代による、都の文化の影響を受けながらも独自に発展させた仏教寺院、浄土庭園などの遺跡群が存在 奥州・平泉の中尊寺と福島・会津若松、青森・下北半島では、日本三大霊山の一つ恐山、マグロ漁の大間岬、世界遺産の中尊寺

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東北の良い所・お気に入りの場所の写真集

 東北の良い所やお気に入りの場所を写真でご案内します。東北は、奥州・平泉は惜しくも世界遺産登録には漏れたが中尊寺と青森・下北半島の日本三大霊山の恐山を中心に。 恐山は早朝だったために人気もまばらでしたが霊山(霊場)の趣は非常に強く感じました。 北海道旅行の行き帰りには東北地方を通過します。 その折に撮った写真を中心としています。 最近の写真だけでなくセピア色した写真も掲載します。 平泉周辺には、奥州藤原氏四代による、都の文化の影響を受けながらも独自に発展させた仏教寺院、浄土庭園などの遺跡群が存在する。 マグロ漁で有名な青森の大間崎も壮観。 内政権の律令制・中央集権体制下では、出羽国は越国(北信越道)の先にある沿岸国(船で到達できて畿内に近い)、陸奥国は東山道を徒歩で行くために、「道奥=みちのおく(みちのく)」すなわち内陸国と見なされていました。 他には世界遺産の白神山地。 画像クリックで拡大します。(拡大×は原寸大)


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松尾芭蕉・奥の細道(俳句)

奥州(岩手県)・平泉(世界遺産)

■中尊寺(世界遺産)は天台宗の東北大本山です。寺伝によると、嘉祥3年(850)に天台の高僧・慈覚大師円仁によって開かれました。12世紀のはじめ、奥州藤原氏の初代清衡公が、前九年・後三年の合戦という東北地方で長く続いた戦乱で亡くなった人の霊を慰め、仏国土を建設したいという趣旨のもと、多宝塔や二階大堂など「寺塔四十余宇、禅坊三百余宇」を造営しました。惜しくも14世紀に野火のため多くの堂塔は焼失しましたが、今なお、金色堂はじめ3000余点の国宝・重要文化財を伝える、東日本随一の平安美術の宝庫です。 大学生の頃に友人と出掛けた北海道旅行の際に、平泉で食べた山掛けそばの美味しさは忘れられません。

中尊寺・大日堂

中尊寺・鐘楼

中尊寺・金色堂

中尊寺・金色堂

中尊寺・大日堂 中尊寺・鐘楼 中尊寺・金色堂 中尊寺・金色堂

平泉の金色堂(2000年)

平泉の金色堂(1954年発行)

新動植物II 平泉・金色堂

中尊寺(金色堂)と紅葉

平泉の金色堂 日本 奥州・平泉の金色堂 日本 新動植物II 平泉・金色堂 中尊寺(金色堂)と紅葉

■平泉は、平安時代末期に奥州藤原氏の本拠地となった町として有名である。奥州藤原氏の時代には、平泉の人口は10万〜15万人と推定され、当時の日本(推定総人口1000万人)において、平安京(16万〜30万人)に次ぐ大都市として栄えた。現在でも、中尊寺や毛越寺などの遺跡から、当時の繁栄を偲ぶ事ができる。衣川と磐井川に挟まれた比較的開けた丘陵地帯にあり、またすぐ東を北上川が流れているために、水運にも優れた地域である。奈良時代から平安時代にかけて、ここの支配権をめぐって各勢力がしばしば激しく争った。古代期から、平泉は軍事の要衝地帯として重要視されていた。8世紀には大和政権と蝦夷勢力の衝突が胆沢盆地を中心に行われ、そのもっとも大きなものである792年(延暦11)の大和政権の坂上田村麻呂と蝦夷方のアテルイの戦いは平泉近辺におけるものであった。その後、蝦夷勢力の衰退と802年(延暦21)の胆沢城(奥州市)の築城とともに大和政権の支配下に入るようになった。江戸時代前期の1680年(明治-187年)6月9日(元禄2年旧5月13日)、平泉を訪れた松尾芭蕉は、奥州藤原氏の当時繁栄を極めた居館のあった場所が、田野となっている有様を見て、「夏草や 兵(つわもの)どもが 夢の跡 」と俳句を詠み、また朽ちかけていたもののかろうじて光を残す中尊寺金色堂においては、「五月雨の 降(ふり)残してや 光堂」の句を残している(いずれも『奥の細道』所載)。

牡蠣の化石(東北・平泉地方)
牡蠣化石

国宝・迦陵頻伽(日本、1966)

■迦陵頻伽は仏典に登場する半鳥人。迦陵頻伽・迦陵頻迦(かりょうびんが)は上半身が人で、下半身が鳥の仏教における想像上の生物。サンスクリットの kalavinka の音訳。『阿弥陀経』では、共命鳥とともに極楽浄土に住むとされる。殻の中にいる時から鳴きだすとされる。その声は非常に美しく、仏の声を形容するのに用いられ、「妙音鳥」、「好声鳥」、「逸音鳥」、「妙声鳥」とも意訳される。

岩手・盛岡の「わんこそば」

迦陵頻伽 岩手・盛岡の「わんこそば」 岩手・盛岡の「わんこそば」

また、日本では美しい芸者や花魁(おいらん)、美声の芸妓を指してこの名で呼ぶこともあった。大徳寺(京都)内に千利休が建立した金毛閣の中に長谷川等伯の筆になる秀逸な迦陵頻伽図がある。 切手は、中尊寺金色堂堂内具のひとつ。平安時代の作。
■「わんこそば」とは、岩手県(特に盛岡、花巻などの内陸地方)に伝わる蕎麦(そば)の一つ。わんこそばの「わんこ」とは、岩手の方言で「お椀」を意味する。「わんこそば」は本来大食い・早食いを奨める食べ方ではなく、ゆっくりと美味しく食べる「おもてなしの郷土料理」である。
 

福島・猪苗代湖

■猪苗代湖(いなわしろこ)は、福島県の会津若松市、郡山市、耶麻郡猪苗代町にまたがる、日本で4番目に広い湖で、別名、天鏡湖(てんきょうこ)。
■磐梯山(ばんだいさん)は福島県猪苗代町、磐梯町、北塩原村にまたがる山である。会津富士(あいづふじ)、会津磐梯山(あいづばんだいさん)とも呼ばれている。日本百名山の1つ。猪苗代湖の北にそびえる活火山(成層火山)で標高1,819m。広義的には、主峰磐梯山のほか、赤埴山(1,430m)、櫛ヶ峰(1,636m)を含めて「磐梯山」ともしている。磐梯高原を含めて磐梯朝日国立公園に属する。

猪苗代湖と山並み(拡大×)

猪苗代湖と山並み

福島盆地の風景

■磐梯山は福島県猪苗代町、磐梯町、北塩原村にまたがる山である。会津富士、会津磐梯山(あいづばんだいさん)とも呼ばれている。日本百名山の1つ。猪苗代湖の北にそびえる活火山(成層火山)で標高1,819m。

会津磐梯山

福島盆地の風景 会津磐梯山

会津盆地の盛夏の風景(遠くに磐梯山を臨む)

■会津若松:1589年(天正17年)、伊達政宗のもとで勢力を拡大する伊達氏が芦名氏を滅ぼし、黒川を新たな本拠地とした。しかし翌1590年(天正18年)、豊臣秀吉の奥州仕置により黒川は伊達氏から取り上げられ、代わって蒲生氏郷が入封した。氏郷は楽市楽座の施行、手工業の振興、黒川城の近代城郭への改修などに功績を残し、また黒川という地名を若松と改めた。
■磐梯山の南西麓にあった慧日寺(現在の恵日寺)は北東に磐梯山、北に厩岳山、さらに磐梯山の北に吾妻山という山岳信仰の盛んな山を抱えており、その立地的な面から山岳信仰に大きな役割を果たしてきた。

会津盆地の盛夏の風景(遠くに磐梯山を臨む) 福島

会津若松の観音様(時代村)

福島・阿賀野川の景色

会津若松の観音様(時代村) 阿賀野川の景色


阿賀野川(あがのがわ)は全長は210kmで日本第10位、流域面積7,710平方kmでは日本第8位。

下北半島・青森 恐山と大間岬

■青森・下北半島にある恐山(おそれざん、おそれやま)は、下北半島の中央部に位置する外輪山、霊場であり、日本三大霊山(恐山、高野山、比叡山)、日本三大霊場(恐山、白山、立山)、日本三大霊地(恐山、立山、川原毛)の一つです。恐山は、カルデラ湖である宇曽利湖(うそりこ)を中心とした外輪山の総称である。活火山です。外輪山は釜臥山、大尽山、小尽山、北国山、屏風山、剣の山、地蔵山、鶏頭山の八峰。開山は貞観4年(862年)。開祖は天台宗を開いた最澄の弟子である慈覚大師円仁(遣唐使)。 恐山大祭や恐山秋詣りには、イタコマチ(イタコがテントを張って軒を連ねている場所)に多くの人が並び、イタコの口寄せを聞く。 行った時は本殿に大勢イタコさんが居ました。 立ちこめる霧や硫黄臭と荒涼とした風景はまさに異空間、地獄と極楽を垣間見れます。 だが、至る所にある積んだ石や風車を見るたびに何故か切なくなった。 早朝に函館~到着し、駐車場にて一休み、私は2度目だが、子供達はカラスの泣き声や薄暗がりにビクビク状態。 恐山に入るまで(お寺の開門時間は6時から)緊張の1−2時間でした。 恐山は強烈なパワースポットです。 恐山の正式名称は、恐山菩提寺(曹洞宗円通寺、本尊は延命地蔵菩薩)。

本州最北端の大間岬

■下北半島の突端に位置する青森県大間町。ここは本州最北端のまちとして知られ、年間17万人を超える観光客がこの地を訪れます。北端の岬・大間崎に立てば、津軽海峡をはさんで北海道の姿が・・・。その壮大なパノラマは訪れる人たちの目を釘付けにします。大間まぐろはグルメのブランドとして人気が高い。近年「大間のマグロ」の知名度が高まったことにより、観光地としても脚光を浴びている。

恐山・日本三大霊場・
下北半島(拡大×)

恐山の境内風景
(賽の河原、地獄)

本州最北端の大間岬 恐山・日本三大霊場・下北半島(拡大×) 恐山の境内風景(地獄)

■大間は下北半島西北端にあり、本州最北端に位置する町。北端の大間崎は津軽海峡に面し、大間埼灯台が設置されている。津軽海峡対岸の北海道汐首岬(函館市)までは約20km弱しか離れていない。その狭い津軽海峡をマグロがひしめき合います。天気の良い日には対岸の北海道を見渡す事ができます。

恐山へ向かう道にある太鼓橋、悪人には、この橋が針の山に見えて渡れないと言われる。下は三途の川。(拡大×)

恐山へ向かう道にある太鼓橋、悪人には、この橋が針の山に見えて渡れないと言われる

恐山の「地獄」付近には火山性ガス(亜硫酸ガス)が充満していて特有の硫黄臭が鼻を突く。

■宇曽利湖は、恐山山地の剣山の噴火で形成されたカルデラ湖です。外輪山に端を発する流入河川は十数本あるが、流出河川は津軽海峡にそそぐ正津川(しょうづがわ)の1本のみである。外輪山は鶏頭山、地蔵山、剣山、大尽山、小尽山、北国山、屏風山、釜臥山の八峰。宇曽利湖と外輪山を総称して恐山と呼んでいます。湖の北東部は霊場恐山の境内となっており、温泉が湧き、火山ガスや水蒸気が噴出している箇所がある。水素イオン濃度はpH3.5付近の酸性となっている。 境内や宇曽利湖周辺の無数にある風車、カラカラと回る様子は哀れとか物悲しさをも覚えます。 子供達も最初の怖さも吹っ飛び同じ様に、物悲しさを感じたようです。 売っていた線香立ての砂を買って今でも使ってます。今から10数年前です。

恐山の山門と左が本殿

恐山の境内風景

恐山の境内風景

青森・下北半島の恐山の地図

カルデラ湖・宇曽利湖と風車
(極楽浜)

陸奥横浜駅(野辺地の近く)

宇曽利湖と風車 極楽浜 陸奥横浜駅

■大間崎(おおまざき、おおまさき)は、青森県下北郡大間町にある本州最北端の岬である。晴れた日は函館山から恵山岬にかけての北海道の海岸が目前に広がる。 流の速い地域であり、周辺は良好な漁場で、マグロの一本釣りの名所として知られる。 
昔はフェリーで、 函館〜大間は2時間、函館〜青森は4時間の距離。
■陸奥横浜駅(むつよこはまえき)は、青森県上北郡横浜町舘ノ後にある東日本旅客鉄道(JR東日本)大湊線の駅。宿泊場所も陸奥横浜、帆立貝の料理が多数出た記憶があります。

切手でめぐる東北地方(青森、秋田、岩手、宮城、福島)の良い所(白神産地(世界遺産)ほか)

■白神山地とは、青森県南西部から秋田県北西部にまたがる130,000haに及ぶ広大な山地帯の総称です。 原生的なブナ林で占められている区域16,971haが、1993(平成5)年12月に世界遺産として登録されました。このうち青森県側の面積は、約4分の3を占めています。白神山地は、氷河期以降の新しいブナ林の東アジアにおける代表的な森林として、また、世界的にも特異な動植物の多様性を有する森林として、優れた原生的な状態で残存していることが高く評価されている地域です。 アオモリマンテマ等の地域固有の植物をはじめ5百種以上の多様な植物が生育しているほか、ニホンカモシカ、ツキノワグマ等14種の中大型ほ乳類、イヌワシ、クマゲラ等84種の鳥類、約2千種の昆虫類など、多様な動物が生息しています。

青森ねぷた

山形・花笠まつり

陸中海岸・碁石海岸
(1969年、国立公園)

福島・相馬野馬追

青森ねぷた 祭り 切手 日本 ラッセー 山形・花笠まつり 陸中海岸・碁石海岸(1969年、国立公園) 相馬野馬追 切手

■ねぷた祭りは、実際は見れなかったが、時期的なものもあり、津軽藩ねぷた村 「弘前ねぷたの館」を見学しました。勇壮さと津軽の文化に触れる事が出来たと思います。 一緒に踊って見たい気がする。

松島遠望と櫻  仙台城跡、黒漆五枚胴具足(重要文化財) るーぷる仙台 、紅葉の定禅寺通(宮城、2010年)

松島遠望 仙台城跡、黒漆五枚胴具足(重要文化財) るーぷる仙台 、定禅寺通

仙台七夕まつり 、瑞鳳殿  雪の輪王寺(宮城、2010年

蔵王・地蔵岳中腹の樹氷

 仙台七夕まつり 、瑞鳳殿 仙台 雪の輪王寺(宮城、2010年)

■輪王寺の創建は嘉吉元年(1441)に、伊達家11代持宗が太菴梵守和尚を開山として堂宇を建立したのが始まりとされています。当初は福島県梁川にありましたが、代々伊達家の庇護があった為、米沢、岩出山と常に共にしています。政宗が仙台開府後の慶長七年(1602)に輪王寺も現地へ移ってきた後は昌伝庵、泰心院、松音寺と合わせ曹洞宗四大寺と呼ばれ、政宗から4代に渡って藩費によって堂宇が造営され、多くの建物が造られました。
■蔵王:蔵王連峰(ざおうれんぽう)は、奥羽山脈の一部を構成する連峰である。古くからの名は刈田嶺(かったみね、かったね、かりだのみね)、不忘山(わすれずのやま)という。宮城県と山形県の両県南部の県境に位置し、主峰は山形県側に位置する熊野岳(1,841m)である。活火山であり、新噴気口や火口湖の御釜が見られる(いずれも宮城県側)。火山の恩恵である温泉が両県の裾野に数多く存在し、スキー場も多く設置されている。

蔵王・ザンゲ坂下の樹氷(1951年)

■蔵王の名称は、白鳳8年(679年)、大和国・吉野山から役小角が蔵王権現を現在の不忘山(宮城県側)に奉還し、周辺の奥羽山脈を修験道の修行の場としての「蔵王山」と称したことに由来する。

鳥海山を背景に、象潟
「九十九島」(秋田、2000年)

秋田・男鹿半島・入道崎

栗駒山とコブシの花
(1972年、国定公園)

青森・奥入瀬渓流

鳥海山を背景に、象潟「九十九島」(秋田、2000年) 秋田・男鹿半島・入道崎 栗駒山とコブシの花(1972年、国定公園)

栗駒山は、宮城県(栗原市)と秋田県(湯沢市、雄勝郡東成瀬村)と岩手県(一関市)の三県の県境にある山。

青森・奥入瀬渓流

八幡平からの岩手山
(1968年、国立公園)

磐梯山(1952年、国立公園)

磐梯朝日・吾妻小富士
(1952年、国立公園)

蔵王の火口湖(1966年)
御釜

八幡平からの岩手山(1968年、国立公園) 磐梯山(1952年、磐梯朝日国立公園) 磐梯朝日・吾妻小富士(1952年) 国立公園 福島 蔵王の火口湖(1966年) 国定公園

■御釜(おかま)は、宮城県柴田郡川崎町にある火口湖のことで、五色沼(ごしきぬま)とも呼ばれる。

■陸中海岸国立公園は岩手県北部から宮城県北部に至る海岸線一帯を占める国立公園。東日本の国立公園では唯一ともいえる本格的な海岸公園です。 浄土ヶ浜(じょうどがはま)は、岩手県宮古市にある海岸。陸中海岸国立公園に属し、三陸を代表する景勝地。また、約5200万年前の古第三紀(地質時代上、白亜紀の次に位置する)に形成された火山岩からなる白い岩塊と同色の小石によって、外海と隔てられた波穏やかで清明な入り江が形成される。また岩上には、岩手県の「県の木」であるナンブアカマツをはじめとする常緑樹の群生が見られ、これらによってあたかも日本庭園のような美しい景観が醸し出されている。
■北山崎(きたやまざき)は、陸中海岸国立公園の北方にある断崖絶壁の自然景勝地。北は黒崎(くろさき)、南は弁天崎(べんてんざき)まで続く高台の中間付近にある。「やませ」と言われる風や濃霧が海上に発生しやすく、雲のような霧が断崖麓の海面を覆う時もある。

鶴ヶ城と柿(福島県)

大江湿原とニッコウキスゲ
(福島、2002年)

鶴ヶ城と柿(福島県) 大江湿原とニッコウキスゲ

岩手・岩手山

陸中海岸・北山崎の展望
(1955年、国立公園)

岩手・陸中海岸・北山崎

陸中海岸・北山崎海岸
(1969年、国立公園)

岩手・岩手山 陸中海岸・北山崎の展望(1955年、国立公園) 岩手・北山崎 陸中海岸・北山崎海岸(1969年、国立公園)

■東北グルメ:わんこそばとは、岩手県(特に盛岡、花巻などの内陸地方)に伝わる蕎麦(そば)の一つである。現在のわんこそばは当時のスタイルと然程変わりは無く、始めに用意された専用の椀に盛られた蕎麦を食べ終わるや否や、給仕の威勢の良い掛け声(店によって掛け声は変わる)と共に一口大の蕎麦が椀に放り込まれ、客が降参するまでそれが延々と続く。 大の大人でも40杯食べればお腹が一杯です。成人男性の平均が60杯ほど。15杯でおよそ盛りそば1人分だが、8杯で盛りそば1人分とする店もある。 盛岡ではどこのお店もわんこそばをしており、1件に入り当時7-8歳の娘が40杯を食べ驚いた記憶があります。食べ味わうより流し込む感覚です。確か将棋のこまの様な木の証明書を貰いました。

下北半島・仏ケ浦
(1969年、国定公園)

日本三景・松島の五大堂
(1960年) 宮城県

陸中海岸・浄土ケ浜(1955年)

青森・奥入瀬の渓流
(1951年、国立公園)

下北半島・仏ケ浦(1969年、国定公園) 日本三景・松島の五大堂(1960年) 陸中海岸・浄土ケ浜(1955年) 国立公園 奥入瀬の渓流(1951年、国立公園)

御鼻部山からの十和田湖
(1968年、国立公園)

■松島は、遠く平安の昔からその美しさを誇り、現在、国特別名勝、県立自然公園に指定されています。 この地を訪れる多くの人々は、あまりの美しさに感嘆し、その姿を絵やら詩にしたためて讃美したものです。東西南北、 四ヵ所の展望地からの眺めは四大観と呼ばれ、それぞれに風景の異なる美しさを楽しませてくれます。 そして緑の松が織りなす色彩のコントラストと、 広い海に浮かぶ小さな島々がつくりだす造形美が絶妙なバランスで保たれ、 どの方向から眺めてもその美しさは変わりません。
高台に立ち、この絶景を眺めればきっと多くの人が感じたであろう、 胸のときめく感動が伝わってくるでしょう。長い歴史を背景とし、つくりだされた自然美を心ゆくまで満喫できる景勝の地---松島。 旅心を誘う風がとてもすがすがしいところです。 会社のセミナーで1990年代終わりに訪問。 水は濁ってました。

御鼻部山からの十和田湖(1968年、国立公園)

浄土ヶ浜とスカシユリ(岩手県)

■弘前城(ひろさきじょう)は青森県弘前市にあった城である。別名・鷹岡城、高岡城。江戸時代に建造された天守や櫓などが現存し、また城跡は国の史跡に指定されている。江戸時代には弘前藩津軽氏47,000石の居城として、津軽地方の政治経済の中心地となった。城は津軽平野に位置し、城郭は本丸、二の丸、三の丸、四の丸、北の郭、西の郭の6郭から構成された梯郭式平山城である。創建当初の規模は東西612メートル、南北947メートル、総面積385,200平方メートルに及んだ。 堀も回りは桜並木でした。 外堀は狭いが桜並木は見事です。

■旧済生館本館:明治初年の洋風建築として名高いこの建造物は、明治11年(1878)に竣工した当時の公立病院済生館の本館です。文明開化の推進者として著名な三島通庸(鹿児島県人)が山形県の初代県令として赴任するや、県庁、郡役所、学校をはじめ公共物等の洋風による新築工事を急速にすすめました。この建物も係官を上京させて、東京、横浜等の各病院を視察させ、それに当時の学者や権威者の指導助言をうけ、明治11年2月着工、同年秋9月竣工したものです。
■旧五十九銀行本店: 明治37年11月19日、弘前市親方町19番地に、第五十九銀行本店として完成したものである。棟梁は名匠の誉れ高い堀江佐吉で、時に59歳であり、それまでに彼が修得したすべての技法と精力を投入した建造物である。 総工費67,711円、工期2年半、この優れた様式は広壮、虚飾を排して、堅牢にして疎略に堕せずと讃えられたという。 木造2階建て、用材は県内のヒバとケヤキ、内部の壁面は瓦を張り、その上を漆喰で塗りつぶして釘を使わないという工法は、実に独創的で東奥のルネサンス建築といわれる。

弘前城(青森)

浄土ヶ浜とスカシユリ(岩手県)

 旧済生館本館(1876年)

旧五十九銀行本店本館
(1904年)

旧済生館本館 日本の近代洋風建築 旧五十九銀行本店本館

■弘前ねぷたまつり(ひろさきねぷたまつり)は、青森県弘前市で開催される弘前四大まつりのひとつである夏祭り。 大勢の市民が「ヤーヤドー」の掛け声とともに、武者絵が描かれた山車を引いて市内を練り歩く。 弘前ねぷたには扇ねぷた(扇型)と組ねぷた(人形型)があり、総数約80台の県内最多のねぷたが運行される。
語源は、「眠り流し」→「ねむた流し」→「ねむた」→「ねぷた(ねぶた)」と転訛。 (ねぷたまつりの由来の定説)江戸時代元禄期の後半からの「七夕祭りの松明流し・精霊流し・眠り流し」や「盆灯籠」などが融合変化し、現在の華麗なねぷたに発展してきた。

2011年度 弘前ねぷたまつり

盛岡さんさ踊り2011年

■盛岡さんさ踊りは、岩手県盛岡市にて毎年8月1日から3日にかけて行われる祭りである。近年は毎年8月1日から4日までの開催期間が続いている。県は東北五大祭りの1つとしてPRしている。2007年6月には世界一の和太鼓の数の祭りとしてギネス世界記録に登録された。
各団体は、おおむね太鼓、笛、踊りの3パートから構成されている。太鼓のパートであっても個人の身につけて踊り進むことから、パレード参加人数に比例して必然的に太鼓の絶対数が増えるため、「日本一の太鼓パレード」との呼び声も高い。

『秋田市建都400年記念「竿燈(かんとう)となまはげ」』

■なまはげは、大晦日に秋田県の男鹿市と三種町、潟上市の一部の各家々で行われる伝統的な民俗行事。本来は小正月の行事。 「男鹿(おが)のナマハゲ」として、国の重要無形民俗文化財に指定されている。冬に囲炉裏(いろり)にあたっていると手足に「ナモミ」「アマ」と呼ばれる低温火傷ができることがある。”それを剥いで”怠け者を懲らしめ、災いをはらい祝福を与えるという意味での「ナモミ剥ぎ」から「なまはげ」「アマハゲ」「アマメハギ」「ナモミハギ」などと呼ばれるようになった。鬼の面、ケラミノ、ハバキを身に付け、大きな出刃包丁(あるいは鉈)を持ったなまはげが家々を訪れ、「泣ぐコはいねがー」という荒々しい声を発しながら怠け者、子供や初嫁を探して暴れる。主人はなまはげをなだめながら丁重にもてなす。

『秋田市建都400年記念「竿燈(かんとう)となまはげ」』

鬼の面、ケラミノ、ハバキを身に付け、大きな出刃包丁(あるいは鉈)を持ったなまはげが家々を訪れ、「泣ぐコはいねがー」という荒々しい声を発しながら怠け者、子供や初嫁を探して暴れる。主人はなまはげをなだめながら丁重にもてなす。

「角館の武家屋敷」(秋田)

■角館は元和6(1620)年に芦名氏によって開かれた城下町です。 町は、中央につくられた「火除け」で北側の内町(武家町)と南側の外町(町人町)に区画され、武家屋敷のある内町の中心部は、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。

弘前城と桜(青森県)

奥入瀬渓流と紅葉(青森県)

「角館の武家屋敷」(秋田) 弘前城と桜(青森県) 奥入瀬渓流と紅葉 青森県

東北の名所・旧跡では、十和田湖、田沢湖、猪苗代湖といった美しい湖、男鹿半島、松島などのダイナミックな海の景色、洋館と立派な城が残る弘前や豊富にわき出る温泉など沢山ありますね。東北地方の選りすぐりの名所・旧跡を紹介しています。「日本さくらの会」が1990年に制定した「日本さくら名所100選」。 

一目千本桜(宮城)

桧木内川と桜(秋田)

久保桜(山形)

三春滝桜(福島)

一目千本桜(宮城) 桧木内川と桜(秋田) 久保桜(山形) 三春滝桜(福島)

■鶴ヶ城は、別称「若松城」とも呼ばれ、東日本で唯一の5層の天守閣を有する城です。現在の天守閣は昭和40年に復元されたものです。 柿は、「平核無柿」と呼ばれる渋柿で、会津地方で生産されているものは「庄助柿」とも呼ばれています。
■仙台開府四百年について: 慶長6年(1601)、伊達政宗公が仙台を開府し、仙台城(青葉城)の築城と城下の町割りを始めてから、2001年で四百年になります。 その仙台城が築城された時に、その石垣工事の作業員たちが即興で踊ったのが「すずめ踊り」といわれ、仙台・青葉まつりでは、この「すずめ踊り」が踊り継がれています。また、この祭では、豪華な装飾の山鉾巡行も行われています。

弘前城と桜(青森)

石割桜(岩手)

弘前城と桜(青森) 石割桜(岩手)

岩木山と林檎(青森,2002)

■岩木山は、津軽平野の南西部に位置する標高1,625mの青森県の最高峰であり、山頂から裾野までの美しい形から「津軽富士」と呼ばれています。 
林檎は、東北地方の各地で栽培されており、中でも青森県は、林檎の生産量が全国第1位で、林檎の花が県の花に指定されています。毎年5月中旬ころには、白い花が林檎畑を彩ります。

仙台開府四百年
「すずめ踊り」と「山鉾」巡行

高橋天山・「山寺の秋」・紅葉
(山形)

仙台開府四百年 「すずめ踊り」と「山鉾」巡行 高橋天山・「山寺の秋」・紅葉(山形)

世界遺産の白神山地とは、青森県南西部から秋田県北西部にまたがる130,000haに及ぶ広大な山地帯の総称です。 原生的なブナ林で占められている区域16,971haが、1993(平成5)年12月に世界遺産として登録されました。このうち青森県側の面積は、約4分の3を占めています。白神山地は、氷河期以降の新しいブナ林の東アジアにおける代表的な森林として、また、世界的にも特異な動植物の多様性を有する森林として、優れた原生的な状態で残存していることが高く評価されている地域です。 アオモリマンテマ等の地域固有の植物をはじめ5百種以上の多様な植物が生育しているほか、ニホンカモシカ、ツキノワグマ等14種の中大型ほ乳類、イヌワシ、クマゲラ等84種の鳥類、約2千種の昆虫類など、多様な動物が生息しています。

白神山地、赤石渓流(白神岳から望む、白神山地の秋)  拡大

白神山地のブナの原生林

白神山地のクマゲラ

秋田県 白神山地 秋の風景 世界遺産 切手

県内屈指の景勝地である赤石渓流は、黄葉の時期に一段と美しくなります。特に「日本の滝100選」に選ばれた、くろくまの滝周辺や奥赤石大橋から見る景色は、まさに絶景です。

白神山地のブナの原生林 世界遺産 切手 白神山地のクマゲラ

 

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