Kunioの世界の切手紹介と海外写真集

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物語・祭・行事・占・諺の切手|世界の諺・故事成語・4文字熟語に関する切手 諺(ことわざ:鋭い諷刺や教訓・知識など含んだ、世代から世代へと言い伝えられてきた簡潔な言葉の事や故事成語や格言)、4文字熟語に関する切手

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世界の諺・故事成語・4文字熟語に関する切手

 切手の世界では余り取り上げられませんが、諺(ことわざ:鋭い諷刺や教訓・知識など含んだ、世代から世代へと言い伝えられてきた簡潔な言葉の事や故事成語や格言)、4文字熟語に関する切手です。このテーマはアジアがどうしても中心となってしまいます。故事をもとにした漢字数文字からなる慣用句を、故事成語(こじせいご)や故事成句(こじせいく)と言います。儒教の国で多く取り上げられています。みなさんも聞けば昔聴いた事があるものばかりです。一応、少しですが内容の説明書きを入れました。 他は辞書や「二十四孝」で確認をお願いします。 参考ページ 【四文字熟語集】 


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諺や故事成語に関する切手

台湾で発行された民間故事成語(4文字熟語))のシリーズ切手です。

中華民国 台湾 故事成語 切手 戯彩娯親,鹿乳奉親,扇枕事親,剖氷捕鯉,棄官尋母,親嘗湯薬,懐橘遺親,孝感動天,捨椹供親,行傭供母,

戯彩娯親

鹿乳奉親

扇枕事親

剖氷捕鯉

■鹿乳奉親:周の●子は、至って孝行な性格で、父母は年とって共に目を患った。鹿の乳を飲みたいと言ったので、●子は鹿の皮を身にまとい、深い山に入っていき、鹿の群れの中に交じり鹿の乳を取って親に与えた。狩人は子を見てこれを射殺そうとした。●子は父母が鹿の乳を必要としている事を訴えて、射殺されるのを免れた。 注)●:該当文字なし
■扇枕事親:親の枕を扇いで親を思うと訳せば良いか?親孝行のたとえ話。
■偉大なる母の教え 『孟母教賢』 孟子は鄒(現在の山東省鄒城市)の人で、その母が孟子を育てた時の話が有名。最初は墓地の近くに住んでいたが、やがて孟子が葬式の真似事を始めたので母は家を移した。移った所は市場の近くで、やがて孟子が商人の真似事を始めたので母は再び家を移した。次に移った所は学問所の近くで、やがて孟子が学問を志すようになったので母はやっと安心したという。この話は孟母三遷として知られ、史実ではないとされているが、子供の育成に対する環境の影響に関して良く引き合いに出される。他にも孟母断機の故事で知られている。

『孟母教賢』(台湾、1957年)

『岳母教忠』(台湾、1957年)

孟母教賢 岳母教忠

■偉大なる母の教え 岳飛の母が岳飛の背中に「精忠報国」と刺青を彫る、「岳母教忠」、台湾の碧霞廟(岳武穆王廟)に銅像があります。

棄官尋母

親嘗湯薬

懐橘遺親

扼虎救父

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■棄官尋母:『古代人物故事』[二十四孝]、宋の朱壽昌が七歳になった時、母親の劉氏は正室に妬まれる事になった。そこで、劉氏は子供と別れて他所に嫁いだ。親子は五十年会う事がなかった。神宗の時に官職にあるのを棄てて秦に入り母を尋ねた。この際、母親に会えなければ再び帰ってこない事を誓った。ついに、母親に会う事ができたが、その時母は七十歳をこえていた。親孝行の話。
■親嘗湯薬:『古代人物故事』[二十四孝]、親(みずか)ら湯薬を嘗める。
■懐橘遺親:『古代人物故事』[二十四孝]の第九話「懷橘遺親(みかんを懐にして親に贈る)」。親孝行の話。
■扼虎救父:[二十四孝] 晉朝。楊香年十四。常隨父豐往田間穫粟。父為虎曳去。時楊香 手無寸鐵。惟知有父而不知有身。踴躍向前。ヤク持虎頸。虎亦 靡然而逝。父方得免於害。有詩為頌。 父娘が山中で虎に襲われ、窮地に陥った自分たちを娘が救う話。親孝行の話。

孝感動天

捨椹供親

射尽子職

行傭供母

■孝感動天:舜は至って親孝行な子供であった。しかし、父は頑迷、母は口喧しく、弟は傲慢であった。舜が歴山を耕すと、象が手伝って耕した。鳥は草取りをした。その孝行の心を堯帝は聞き、自分の子供達九人をこれに仕えさせ、二人の娘をこれに嫁がせ、その後、天下を舜に譲った。詩経に「隊列をなして春に耕す象。群れ集まってく草取りをする鳥。堯を継いで宝の位に登る。孝行の心は天をも動かす。」と歌われた。

負米養親

冒寒尋筍

売身葬父

単衣順母

■売身葬父:体を売って父親の葬儀を出すという親孝行の話。
■冒寒尋筍:「二十四孝」、孟宗(もうそう)は、幼い時に父を亡くし年老いた母を養っていた。病気になった母は、あれやこれやと食べ物を欲しがった。ある冬に筍が食べたいと言った。孟宗は竹林に行ったが、冬に筍があるはずもない。孟宗は涙ながらに天に祈りながら雪を掘っていた。すると、あっと言う間に雪が融け、土の中から筍が沢山出て来た。孟宗は大変喜び、筍を採って帰り、熱い汁物を作って母に与えると、たちまち病も癒えて天寿を全うした。これも深い孝行の思いが天に通じたのであろう。孟宗竹の語源と言われる。

中興報親

解親之憂

堅持母訓

侍疾救父

灌水取玉 捨金持主 汪?殺敵 ??救父

卜式輪財 孔融譲梨 三餘勤読 破缸救友

中華民国 台湾 切手 灌水取玉 捨金持主 中華民国 台湾 切手 卜式輪財 孔融譲梨 三餘勤読 破缸救友
襄蛍夜読 中華民国 台湾 臥薪嘗胆 故事成語 4字熟語 切手

襄蛍夜読

代父従軍

臥薪嘗胆

勇於改過

★この民事故事は余りにも有名な、蛍の光や臥薪嘗胆(春秋)が載っています。1975年発行

中国の寓話・「朝三暮四」
台湾、2001年

中国の寓話・「自相矛盾」
台湾、2001年

中国の寓話・「守株侍兎」
台湾、2001年

中国の寓話・「愚公移山」
台湾、2001年

中国の寓話・「朝三暮四」 台湾 2001年 中国の寓話・「自相矛盾」 中国の寓話・「守株侍兎」 中国の寓話・「愚公移山」

■朝三暮四:目先の違いに気をとられて、実際は同じであるのに気がつかないこと。また、うまい言葉や方法で人をだますこと。中国、宋の狙公(そこう)が、飼っている猿にトチの実を与えるのに、朝に三つ、暮れに四つやると言うと猿が少ないと怒ったため、朝に四つ、暮れに三つやると言うと、たいそう喜んだという「荘子」斉物論などに見える故事から。
■自相矛盾:自己矛盾。
■守株侍兎:いたずらに古い習慣やしきたりにとらわれて、融通がきかないたとえ。 また、偶然の幸運をあてにする愚かさのたとえ。
■愚公移山:根気よく努力し続ければ、ついには成功するというたとえ。 昔、愚公が自分の家の前にある山を不便に思って、子や孫の代 までの長い年月をかけて他へ山を移そうと努力した故事。かつて毛沢東は「愚公移山」という例え話を好んだ。

中国・香港で発行された中国の故事成語・4文字熟語

韋編三絶 鶏を割くに焉んぞ牛刀 呉越同舟 香港 切手

切手の説明
■韋編三絶(何度も繰り返し、熱心に本を読むことのたとえ。また、学問に熱心なことのたとえ。)
■鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん(小さな事を処理するのに大器を用いること)
■呉越同舟(仲の悪いもの同士が、たまたま同じ場所に居合わせること)
          他

中国・マカオ発行 臥薪嘗胆・守株待兎・虎の威を借る狐・孟母三遷

耳を覆いて鈴を盗む

中国・マカオ発行 臥薪嘗胆・守株待兎・虎の威を借る狐・孟母三遷 切手 マカオ 澳門 耳を覆いて鈴を盗む 切手

■臥薪嘗胆(がしんしょうたん):復讐の為に耐え忍ぶこと、また、成功するために苦労に耐える事。
■守株待兎(しゅしゅたいと):古いやり方や考えになじんで、融通(ゆうづう)のきかない態度をいう。韓非子の中の寓話。
  日本では唄「待ちぼうけ」で有名。
■虎の威を借る狐(とらのいをかるきつね): 有力者の権勢をかさに着ていばること、また、そのようなことをする者のたとえ。
  戦国策。
■孟母三遷(もうぼさんせん) :幼児の教育には環境が大切であるという教え。

「曹沖、象を量る」(台湾、2008)

「曹沖、象を量る」(台湾、2008)

■中国の故事。1.20元・白い象を乗せた船、曹操と魏王・曹操の第八子の息子・曹冲(196-208)と家来など。スリランカから送られた象の重さを量る方法を曹冲が発見し、見事成功する物語。

■曹 沖(そう ちゅう、196年 - 208年)は、中国後漢末の人物で、魏王・曹操の第八子。幼少の頃から学問好きで聡明な上に心優しかったため家臣からの信望も厚く、将来を嘱望されていた。曹操は曹沖を溺愛し、一時は嫡子曹丕よりも曹沖の後継を考えていたというほどであったが、曹沖はわずか13歳で早世してしまった。
1700年以上前の三国時代,孫権が曹操に1頭の象を贈った。 曹操はその重さを訊ねたが誰一人答えられなかった。その時、幼い曹沖は「象を船に乗せ、(重さで船が沈むので)その船の水面の所に印をつけ、(象を下ろして)同じ高さになるまで重しを乗せてその重さを量ればよろしい」と答えて曹操を喜ばせた。
■二十四孝:二十四孝(にじゅうしこう)とは、は、中国において後世の範として、孝行が特に優れた人物24人を取り上げた書物である。儒教の考えを重んじた歴代中国王朝は、孝行を特に重要な徳目として治世を行った。ここに紹介された中には、四字熟語や、関連する物品の名前として一般化した物もある。日本にも伝来して大いに模範とされ、仏閣等の建築物に人物図などが描かれている。また、御伽草子や寺子屋の教材にも採られているそうです。 詳細はWikipediaの「二十四孝」でご覧下さい。


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